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誕生日の夜


エトハルトと仮初の婚約の約束を交わした後のことをセラフィはよく覚えていない。


会場まで送ると彼が言って、それを必死に断ったことだけは覚えている。

その後、気付いたら自室まで帰ってきてしまっていた。




「エトハルト・サンクタント…」


ベッドの上、寝転んだまま意味もなく彼の言葉を口にした。

自分のことを気にかけてくれることがまだ信じられず、今でもあの出来事は夢若しくは、冗談だったのではと思っている。


だが、あの真っ直ぐなシルバーの瞳を思い出すと、彼の気遣いを疑うことは憚られた。



解のない思考に疲れたセラフィは、気付いた時には、ベッドの上で眠ってしまっていた。外は暗く、夕飯の時間はとっくに過ぎている。





ー コンコンコンッ



何かを叩く音で目が覚めた。


ドアをノックする音かと思ったが、なぜかその音は窓の方から聞こえる。


寝ぼけた頭で窓際に寄ると、暗闇に紛れて人影が見えた。一瞬悲鳴を上げそうになったが、それが見慣れた黒髪であることに気づくと、慌てて窓を開けた。



「アザリアっ!」


セラフィの部屋は二階だ。

器用によじ登って来た彼女を、セラフィは驚きながらも引っ張り、取り敢えず部屋の中に引き摺り込んだ。

部屋への侵入に成功したアザリアは、ぱぱっとワンピースの裾を払うと、セラフィに向き合った。



「セラフィ、誕生日おめでとう。」


アザリアは微笑んで、黄色の薔薇と小さな包みをセラフィに渡した。



「アザリア…覚えててくれたんだ…ありがとう…」


「当たり前でしょう。親友の誕生日だもの。それに…この調子だと去年と同じような感じなのね…」


「それはもういいの。こうやって、たった1人でも私のことを覚えてくれていたらそれで十分。でもアザリア」 


「ん?」 


「危ないから、夜に窓から入ってくることはやめて。」


「う…でもだって仕方ないじゃない。貴女の親に悪友認定されて正面玄関から入れさせてくれないんだもの。」  


アザリアは唇を尖らせた。



彼女は一昨年、領地から出て来てここ王都に引っ越して来た。

当時の彼女は、領地に住んでいた頃と同じノリで貴族の屋敷を尋ねて、同世代の子がいると知ると遊びに誘っていた。

門の外から見えた綺麗な庭園に見惚れて、勝手に中に入って見学していたこともある。


王都では考えられない自由な振る舞いに、彼女と関わらせると子どもの教育に良くないという噂が広まり、皆アザリアのことを遠ざけることとなったのだ。



セラフィにとっては、自分のことを構ってくれる存在がひどく嬉しくて、気付いたら約束を取り付けて会うくらい仲良くなっていた。


だが、つい最近、頻繁にアザリアと会っていることが親にバレて、彼女と会うことを禁止されてしまったのだ。それは使用人達にもしっかりと通達されており、アザリアはシブースト家の敷居を跨ぐごとが出来ない。


諦められなかった彼女は、闇夜に紛れてセラフィの部屋への侵入を試みたというわけだ。




「ねぇ、それ早く開けてみて。」


なぜか渡した本人の方が待ちきれない顔で、セラフィのことを急かしてきた。

セラフィから受けた注意など全く気にしてないようだ。


セラフィは、手の中にあるリボンの掛けられた可愛らしい小さな箱に目をやった。

早くと言わんばかりにアザリアが頷く。


リボンをほどき、丁寧に包みを取り払い、箱を開けると、そこには蝶の形を模ったブローチが入っていた。

蝶の羽の部分にはピンク色の小さな宝石が付いており、輝かしい光を放っている。


見るからに高級品であった。



「こんな高そうなものっ…」


セラフィが返そうとした時、アザリアはにっこり微笑んで自分の胸元に手を当てた。

そこには、全く同じブローチがついており、水色の宝石が輝いていた。



「見てみて!お揃いにしちゃった。私たち、春から学園に通うでしょう?その時にお揃いのものがあったら頑張れるかなって。良くない噂を持つ者同士さ。」


アザリアはあっけらかんとした顔で笑って見せた。



「セラフィも知っての通り、うちは成り上がりでお金はあるから気にしないで。私が貴女とお揃いのものを身に付けたいの。我儘に付き合ってくれるよね?」


相手に気を遣わせない彼女の気遣い。


セラフィはアザリアの優しさに何度も救われてきた。有無を言わさない言い方なのに、その言葉の端端には彼女の優しさが溢れている。


友人を失うことも恐ろしかったセラフィ。最初は仲良くなり過ぎないように距離を取っていたのだが、アザリアはそんなことものともせず余裕で飛び越えて来た。


今だって、拒絶しようとしたセラフィのことを離してはくれなかった。



「ありがとう、アザリア…」


視界がぼやけた。

誕生日という特別な日のせいか、なんだか今日は涙脆いような気がした。



「こちらこそ、ありがとう。こんな私と友達でいてくれて。また遊びに来るから、窓の鍵は開けといてね!」


「それは危ないからもうやめて。帰りは玄関から戻って。」


セラフィの制止を振り切り、アザリアは来た時と同じように窓から身を乗り出し、器用に柱と木を使って地上に戻っていった。


セラフィも慌てて窓から下を覗きこんだ。そこには笑顔でこちらに手を振るアザリアの姿があった。



「まったくもう…」


セラフィは彼女の行動に呆れながらも手を振り、窓は閉めるだけで鍵は掛けなかった。


距離を取ろうと思っていたのに、いつの間にか彼女の訪れを待ち遠しく思うようになってしまっていた。



今年の誕生日は思ったほど悪くなかったかも…そんなことを考えながらまたベッドに潜り込んだ。


夕飯は食べていなかったが、心が満たされたセラフィは、そのまま眠りについた。





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