奇行
「おはよう、セラフィ。」
「エティ、おはよ?」
疑問系で朝の挨拶をしてくるセラフィに、エトハルトが吹き出した。
「え…なんで今日もエティが迎えに来たの?気を遣わなくていいのに…」
今朝もセラフィの邸まで馬車で迎えに来たエトハルト。
決して遠いわけでは無いが、わざわざ寄り道をさせることに申し訳なさを感じる。
「だって、昨日言ったからね。一番に君におはようって言うって。だから明日も明後日も毎日迎えに行くからね。」
「そ…」
そんなことしなくていいのにとエトハルトに言おうと思ったが、セラフィは口をつぐんだ。
彼の想いをそんなこと呼ばわりすることはあまりに失礼だと思ったからだ。
これは否定してはいけない、そう感じた。
「そうだったね。ありがとう、エティ。」
今度は素直に受け取ってお礼の言葉を口にした。
少し前のセラフィだったら、こんなに素直に相手の優しさを受け取ることなど出来なかった。
彼の真っ直ぐで揺るぎない優しさに触れ、彼女の中で何かが変わりつつあった。
エトハルトのエスコートで公爵家の馬車に乗り込むと、二人は向かい合わせに座った。
セラフィは昨夜のアザリアとの約束を思い出し、どう話を切り出したら良いかと頭を悩ませながら、チラチラとエトハルトの顔色を窺っている。
もちろん、そんな挙動不審な彼女に、エトハルトが気付かないわけがなく、頑張っている彼女のためにきっかけを作ってあげることにした。
何か話をしたそうなセラフィに向けて、ん?と片眉を上げて見せた。
彼が作ってくれた機会に、セラフィは思い切って話を切り出した。が、思い切り良すぎて、かなり下手な言い方になってしまった。
「今日のお昼、アザリアと二人だけでランチするって約束したの。だから…」
膝に乗せた両手の拳を握り締め、物凄く硬い表情でエトハルトのことを見てくるセラフィ。その顔は、判決を言い渡されるのを待つ罪人のようであった。
「いいよ。今日は別々にしよう。」
エトハルトは、穏やかな表情で即答した。
予想以上にすんなりといってしまったことに、セラフィは拍子抜けした。
同時に、自分で言ったことにも関わらず、エトハルトが何も言い返して来なかったことに寂しさを感じてしまった。
「ありがとう。」
感の良い彼に気取られないよう、必死に表情を取り繕った。
昼休み、アザリアとセラフィの二人は食堂に来ていた。
アザリアの要望通り、今日は二人だけで席についている。入学してからもう数日が経つが、二人でランチをとることはこれが初めてであった。
それにも関わらず、アザリアは浮かない顔をしている。その彼女の向かいに座っているセラフィはなんとも言えない表情をしていた。
「どうしてこうなるのよ…」
それは、怒りと呆れの両方の感情を混ぜ込んだような声音であった。
わなわなと震えるアザリアのすぐ近くには、ニコニコ顔でこちらを見ているエトハルトの姿があった。
「今日は、セラフィがアザリア嬢とランチをとるって聞いていたからね。僕はマシューといたんだけど、こんなに近くの席になるとは奇遇だね。驚いたよ。」
白々しいことを堂々と言ってのけた。
機嫌の良いエトハルトの向かいには、諦め顔のマシューが座っている。
アザリア達が席を取るとほぼ同時にすぐ隣の席にエトハルト達がやってきたのだ。正確には、エトハルトと、彼に引きずられて無理やり連れて来られてきたマシューの二人、だが。
ただでさえ近くにあったテーブルを、エトハルトはご丁寧にセラフィ達の席に近づけてから席についたのだ。
「僕たちのことは気にせず、二人きりのランチタイムを楽しんでね。」
そう言いながらも、セラフィから視線を外す気がないエトハルト。
にこにこと見つめられて居心地が悪い想いをした彼女達は、結局碌な話が出来なかった。
「お前は一体何を目指してるんだ…」
幼馴染の奇行に、マシューは頭を抱えた。
放課後、セラフィとエトハルトとランティスの三人は、新人研修の件を話すため昨日と同様集まっていた。
教室にまだ他のクラスメイトが残っていたため、今日は多目的室に場所を変更している。多目的室は、申請すれば誰でも利用出来る。
生徒が主体となって動くことが多いこの学園では、このように自由に使える部屋が数多く存在しているのだ。
多目的室にある細長いテーブルに、セラフィとエトハルトが隣り合わせで座り、ランティスはホワイトボードの前に立って、手にはペンを持っている。
「さっそく昨日の続きをしたいのだが、二人とも考えて来たメニューを教えてもらえるか。」
ランティスはペンのキャップを取り、書く姿勢を取りながら二人に尋ねた。
「「あ…」」
二人の声が重なった。
「僕たち、息ぴったりだね。」
エトハルトは楽しそうにセラフィに話しかけてきたが、彼女は顔面蒼白であった。
自分のために考案してくれたことなのに、完全に失念していたからだ。
昨日は、今日のランチタイムのことをエトハルトにどう話すかで頭がいっぱいであった。メニューを考えることなどすっかり頭から抜け落ちていたのだ。
二人の反応を見たランティスはため息を吐くと、黙ったままホワイトボードに料理名を書き連ねていった。
あっという間に10種類ほど書き終えると、改めて二人の方を振り返った。
「この中から選ぶでいいか?」
「すごい…ありがとう。」
頼りになるランティスに、セラフィは尊敬の眼差しを向けた。
そんな彼女を見たエトハルトは、面白くなさそうな顔でテーブルに頬杖をついていた。
その後三人で話した結果、シチューを作ることに決まった。
材料が多いため役割分担をしやすく、煮込み料理は失敗が少ないという理由からだ。それに、まだ夜は冷えるこの時期、身体が温まるものの方が良いだろうという配慮もあった。
「来週、ホームルームの時間を使って、この広報と班決めを行おう。部屋割りは、同じ班の中で考えて貰えば良いだろう。」
「…そうだね。」
ホームルームで皆の前に立つことを想像したセラフィは、緊張と不安でいつもより低い声が出てしまった。
また皆の視線を受けるのかと思うと、どうしても胃がキリキリする。
癖で胃をさすろうとしたが、その手をエトハルトに掴まれてしまった。
「大丈夫、僕がついている。」
真っ直ぐにシルバーの瞳に見つめられると、不思議と大丈夫だと思えた。
怖い気持ちが無くなったわけではないが、少しだけ気持ちが軽くなったセラフィ。
彼女は、彼の言葉に頷いて見せた。