セラフィの夏季休暇③
セラフィとエトハルトの2人は、客間からセラフィの自室に場所を移していた。
婚約者同士とは言え、まだ学生の2人が密室に2人きりというのは宜しくないとされているが、この邸にそんなことを気にする者はいない。
だが一応、エトハルトはドアを閉める際、ほんの少しだけ隙間を開けておいた。セラフィにいらぬ醜聞が立たないよう配慮したのだ。
彼は、この邸の者達にセラフィの味方はいないと、早々に勘付いていた。
セラフィは、自分で用意した紅茶をエトハルトに差し出した。
なんとなく気恥ずかしく、使用人をこの部屋に入れることは避けたかった。
「いきなりごめんね。どうしても直接御礼が言いたくて。お菓子、すごく嬉しかったし、すごく美味しかった。本当にありがとう。」
エトハルトは輝かしいほどの笑顔をセラフィに向けた。
相変わらず美しい彼の顔に、セラフィはほんの少しだけ頬を赤く染めてしまった。
以前は普通に見返せたはずなのに、最近はこの笑顔に負けることが多くなって来たセラフィ。彼にバレないように小さく深呼吸をして精神を整えた。
「私の方こそ!あんなに沢山のドレス…ありがとう。今すぐは何も返せないけど、いつか必ず…」
借金を返すかのごとく、拳を握りしめて気合いを入れるセラフィだったが、エトハルトの表情は冴えなかった。
「そのことなんだけど実は…」
エトハルトは、言い淀んだ。
その反応を見たセラフィは、もしかして親に言われたから返して欲しいとかそんなことかな…と思い、全く気にしないで!と口を開きかけたが、その前に彼が言葉を続けた。
「僕、ドレスしか用意してなかったんだ。本当に、ごめん…」
「え???」
「女性に贈り物ってしたことなくて…ドレスを着る時には、それと合わせてアクセサリーや靴も必要になるってマシューから言われてね。ごめん。とりあえず、用意できたものを取り急ぎ持参したのだけど…」
エトハルトが手にしていたカバンからじゃらじゃらと大粒の宝石がついたネックレスやイヤリングが数十個出て来た。
これだけで王都にある邸を買えそうなほどの価値がある。
セラフィには理解できない価値観に、目を見開いて固まった。
「やっぱり、こんなじゃダメだよね…ちゃんとドレスに合わせたものじゃないと…お茶会の日までには用意しておくから、少し待ってもらえないかな…?」
「え、あ…うん。」
全くそんなことは気にしていないし望んでもいないのに、今にも泣き出しそうな顔で懇願するエトハルトに、セラフィは思わず頷いてしまった。
「ありがとう。」
心から安心した顔を見せたエトハルト。
色々とズレているが、この場にそれを指摘できる者は誰もいなかった。
セラフィは、安心した様子のエトハルトを見てホッとした顔を見せた。
その後は、エトハルトが持って来てくれた菓子を茶請けにしながら、互いに会っていなかった期間の話をした。
ほぼ外に出ていない自分の話など面白くもないだろうと思ったセラフィだったが、エトハルトは彼女の話に耳を傾け相槌を打ち、とても嬉しそうに話を聞いていた。
毎日手紙を交わしていたはずなのに、やはりりこうして顔を合わせて話すことには敵わないと思ったセラフィ。
それほどまでに、エトハルトと過ごす時間は心地良かったのだ。
取り止めのない話をしているうちに、あっという間に外は暗くなってしまった。
「もうこんな時間か。遅くまでごめんね。とても楽しかったよ。ありがとう、セラフィ。」
エトハルトは、セラフィに優しく微笑んだ。
「こちらこそ、来てくれてありがとう。私もすごく楽しかった。」
セラフィの言葉に、エトハルトも嬉しそうにニコニコしていた。
セラフィは、彼のことを馬車までお見送りしようと一緒に立ち上がったのだが、エトハルトが振り返ってセラフィの手をそっと両手で包んだ。
「見送りはここまででいいよ。外はもう暗い。夜外に出るのは控えた方がいい。ではまた、お茶会でね。当日は迎えに行くからね。」
エトハルトは幼な子を宥めるかのように優しく手を握ると、彼女の目線に合わせて屈み、頭を撫でた。
「う、うん…また、ね。」
いきなり見せた大人びた彼の仕草に、セラフィは思わず固まってしまった。
彼の背中を見送ると、撫でてくれた頭に触れた。まだ少しだけ暖かい。
外と言っても、邸の敷地内で馬車のところまでだというのに、彼の声は心から心配していた。親からだってこんなに心配されたことはない。
彼の眼差しを思い出すと、なんだかくすぐったいような落ち着かない気持ちになったセラフィ。
騒ぐ心を落ち着かせるために紅茶を飲み直そうかと思いソファーに座ると、煌びやかな集合体が目に入った。
エトハルトが置いていった宝石の数々だ。
「あ、あれどうしよ…」
ひとり頭を抱えたセラフィは、とりあえず何も入っていない自分の金庫にしまい、今度アザリアに会った時にどうしたらいいか相談することにした。




