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無意識に溺愛してくる婚約者と愛を知りたくない少女  作者: いか人参


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エトハルトとセラフィの関係


自室で1人机に向い、教科書を開いて今日の授業の復習と明日の予習を行っていた。


そこに普段彼が学園で見せている粗雑な姿はなく、真っ直ぐに正した姿勢で、テンポよくノートに文字を書き連ねている。

その横顔は真剣そのものであった。




ー コンコンコンッ



ノックの音に反応した彼は、チラリと時計を確認し、お茶の時間だろうと思い入室を許可した。



「マシュー様、サンクタント家のご子息様がお見えになっております。こちらにお通ししても宜しいでしょうか?」

「はあ!?」


想定外の言葉に、マシューは大きな声を出した。

使用人はお茶を運んできたのだろうと思っていたのだが、彼女が運んできたのはエトハルトであった。


使用人の後ろから、顔面蒼白のエトハルトがふらついた足取りで部屋の中へ入ってきた。

何かあったとしか思えないほど憔悴しきった彼の姿に、マシューは断ることなど出来なかった。



今にも倒れそうなエトハルトに、とりあえずソファーを勧めると、彼は倒れ込むように座り込んだ。上半身はソファーの肘掛けに預けており、脱力しきっている。


こんな姿を晒しては彼の醜聞に関わると判断したマシューは、使用人が用意した紅茶をドアの外で受け取ってすぐに追い返した。




マシューは、受け取ったトレーを片手で支えて、エトハルトの目の前に紅茶を置いた。


たが、彼は反応を示さなかった。

ぴくりともしない。


エトハルトとは長い付き合いたが、こんなに憔悴した姿は一度も見たことがない。

幼い頃から、彼はいつも微笑みを絶やさず飄々としていて、良いときも悪いときも己の感情を面に出すことがなかった。

もっと正確に言えば、自分の感情を他者に悟られることをひどく嫌っていた。


警戒心が人一倍強かったのだ。


そんな彼が、周囲の目も気にせず感情を面に出しまくっている。

よほど身に堪える出来事があったのだろうとマシューは推察した。




「ひどい顔だな…一体何があったんだよ…」


沈痛した面持ちのエトハルトを見ていられず、マシューは手元のティーカップに視線を落としたまま尋ねた。



「セラフィが…セラフィに嫌われてしまった…僕は一体これからどうしたら…」



やっぱりセラフィ嬢絡みか…



マシューは、予想通りの回答にため息を吐きそうになったがなんとか堪えた。

エトハルトは、座る気力すらないのか、目を離した隙にソファーに横たわっている。


光を失ったシルバーの瞳は、死んだ魚の目をしていた。


 

「とにかく何があったか説明しろ。話を聞かなきゃ何も分からない。」


幼馴染のために、マシューは根気強く向き合うことにした。

不謹慎だが、弱みを一切見せたことのない彼が真っ先に自分のことを頼ってくれたのが嬉しいという気持ちもあったのだ。


そして何より、侯爵家嫡男という立場で自分よりも遥かに重い責任を背負っていても尚、笑顔を絶やさずにいる彼の助けになりたかった。




「なるほどな…で、明確に拒絶の言葉を口にされたと。」


マシューは口元に手を当てた。自分が想像していたよりもずっと重い内容であった。


どんなふうに伝えればエトハルトが気づいてくれるかなと一瞬思案したが、すぐにやめた。

自分のことに置いて鈍感な彼に、回りくどく言っても意味がないと思ったのだ。


何も気にせず深く考えず、今思ったことをそのまま伝えることにした。




「エトハルト、お前はセラフィ嬢の婚約者のフリをしてるだけだろ?」


「…それは、そうだけど」


「だから、まだ何も始まってないんだよ。お前らはまだ友達ですらないの。分かるか?それなのに、何を失うって言うんだよ。」


「それは…」


エトハルトは言葉に詰まった。


確かにマシューの言う通りだと思った。だけど、それだけじゃないとも思っていた。


自分とセラフィの間には、仮初の婚約者以外の絆もあるはずだと、だがそれが何かまでは分からなかった。

彼女に拒絶された今、それは自分の思い込みなのかもしれないとも思ってしまう。




「エトハルトは、セラフィ嬢とどうなりたいの?このまま何もない関係で良いの?望むなら踏み出さないと何も手に入れられないぞ。」


「セラフィとの関係…」



考えたこともなかった。

彼女と過ごす時間は楽しかった。ただそれだけであった。


そして、このままずっと続くと思っていた。


でもマシューの言う通り、実際自分は何も手にしていなかった。この関係はハリボテで、ただ受け入れてくれる彼女の優しさに甘えているだけだった。


こんな簡単に壊れる関係だと思っていなかった…

自分勝手が過ぎた。




「とにかく、何か思うところがあるのならちゃんと相手と話して来い。こういうのは、時間を置くと碌なことにならないからな。」


マシューは腕を組んでエトハルトのことを睨み付け、わざと怒ったフリをした。

変なところで自分の思いを隠して良い子ぶる幼馴染に喝を入れるためだ。



「…ありがとう。うん、セラフィとちゃんと話してみる。」


ようやく彼の口から出た前向きな言葉に、マシューはホッと息を吐いた。


来た時よりほんの僅かにマシな顔になった幼馴染に、上手く事が運びますようにと心の中で強く願った。





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