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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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セラフィの夏季休暇②


この日、セラフィは朝から邸の厨房を借りて作業に没頭していた。


普通は、自分達が支える主人の娘に使用人がやるような真似をさせることは無いのだが、ここの使用人達が止めることはなかった。


特に関心もないセラフィに厨房を譲ると、皆休みをもらったかのように外に出て行ってしまった。今日はセラフィの父であるネンスも終日外出であるため、皆余計に自由に振る舞っているのだ。



いつものことだと割り切っているセラフィは、特に気にすることなく、誰もいない厨房で無心になって作業を続け、昼頃にようやくひと段落した。


彼女の目の前には、焼き上がったマフィンとクッキー、スコーンが並んでいた。

前世でお菓子作りが趣味だったことを思い出したセラフィは、甘党のエトハルトのためにお菓子を作っていたのだ。


普段は王宮御用達のお菓子を食しているであろう彼には満足のいかないものであることは重々承知していたが、手持ちの金も他に得意なこともないセラフィにとって、これが精一杯であった。



粗熱を取ると、一つずつ袋にしまってリボンをかけた。簡素な包装だが、手作りの品を渡すには十分な見た目だろう。


出来上がったものを見て、セラフィはほっと安堵の息を吐いた。




よし、完成。


あとはこれをエティに…って、どうやって渡せばいいんだろう……………


うわ、全然考えてなかった。


日持ちしないからなるべく早く渡したいけれど、侯爵家って事前に連絡をしないと取り次いでもらえない、よね…


なんかこれだけ持って、お礼しに来ましたっていうのも烏滸がましい気がしてきた…邸に伺うなら、それなりの手土産がないと…いやでも、それを用意するお金がないから今こうしてお菓子を作っていたわけで…


でも、いくら事前連絡したからといって、邸に行くのは迷惑かもしれないよね。

優しいエティのことだから、歓迎はしてくれそうだけど、家の人の目もあるし…勝手なことはできないな。


はぁ…なんで今夏季休暇なの…

いつもだったら学園で会えるのに…




悩んだ結果、セラフィは自室に戻って便箋を取り出した。

そこに、ドレスの御礼とお返しのお菓子について記載し、お菓子と共に送ることにしたのだ。


今から使用人に届けてもらえば、今日の午後のお茶には間に合うもしれない…

そう思ったセラフィは、大急ぎで用意し、使用人に託した。


その後、サンクタント家から戻って来た使用人から無事に受け取ってもらえたことと丁重に御礼を言われたことを聞き、一安心したセラフィ。




午前中は珍しく活発に動いていたため、少し疲れてしまったセラフィは自室で休んでいた。


久しぶりのお菓子作りで楽しかったのだが、失敗しないように慎重に丁寧に取り組んだ結果、思いの外身体に負担がかかっていたのだ。


引き出しからエトハルトの手紙を取り出してもう一度中身を読みながら、彼はお菓子を食べてくれただろうか…そんなことを考えていた。






ー コンコンコンッ


手紙の世界に没頭していると、部屋をノックする音が聞こえた。

お茶も運んでもらったばかりで自分に用はないはず…何かあったのかな…とセラフィはどうしても悪い方向に考えてしまう。



「セラフィ様、エトハルト様がお見えになっていす。」

「えっ!!!??」


びっくりし過ぎて勢いよくソファーから立ち上がった。

その表紙に手紙を落としてしまい、慌てて拾うとサッと背中に隠した。



「直接御礼がしたいと仰っていまして…奥様のご指示で客間にお通しております。」


使用人はそれ以上言及することはなく、一礼して下がっていった。



なんでお母様が………


もしかしてっ



悪い予感のしたセラフィは、部屋着のワンピースのまま客間へと急いだ。

部屋の前に着くと、中から声が聞こえた。予想通り、それは母親とエトハルトの声であった。




「それにしても、エトハルト様のような高貴なお方があの子の婚約者だなんて…私も鼻が高いわ。でもあの子、少し地味でしょう?貴方には少し物足りないのではないかしら…?」


媚びるような母親の声に、セラフィは戦慄が走った。

自分の娘と同い年の少年、しかも娘の婚約者である彼に色目を使っていると思うと、吐き気がした。


それと同時に、言いようのない不安がセラフィを襲う。

確かに、母親の見た目は美しく、男性を虜にする魅力がある。自分なんかよりずっと好まれる性格をしている。

だからこそ、言い寄られたエトハルトの反応を聞くのが怖かった。


母親に同調して、自分のことを地味と言って来たらどうしよう…


セラフィは、ドアの取手に手をかけたまま固まった。


怖くて逃げ出したいのに、彼の答えが気になって仕方がない。

相反する感情に、セラフィの足は石のように重くなってその場から動けなくなってしまった。



その時、言葉よりも先にエトハルトの笑う声が聞こえた。


「セラフィのように素晴らしい女性のことを地味だなんて…ふふふ、確かに控えめで思慮深い性格だと思いますが、私はそれを好ましく思っております。男に媚びるだけの女性なんてつまらないと思いません?私には、主体性に欠ける人などもの足りませんね。」


エトハルトの口調は穏やかそのものであったが、話している内容は目の前のエリザベスのことを全否定するものであった。

それを聞いたエリザベスの口元が歪む。




ドアの向こう、セラフィは口元を押さえて座り込んだ。


自分がこれまで母親に言えなかったことを彼が代わりに言ってくれたことが嬉しくて、感極まったのだ。


いつだってこの邸で優先されるべきは女主人であるエリザベスで、セラフィの味方など誰1人としていなかった。

そんな毎日に、いつしか自分の意見を言うことが嫌になっていたセラフィ。何を言っても否定される、邪魔者扱いをされる。諦めた彼女は、言われるがまま頷いて、その通りに動いていた。自分の声など誰も聞いてくれないと思っていたから。これ以上自分の心を傷付けたくなかったから。


涙で視界が滲む。




「まぁ、ご立派ですこと!私は、用事があるのでこれで失礼するわ。どうぞごゆっくり!」


イライラした口調で言うと、エリザベスが勢いよく部屋から出て来た。

ドアの前にいたセラフィをのことを見たはずなのに、何も見なかったように去って行った。



母親にはもうなんの期待もしていないはずなのに、無視されるとやっぱりまだ心が痛む。母親である以上、赤の他人として割り切って接することは難しかった。


セラフィは、エトハルトに言われて嬉しい気持ちと母親に無視された悲しい気持ちが入り乱れ、床の上に座り込んだまま膝に頭を埋めた。



「セラフィ」

「…エティ」


聞き慣れた優しい声に振り向くと、エトハルトがいた。彼は膝をつくと、そっとセラフィのそばに寄り添った。



「気にしなくていいよ。君のこれまでを知らない僕が言うのも変だけど、でも今の君の素晴らしさは僕がよく知っている。その素晴らしさは君だけのものだ。他と比べる必要も、誰かに肯定してもらう必要もないんだ。」


エトハルトは、俯くセラフィの顔を優しく上げさせると、瞳に滲んでいた涙を指で拭った。

彼女のことを見つめるシルバーの瞳には優しさが溢れていた。



いつだって自分の欲しい言葉をくれるエトハルト。彼の言葉に何度助けられただろうか。



「ありがとう、エティ」


今すぐ自信のある自分に変えることなんて出来ない。でも目の前の大切な人が自分のことを認めてくれた。そのことは否定しちゃいけない…


セラフィは泣き笑いの顔で御礼を言った。





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