新入生研修③
アザリアに指示された通り、エトハルトとランティスの二人は野菜の下処理をしていた。
野菜を水で洗って器用に包丁を使って皮を剥き、小気味良いリズムで一口大に切っていく。
見た目麗しい二人の見事な様に、他の班の女子生徒達は手を止め、惚けた顔で見入っていた。
エトハルトは、どう?と言わんばかりに横目でセラフィのことをチラチラと見てくる。
彼女は手を叩き、小さな拍手を送った。それを見たエトハルトは満足げに微笑むとまた作業に戻った。
だが、真っ直ぐに賞賛の目を向けてくるセラフィに、二人はちょっぴり居心地が悪くなっていた。
なぜなら、二人ともこの日のために邸の料理人にみっちりと指導を受けていたからだ。格好を付けたくて特訓をしていたなど、そんなことは口が裂けても言えない。
マシューは、アザリア監修の元、大きな鍋で出汁を取っていた。
鳥の皮や野菜の皮など、レシピにはないものが色々と混ざり込んでいる。
なぜそんなものを…と嫌そうな目で見ていた他のクラスメイト達も、徐々に良い香りがしてきたことで、一体これはなんでなんだと気になり始めていた。
「よし」
自分の班がスムーズに作業を進められていることを確認したセラフィは、小さく気合を入れた。
彼女は冷蔵庫から予備の食材を取り出すと、一人で調理台へと向かった。
「一体どうしたらこんなことになるのよ…」
アザリアが呆れている先には、他の班が作っている恐らくシチューであろうと思われる物体があった。
焦げ臭く、野菜から出たアクが鍋の表面を覆っている。
シチューというより、ドブと言った方が近い見た目をしていた。
「いや、一応レシピ通りに作っただけなんだが…」
メガネに指を当てながら、ビリー焦った顔で言い訳をしてきた。
その後ろに控える同じ班の男子達はこの世の終わりのような顔をしている。
先陣を切って作り始めたビリー。
出だしは良かったが、少しずつ方向性がおかしくなり、軌道修正しようといらんことを繰り返し、周囲の反対を押し切った結果、ドブの出来上がりとなった。
そして、手に負えなくなった彼らは、手際の良いアザリアに助け求めたのだった。
「まずはすべてのアクを取り除く!次に、刻んだニンニクとせりの葉を加えて。そしたら余計なことはせずに、玉ねぎが溶けるまで弱火でじっくりとり煮込むこと。いいわね?」
「「「はい!」」」
アザリアの的確な指示に、ビリー以外の男子達が元気良く返事をした。
肝心のビリーは、頷いただけだったが、さっそくアクとりを始めた。
「雑にやりすぎよ!それじゃせっかくのスープが全て無くなってしまうわ。もっと丁寧に、表面だけを掬い上げるの。」
「…分かった。」
厳しいアザリアの前では、ビリーは言う通りにならざるを得なかった。
セラフィは、一人で黙々と料理に勤しんでいた。
予備の材料を無駄にしないように、付け合わせとなるポテトサラダとマリネ、野菜のテリーヌを作っている。
セラフィが一生懸命茹でたジャガイモを潰していると、声を掛けられた。
「まぁ!何を作っているの?」
声を掛けて来たのは、キャサリンだった。彼女の後ろには、フローラもいた。
キャサリンに対して良いイメージを持っていなかったセラフィは一瞬身構えたが、興味津々にボールの中身を覗き込んでくる様子に、警戒を解いた。
「ええと…今はポテトサラダを。シチューとパンだけじゃ足りないかなと思って、材料も余っているし、何品か作ろうかなと…」
「セラフィさん、すごいわっ!私達は初めての料理に手間取っているというのに、一人で何品も作るだなんて…昔から料理がお好きなの?小さい頃から?」
「え、えっと…」
やけに食い気味に質問してくるキャサリンに、セラフィは辟易とした声を出してしまった。
「すごい…これセラフィが一人で用意したの?」
キラキラと目を輝かせたエトハルトが話に割り込んで来た。その目は、調理台に並ぶセラフィの作った料理に釘付けだ。
「そうだよ。大したものではないけど、良かったら一緒に食べよう。」
「ありがとう、セラフィ。とても楽しみだよ。で、フローラ嬢はそこで何をしようとしてるのかな?」
エトハルトは笑顔を消すと、目を細めてフローラ達のことを見た。
「…ひっ。な、なんでもございませんわっ」
「そ、そろそろ、戻りましょうか。」
フローラとキャサリンはその場から逃げるように去っていった。
エトハルトは、フローラが後ろ手に何か隠し持ってセラフィに近づく様子を見ていた。だから、急いで彼女の元へと向かったのだ。
「彼女達、何だったんだろう…」
そんなことはつゆ知らず、セラフィは不思議そうに首を傾けていた。
「セラフィは気にしなくていいよ。君はそのままでいて。ああでも、心配だからなるべく僕の目の届くところにいて。僕も決して君から目を離さないから。ね?」
いつになく真っ直ぐなシルバーの瞳に見つめられたセラフィ。
ちゃんと聞くととんでもなく気恥ずかしいことを言われているような気がしたが、彼女は目を逸らせなかった。
言われるがまま頷いた。
頷く以外の選択肢がなかった。
「ねぇ、これ食べていい?」
少しの間セラフィがぼうっとしていると、エトハルトがマリネ液に漬けていたラディッシュをつまみ上げていた。
「ちょっと!それはまだっ」
セラフィの返事を無視して、エトハルトはパクッと口に放り込んだ。
味わうようにゆっくり咀嚼すると、最後は指まで舐めた。
「…おいしい。セラフィも味見してみる?」
エトハルトはセラフィの前にマリネ液から取り出したラディッシュを差し出した。
ゆっくりと近づいてくる彼の手に、セラフィは深く考えずに口を開けた。
「エトハルト!お前まだ途中で…って、二人して一体何やってんだ…」
エトハルトを探しに来たマシューが声をかけたのだが、相変わらず、非常に間の悪いタイミングであった。
口を開けてるセラフィとその口にラディッシュを近づけるエトハルト。カップル同士のイチャイチャ以外の何者でもない。
「ちがっ!これは、そのっ…」
自分達がどんな状況だったか理解してしまったセラフィは、顔を真っ赤にして首と両手を横に張った。
「セラフィ嬢、否定すれば否定するほど怪しく見えるからやめた方が良いぞ…」
「もう少しだったのにー」
「エトハルト、お前はもう少し発言に気を遣え。」
相変わらず何を考えているか分からない幼馴染に、マシューは頭を抱えていた。




