新入生研修⑤
翌朝、早起きをしたセラフィは、軽く身支度を整えて厨房へと向かった。
絶対に自分が一番だと思ったのに、廊下の壁に背を預けて佇んでいる美しい銀髪の彼がいた。
腕を組み、軽く目を閉じている。その横顔からまつ毛の長さがよく分かる。
セラフィは、端正な顔立ちだなと思わず見入ってしまった。
「そんなに見つめられると照れるんだけど。」
「ひゃあっ!!」
目を閉じたまま言ってきたエトハルトに、セラフィは思わず悲鳴を上げて後ろに飛び退いた。
かなりの至近距離で見つめていた事実に、かっと恥ずかしさが込み上げる。
「ふふふ。相変わらずセラフィは面白いね。さて、皆が来る前に準備を始めようか。」
「う、うん。」
厨房のドアの前にいるというのに、その僅かな距離でさえ、エトハルトはいつものようにセラフィに腕を差し出してエスコートをした。
その後、二人並んで最後の仕上げを行っているところにランティスがやってきた。
「二人とも、約束の時間よりもだいぶ早いな…」
「「ははは」」
寂しそうに言ってきたランティスに、二人揃って愛想笑いを返した。
そして、昨日の夜抜け駆けをして作業をしていたことがバレませんようにとセラフィは心の中で祈っていたのだった。
「いい香りー!」
「すごく美味しそうだわ。」
「何これ、誰が作ったの?朝からご馳走じゃん。」
続々と食堂にやってきたクラスメイト達。
部屋に充満しているチキンの香ばしい香りに、テーブルに並ぶ料理の数々、それに気づいた彼らは口々に好意的な感想を述べていた。
だが、全員が好意的というわけでもない。中には面白くなさそうな顔をしている者も数名いた。そういう者達は決まって、セラフィに嫉妬の視線をぶつけてくる。
まぁ、アイツ調子に乗ってとか思われても仕方ないよね…らしくなく、目立っちゃってるし…そもそも、全員から好かれようなんてそんなこと無理だと思うし…
頭の中ではそう考えても、そう簡単に気持ちまでコントロール出来るものではない。
セラフィは、無意識にため息をついていた。
「はへっ…?ひゃに?」
いきなりほっぺを掴まれたセラフィ。
びっくりして声を出したが、ほっぺを掴まれているせいで上手く言葉にできない。
「ぷっ…セラフィ、変な顔してる。」
「そへは、えひぃのへい!」
「くくくっ…ははははっ!何言っているか分からないよ。ふふふっ。ほら、訳の分からないことを言っていないで、僕たちも早く席に着こう。お腹空いたよ。」
「もうっ!!」
解放されたセラフィは、ようやくはっきりとものを言うことが出来た。
いきなり揶揄ってきたエトハルトのことを軽く睨み、足早に自分の席へと向かっていった。
この時にはもう、自分のことを見てくる嫌な目など気にならなくなっていたのだった。
「み、水を、水をちょうだい…」
へろへろに疲れているアザリアが遅れて席にやってきた。
マシューが慌てて水をグラスに注ぎ、彼女に手渡した。
アザリアは水を一気飲みすると無言でマシューに二杯目を要求した。彼はすぐさま反応し、今度は並々と水を注いであげた。
「ふはぁー!疲れたーーーーっ!!!」
二杯目を飲みきったアザリアは、力尽きたようにテーブルに突っ伏した。
「みんなして人使いが荒いのよ!これだから貴族令嬢は!少しは使われる身の気持ちも考えなさいよっ」
「まあまあ」
マシューは彼女の背中をさすって、堂々と言わんばかりに宥めている。
どこからかアザリアはヘアアレンジが得意だという話が広まり、朝から他の女子達にひっきりなりし髪のセットを頼まれていたのだ。
元々面倒見の良い彼女は断れず、皆の要望に応え続けた結果、朝から疲労困憊となっていた。
「アザリア、朝から大変だったね…でも一人で手が足りなかったのなら、声を掛けてくれれば良かったのに。エティも髪を結うのすごく上手だから、きっと力になれたよ。」
「「「は………………」」」
「ん?」
なんの気なしに言ったセラフィの言葉に、エトハルト以外の全員が引っかかって声を上げた。
なのに、言った本人は状況を理解できておらず首を傾げている。
「いや、異性の髪に触れるということはそれなりに意味が…というか、セラフィさんは気にならないのか?もし、エトハルトが、」
マシューは黙ってランティスの肩を掴み、首を横に振った。
これ以上この話を深掘りしても碌なことにはならないと判断した彼は、余計なことを言わせないように話をやめさせた。
相変わらず、ランティスは訳が分からないという顔をしている。
だがやはり、その顔には若干の寂しさが滲んでいた。
「話はそれくらいにして、お腹空いたから食べるよ。」
「そうだね。冷める前に食べようか。」
混乱している周囲を置き去りにして、エトハルトとセラフィの二人は勝手に食事を始めた。
相変わらず、人騒がせな二人である。
「セラフィさん、美味しい食事ありがとう。」
「ランティス様にエトハルト様も、今回はお世話になりましたわ。」
「あの料理、また食べたいから今度レシピを教えてもらえるかしら?家の料理人に作ってもらうわ。」
チェックアウトの時間直前、セラフィ達3人はクラスメイトに囲まれていた。
皆昨日よりも気さくに話しかけてくれるようになったのだ。
セラフィ自身も、これまでよりは上手に笑顔を返せるようになっていた。
学級委員を決めたあの時も、新入生研修のことを聞かされた時も、今回のレクリエーションを伝えた時も、胃が痛くて仕方のなかったセラフィ。だが、今はそんな過去が信じられないくらい気持ちが軽かった。
こうやってクラスメイトと笑顔で話せるのなら、学園生活ももう少し楽しいものに出来るかもしれない…
今しかない自由をもっと楽しまないと…
セラフィは、これまで一度も抱いたことのない希望を感じていた。




