新入生研修②
「セラフィさん、大丈夫だったか?」
「ああ。気を使わせて悪かったね。」
ランティスとエトハルトの二人は、誰もいない厨房にいた。
エトハルトは、アザリアにセラフィの付き添いを頼み、一度部屋で休んでもらうことにした。
本当はエトハルトが傷付いた彼女に付き添っていたかったが、今はアザリアの方が適任だろうと判断し、その役を譲ることにした。
「それにしても…お前よく分かったな。」
ランティスは冷蔵庫の中を開け、手持ちのリストと照らし合わせながらテキパキと班ごとに材料を分けていく。
「それはねぇ。あんなタイミングで僕ら二人を名指しで呼び出すなんて、他意しか感じられないから、こちらも警戒してしまうよね。本当に幼稚なことをしてくる。」
一方のエトハルトは、調理台の脇にある丸椅子に腰をかけ、ただ座っている。
自分でも信じられないほど明確な怒りを感じ、何も手に付かないのだ。いつもの笑顔を作ることで精一杯であった。
「…そうだな。私も必要以上にセラフィさんと関わらないよう気を付けよう。知らぬ間に迷惑を掛けてしまった…」
ランティスの言葉に、エトハルトは黙って首を横に振った。
「そんなことをすればまた彼女が傷付く。下心がないのなら、今まで通りに接して欲しい。」
「それもそうか…。お前は本当に相手のことを思い遣ってるんだな。」
ランティスは感心したように呟いた。
「そうかな…」
エトハルトは困ったように笑った。
自分でもよく分からなかった。これがセラフィのためになっているかどうかが。
どれもこれも、自分が悲しそうな顔のセラフィを見たくないという利己的な理由だとも思っている。
彼女が何を望むのか、どうして欲しいのか、本当に必要なことは知らないし、分からないと思った。
その後も、思考にふけりながら、黙々と準備をするランティスのことをただ眺めていた。
「アザリア、ありがとう。」
セラフィは、部屋のベッドにこしかけ、彼女に淹れてもらった紅茶を手にしていた。
アザリアも隣のベッドに腰掛け、セラフィと向かい合っている。
「セラフィ、誰が何と言おうと貴女は今エトハルトの婚約者なの。だからみんなやっかみを言ってくるの。ただそれだけ。必要以上に自分を貶めてはダメよ。」
「そう、だよね…なんか真に受けちゃったのかも…こんな自分、弱くて嫌になる…」
セラフィは空になったカップを持ったまま、背中からベッドの上に倒れ込んだ。
「あら、私は弱いセラフィが大好きよ?だって、貴女が強かったら頼られがいが無くなっちゃうもの。私はセラフィに頼られるのが大好きだから、いつまでも弱いままでいてね。」
「ちょっと!それはダメでしょっ!!これ以上私のことを甘やかさないでっ」
アザリアの言葉に、セラフィは腹筋を使って勢いよく上体を起こした。
「ふふふ、まぁそれは冗談だけど。でもエトハルトもセラフィに頼られることを嫌だとは思っていないはずよ。だから、困った時にはちゃんと周りを頼りなさい。言いにくいなら、せめて困った顔をして。そしたら私もエトハルトもマシューも皆貴女のことを助けに行くから。ね?」
「ありがと…アザリア、大好き。」
「私も大好きよ、セラフィ。」
エトハルトとアザリアの二人に励まされたセラフィは、ようやく気持ちを取り戻すことが出来た。
彼の言う通り、無理をせずに一度部屋に引っ込んできて良かったと、心から感謝していた。
セラフィとアザリアの二人は、エプロンを身に付けて厨房へと向かった。
足を踏み入れる直前、室内から漏れ出た笑い声にセラフィの足がすくんだ。
耳を澄ましたらまた自分の陰口が聞こえてしまうのではないかと怖くなった。
あの場に自分がいない方が皆楽しいんじゃないか、そんなことまで頭をよぎる。
きゅっと唇を強く噛み締めた。
アザリアは、セラフィの緊張と不安に気付くと、彼女の背に手を当て微笑みかけた。
「セラフィ、一番美味しいの作ろうね。」
「…そうだね。」
アザリアの言葉にハッとした。
何も戦いに行くわけではない。アザリアやエトハルト、マシューにランティス、自分のことを分かってくれる人達とただ料理をするだけ、誰に何を言われたって関係ない。そう考えた途端彼女の心は軽くなった。
「セラフィ、エプロン姿も良く似合ってる。」
入り口にいたセラフィに目ざとく気付いたエトハルトが笑顔で近寄ってきた。
少し前に厨房で見せた焦った様子は見当たらず、にこにこ顔のいつもの彼の姿であった。
セラフィは、普段と変わらずに接してくれる姿に安心した。
何より彼が、大丈夫?と聞いてこないことがひどく嬉しかった。
正直に言えばまだ少し怖い。
でもこれはきっと無くなることはない。ずっと怖さと不安はある。それでも、いつかはそれを乗り越えていかなきゃいけない。
だから今はまだ大丈夫って言えない。
もう少し見守っててほしい。
「ありがとう。エティもエプロン姿可愛いよ。あ、せっかくだから髪縛ってあげようか?リボンあるよ。」
「セラフィよりも僕の方が得意だから、遠慮しておくよ。せっかくの艶髪をボサボサにされたら嫌だからね。」
エトハルトは、ニヤッと笑ってセラフィのことを片目で見てきた。
「あ、ひどい。そんなこと言うと、エティの分だけ人参山盛りにしゃうからね。」
セラフィとエトハルトは互いに顔を寄せ合って笑い合った。
いつもと変わらない態度に、お互いに安心していた。
「全員揃ったので、説明を始める。ここにある四つの調理台にレシピと材料と道具を並べているから、各班自分達の分を使うように。火は二つしかないから、班同士譲り合って使ってくれ。何か不測の事態が起きた時には学級委員に相談するように。全班作り終えたら皆で一緒に食べ始めよう。では、始め!」
ランティスの生真面目な声掛けで、料理作りが始まった。
「さぁ、私たちも始めるわよ。」
アザリアは腕まくりをして、全員に指示を出し始めた。




