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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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ランティスのお茶会①


今日はランティスの家で行われるお茶会に参加する日だ。


朝から支度に追われ、ようやく準備の整ったセラフィ。

いつもと違う控えめながらも上品さのある装いに、鏡の前で何度も全身を確認した。


母親の選ぶ派手なドレスよりも自分らしいと思うが、初めて見る姿になんだか落ち着かず、そわそわした気持ちになった。

自分では似合っているかどうか分からず、角度を変えて何度も確認する。その度に、シルバーの生地が光に当たって煌めいていた。




「セラフィ様、エトハルト様がお見えです。」


少し前に支度が完了していたセラフィは、彼のところに向かおうとドアの方に向かったが、その前にエトハルトがドアを開けて室内に入って来た。

どうやら、部屋まで迎えに来てくれたらしい。


突然のエトハルトの登場に、まだ心の準備が出来ていなかったセラフィは飛び出しそうになる心臓を手で押さえた。

ドレス姿で会ったのは初めて会ったあの日以来で、改めて着飾った姿で会うことが気恥ずかしかったのだ。



「セラフィ…僕の贈ったドレスを着てくれてありがとう。とてもよく似合っている。本当に美しい。」


エトハルトは目を細めてセラフィのことを見た。彼女に見惚れ、惚けた顔をしている。

これは貴族男子特有の褒め言葉だと思っていても、セラフィには刺激が強かった。


きっちりと正装を纏っているエトハルトから褒め言葉をもらい、どうしようもなく鼓動が高鳴る。



「…ありがとう。」


なんとか俯かずに御礼の言葉を口にすることが出来たが、これがセラフィの限界だった。


それにもかかわらず、エトハルトは更なる攻撃を仕掛けて来た。もちろん、彼にそんな意図はないが、セラフィにとっては攻撃でしかなかった。



「セラフィ、このネックレスどうかな?」


エトハルトの手には、ドレスに合わせてデザインされた精巧な作りのネックレスがあった。シルバーで模られ、アクセントにはセラフィの瞳と同じエメラルドグリーンの宝石が使われている。


夏にぴったりの爽やかなデザインであった。




「すごく、素敵。」  

「良かった。」


ネックレスに見惚れるセラフィを見たエトハルトは、安心した様子で微笑むと、彼女の後ろに回った。

背後から抱きしめるように、セラフィの首にネックレスを付けた。


突然の接近にセラフィは呼吸が止まるかと思った。いや、実際息を止めていた。

彼が離れた瞬間息を吸うと、春の香りが鼻を掠めた。



「うん、とてもよく似合っている。セラフィ、素敵だよ。」

「ありがとう…このネックレス本当に素敵だね。」


エトハルトに褒めれて恥ずかしくなったセラフィは、ネックレスを褒めた。

少しでも良いから自分のことから話を遠ざけたかったのだ。


だが、そんな狙いはエトハルトにはバレバレであった。



「ふふふ、僕が褒めているのはセラフィ自身のことだからね。もちろん、君も分かってると思うけど。ね?」


「…そ、そろそろ行かないと」


「ふふふ、分かったよ。」


思い切り無視してぶっきらぼうに返事をしたセラフィのことを、エトハルトは仕方ないなと笑って優しく受け止めた。





公爵家に着くと、そこには大勢の見知った顔があった。


流石は公爵家、クラスメイト全員の数よりも多く、他のクラスやクラスメイトの知り合いなども紛れ込んでいるようであった。



エトハルトと手を繋いだまま馬車を降りたセラフィに、沢山の視線が突き刺さった。


既視感のある光景に、前回の公爵家のお茶会に参加した時のことが蘇った。

自分を見てくるいくつもの好奇の視線、コソコソを話し出す人達、あからさまに笑ってくる者、嫌な記憶が掘り起こされ、セラフィの心を縛り付ける。


もう少し頑張ると決めたのに足がすくむ。

今すぐここから逃げ出したい…

その気持ちだけで頭の中が埋め尽くされた。



早く、一秒でも早くこの場から逃げないと…



セラフィは、右足を半歩後ろに下げた。

そのまま踵を返そうとするが、何かに固定されているかのように身体が動かなかった。




「セラフィ、落ち着いて。」


聞き慣れた優しい声に、ようやくセラフィの意識が戻った。

そして、動けなかった理由は、エトハルトが彼女の腰を支えていたからだと気づく。



「君は何一つ悪いことはしていない。堂々としていていいんだよ。僕も隣にいるから。でももし、それでも辛いのなら帰ろう。無理はしないように。」


見上げると、優しく微笑むエトハルトと目が合った。彼の瞳は、泣きたくなるくらい優しい色をしている。



「ごめん、私…」

「大丈夫。前回と違って今日は僕がいる。頼りにしてくれていいんだからね。」


エトハルトはセラフィの謝罪の言葉を遮り、わざとおどけてみせた。

そんな彼の優しさが心に沁みたセラフィは、真っ直ぐ前を向いた。



「うん、ありがとう。せっかくこんな素敵なドレスを贈ってもらったんだから、少しはここにいないと勿体無いよね。」


「そうそう。ランティスの家だから美味しい菓子も沢山用意されているだろうし、僕たちは僕たちのペースで楽しもう。」


「うん。」


ここでやっと笑顔を見せたセラフィ。


繋ぎ直した手をぎゅっと力を込めて握ると、エトハルトも優しく握り返してくれた。


大丈夫と言われた気がしたセラフィは、後ろに下げていた足を元の位置に戻すと、今度は前に足を進めた。





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