セラフィの夏季休暇①
夏季休暇に入り、そのほとんどを自室で過ごしているセラフィ。
課題であるお茶会以外の予定が特になく、一緒に遊びに出かけるような仲の良い友人もいない。そもそも、外に遊びに行けるほど小遣いもない。
家で読書をしたり、たまに庭でお茶をしたり、勉強をしたり、休みに入る前の週末と変わらない日々を送っていた。
ただ、いつもの学園に通っている日々とは違う点が1つだけあった。
「セラフィ様、お手紙が届いております。」
「そこに置いといてもらえる?」
「畏まりました。」
今すぐ手紙に飛びつきたい気持ちをグッと抑え、平然を装ったセラフィ。
使用人が部屋を出ていき、その足音が遠ざかったことを確認するとようやく手紙を手に取った。
エトハルトからだ。
ほぼ毎日のようにやり取りしている彼との手紙がセラフィの日々の楽しみとなっていた。
これまで友人から手紙をもらったことは一度もなく、自分宛の手紙をもらえるだけで十分に嬉しかった。
だが、エトハルトからの手紙の内容は非常に興味深く、楽しいものであった。
セラフィが好むジャンルの本の話から侯爵領で獲れる作物の話、彼が任されている領地経営に関する話など、多方面に興味のある彼女にとって、それらは全てキラキラと輝いていた。彼の話を通して、追体験をしているような気持ちになり、日々の刺激となっている。
今日もワクワクした気持ちで封筒を開け、じっくりと目を通した。
いつも通り興味深い内容で楽しい気持ちで読み進めた。だが、末尾の文章を読んだセラフィは途端に顔色を悪くした。
そこには、ランティスのお茶会で久しぶりに会えることを楽しみにしていると書かれていた。
「そうだ、お茶会っ……」
セラフィは、エトハルトからの手紙を鍵付きの引き出しに仕舞うと、慌てた様子でクローゼットを開けた。
その中には、クローゼットの容量に対して少な過ぎる数のドレスが吊り下げられていた。
しかもそこにあるのは普段着用のものだけで、お茶会に着ていけるような外行きのドレスは一着も無い。
やってしまった……………
あの時、ほとんどのドレスを売り払ってしまったんだった…社交の場に出ることは無いと思って油断してた。
え、どうしよう………
社交に慣れるとかそれ以前に着ていける服がない自分って……一体何を頑張ればいいの…
ここにある普段着を全部売り払ったら、既製品のそれっぽいドレスを1着くらい買えないかな…
クルエラさんに誘われたお茶会も楽しみにしてたのに…着ていく服が無いなんて考えてなかった…みっともない服で主催者に恥をかかせるわけにはいかないからなんとか理由をつけて断らないと…
「はぁ……」
何度見ても服が増えるわけがない。
セラフィはため息とともにクローゼットを閉めた。
「セラフィ様」
「…何?」
先ほど手紙を届けに来た使用人がまたセラフィの部屋を尋ねて来た。
家の使用人達は最低限しか自分に関わろうとしないため、何度も訪ねてくることは珍しい。今度は父親に何か言わて来たのかと思い、セラフィは身構えた。
「荷物が届いておるのですが、その…少し量が多いようで置き場所の指示をいただきたく…」
予期していなかった言葉に、セラフィは目をぱちくりさせた。
断捨離をすることはあっても、何か購入するようなことはここしばらくしていない。ましてや、置き場に困るほどの量など、身に覚えがない。何かの手違いだろうと思ったセラフィ。
「身に覚えがないから、何かの手違いでしょう。送り主に返送しといてもらえる?」
セラフィは、送り主も送られて来た物も確認せず、即座に送り返す指示をした。
「それがその…エトハルト様からの贈り物で、恐らくドレスかと…馬車一台分届いております…」
「はっ!??」
思わず大きな声を出してしまった。
婚約者という立場で気を遣って贈ってくれたのかもしれないけれど、そんな話聞いていないし、そもそも馬車一台分だなんて尋常じゃない、一体どうしてこんなことに…とセラフィは軽くパニックになっていた。
彼からの贈り物を無視するわけにもいかず、セラフィはとりあえず馬車からドレスを出してもらい、共用で使用している衣装部屋に置いてもらうことにした。
本当は自分の部屋に置きたかったのだが、使用人曰く、あのスカスカのクローゼットにすら到底入りきらない量であるとのこと。
そんなに沢山…一体いくらつぎ込んだのか…お金のことを考えただけでセラフィは眩暈がした。
衣装部屋を覆い尽くすほどに置かれた大量のドレス。それは全てシルバーを基調色としており、キラキラと輝く様は圧巻の眺めであった。
見ただけで分かる、シルクや総レースなど高級素材を使用した一級品ばかりだ。
どれも華やかであったが、セラフィの母親が好むような嫌な派手さは無く、品があって洗練されており、セラフィが好む見た目そのものであった。
自分の好み通りに作られた高級なドレスの山、本来なら喜ぶべきことなのだが、セラフィは申し訳なさと金勘定で頭が真っ白になっていた。
「え…これどうやってお返しをすればいいの…」
衣装部屋での床に1人座り込んだ。
恐らくは自分のサイズに合わせて作られた一点もの。これを返却したところで金に戻ることはない。
でもだからと言って、自費で買い取り出来るほどの金はない。
きっとエトハルトなら、これは自分がしたくてしたことだからと、何を言っても固辞するだろう。でも、すでにエトハルトからもらってばかりだと思っているセラフィにとって、受け取るだけというのは心苦しかった。
いつも味方でいてくれて、守ってくれて、気付いてくれる大切な友人。
だからこそ、何か返したいという気持ちが湧く。
経済に余裕のある彼に、自分が何か買ってあげることはできない。ならせめて、自分にしか出来ないやり方で彼に御礼を伝えよう。お金がないからと諦めることは欺瞞だ。
そう決めたセラフィは、さっそく自室に戻り紙に書き出すと、それを使用人に渡してお使いを頼んだ。
これまで生きてきて、誰かのために何かしたいと心が動いたことはほとんどなかったセラフィ。
いつも目を閉じて耳を塞ぎ、周囲から自身を守ることで精一杯だった。
そんな自分が誰かのために自らの意思で動こうとしている。それが少しだけ新鮮だった。
いつもと変わらない日々になるはずだった夏季休暇だが、明確にやりたいことが出来た今、セラフィは少しだけ明日が来ることを楽しみに感じていた。




