エトハルトの想い
いつもなら間もなくエトハルトが迎えに来る頃だ。
だが、セラフィは朝目が覚めたにも関わらず、まだベッドの中にいた。前回の寝坊とは違い、今回は確信犯である。
昨日、エトハルトのことをひどく傷付けてしまったセラフィは彼に合わせる顔が無かった。
何事もなかったように接しようか、それとも一層のことこのまま距離を取ってしまおうか、でも傷付けてしまったから一度謝ろうか…そんなことを考えるうちに思考の収拾がつかなくなり、学園に行くことが億劫になってしまったのだ。
「エトハルト様がお見えです。」
彼はいつもと同じ時間にやってきた。
昨日のことがあったから、もしかしたら今日は迎えに来ないんじゃないだろうか、そんなことを考えていたが予想は外れた。
「具合が悪いから、今日は休むって伝えて。それと、明日も行けるか分からないから、当分迎えもいらないって伝えてもらえる?」
「畏まりました。」
あんなことがあっても迎えに来てくれたことが嬉しかったのに、口から出た言葉は自分でも驚くほどにそっけないものであった。
言った瞬間に後悔した。
だがもう遅い。言付けを受け取った使用人の足音が遠のいて行ってしまった。
また私はなんてことを…
昨日も今日も彼に酷いことを言ってばかりだ。あんなに心優しい彼のことを私は何度傷付けたら済むんだろう。
言いたいことすら上手く伝えられない自分が心底嫌になる。
エティはきっと、私なんかといない方が良いんだろうな。
心優しい彼の隣には、同じように優しい人間がいるべきだと思う。
私は最初から彼には不釣り合いだったんだ。
***
「で、どうしたのアレは。」
アザリアが顎で示した先には、血の気を無くした顔のエトハルトがいた。
普段から色素の薄い彼だが、今日の彼はほぼ無色であった。
セラフィが学園を休んだ日の昼休み、エトハルトとアザリアとマシューの3人は、個室でランチを取っていた。
セラフィのことを周りから変に勘繰られないようにするためだ。
エトハルトは、マシューの助言を受け、昨日のことをきちんと話そうと意気込んで朝セラフィのことを迎えに行ったにも関わらず、今朝彼女は姿を現さなかった。
それを自分のせいだと思い込んでいるエトハルトは、今に死にそうな面をしている。
これ以上アザリアの口撃を受けたら今のエトハルトは本気で死に絶えるかもしれないと危惧したマシューは、昨日の出来事を彼女にそっと耳打ちした。
「なるほどねぇ…」
話を聞き終えたアザリアは、昨日のマシューと同じような反応であった。
「これは予想なんだけど、多分セラフィはお金に困っているんじゃないかしら?」
「「は!??」」
エトハルトとマシューの声が重なった。
多少の貧富の差はあると言えど、貴族なのに困るほどの貧困にあるということが全く想像が付かない。
二人の反応を見たアザリアは、鼻で笑った。
「貴方達には想像もつかないでしょうねえ。」
図星だった。
何も反論できず、二人は黙って話の続きを待った。
「セラフィの噂、聞いたことある?」
これまで避けてきた話題に、エトハルトとマシューの二人は困惑しながらも控えめに頷いた。
「なら話は早いわね。あれほとんど実話よ。両親は互いに愛人にお金を注ぎ込んでいるから、彼女の家は常にお金が無いのよ。あるだけ使っちゃうみたい。だからセラフィ自身もお金がなくて、出費が重なるとすぐに困窮してしまう。」
「それならなんで僕にっ」
「言えるわけないでしょう?お金がなくて困ってるなんて。あの子が人の施しを望むと思う?誰かに寄りかかって生きようとすると思う?私も少し前までかなりの貧乏だったから、誰にも言いたくない気持ちはよく分かる。だから私も敢えて口にしなかった。それに、あの子なら、一人でなんとかしようとするでしょうね…」
「それでも僕は、セラフィのためなら何でもしてあげたい。施しと言われようとも、独りよがりと言われようとも構わない。セラフィのためになるのなら、彼女に嫌われることすら厭わない。」
セラフィのことを真っ直ぐに想う彼のシルバーの瞳に光が灯った。
そんな彼に、アザリアは呆れたように首を横に振った。
「貴方ならそう言うと思ったわよ。本当に、セラフィのこととなると執着が物凄いわね。色々と心配になるわ。」
アザリアの言葉に、マシューも苦い顔をして笑っていた。
一方のエトハルトは、いつもの微笑みはなく、どこまでも真剣な表情であった。
「僕にとって、セラフィはとても大切な友人なんだ。」
「「は???」」
「マシューに言われてようやく気付いたよ。彼女のためにありたいとこんなに強く想うのは、僕が彼女と近しい関係を望んでいるからだって。今までそんな相手がいたことなんて無かったから、気付くのに時間がかかってしまった…」
「いや、それはそうなんだろうけど…って、マシュー、貴方一体何を吹き込んだのよっ!」
「なんも言ってないって!アイツが勝手に明後日の方向に考えてるだけだろっ。本当にまったく…世話の焼ける…」
「「はぁ…」」
アザリアとマシューの二人は同時にため息を吐いた。
エトハルトの勘違いをもうどこから突っ込んでいいのか分からなくなってきた。
そんな二人の気持ちなど梅雨知らず、エトハルトはシルバーの瞳を輝かせた。
「ちょっと、セラフィのところへ行ってくる。彼女が困っているのに、こんなところにいる場合じゃない。」
今の彼にとってセラフィより優先するものなど何もなかった。躊躇なく椅子から立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「こら、ちょっと待ちなさい!正面から行っても家に入れてもらえないわよ。だから私が、確実にセラフィに会える方法を教えてあげるわ。」
アザリアはエトハルトのことを呼び止めると悪企みを教えるかのように、にっこりと微笑んだ。
本当は自分がセラフィの元へ行くつもりだったが、今回は彼に譲ることにした。
悔しいが、今回の件は自分よりも彼の方が適任だと思ったのだ。
そんな二人のやり取りを、マシューは危なっかしそうな目で見ていた。




