波乱の学級委員選び
セラフィ達が通うこの学園には、生徒会という組織はなく、各クラスの学級委員がそれに近しい役割を担うこととなっている。
季節ごとの行事の運営や提出物の取りまとめ、教師の手伝い、特別授業の準備等、その活動は多岐に渡る。
クラスの中心となってあらゆる役割をこなす学級委員に選ばれる者は、クラスメイト達に祭り上げられた人気者か、もしくは、面倒ごとを押し付けられた弱者か、そのどちらかであることがほとんどだ。
このクラスは、後者を選択したらしい。
「カナリア先生、わたくし、セラフィさんが適任だと思いますの。その…ほら、彼女真面目ですし、安心感がありますわ。ね、皆さんもそう思いませんこと?」
キャサリンが教室全体を見渡すと、クラスメイトのほとんどが頷いた。
「キャサリンさん、推薦ありがとう。セラフィさん、どうかしら?クラスのまとめ役に挑戦してみない?」
フローラは、純粋な笑顔を向けているが、セラフィのことを見るキャサリンは勝ち誇ったような笑顔だ。
昨日の腹いせに、セラフィのことを困らせることが出来て心底嬉しそうにしている。
「い、いえ、私はそんな…」
まとめ役なんて無理です。そう言おうとしたのに、キャサリンが最後まで言わせてくれなかった。
「セラフィさん、これは素晴らしいことよ?皆が貴女にやって欲しいってそう思っているの。皆の期待を裏切るなんてしないわよね?」
キャサリンは、セラフィが断れないように外堀を埋めてきた。
どうやっても逃げられないように追い込む気満々らしい。これでどうだとばかりに、セラフィに向かって笑みを投げかけて来る。
セラフィの額に汗が滲む。
こんなこと私に出来るわけないのに…
皆だって、私となんて関わりたくないって思ってるはずなのに、こんな断れない状況にされて…これ以上目立ちたくないのに、普通に学園生活を送って最後の思い出にしたいだけなのに…
早く、早く断らないと…取り返しがつかなくなる
でも、こんな状況でなんて言えばいい?
なんて言ったら皆は諦めてくれる?
どう言えば許してもらえる?
「カナリア先生」
その時、エトハルトが手を挙げた。
セラフィに集中していた視線が一気に彼の方を向いた。視線から解放されたセラフィは、大きく息を吐いた。
彼女の代わりに鋭い視線がいくつも突き刺さるが、エトハルトがそれを機にする素振りはない。
むしろ、彼女から視線を晒せたことに、安心したような顔をしていた。
「確かにセラフィは真面目で頑張り屋で適任だと思いますが、彼女の控えめな性格を鑑みると、もう一人いた方が上手く回るのではないでしょうか。」
いつもの穏やかな雰囲気のエトハルトだったが、普段よりハキハキとした口調で、説得力のある言葉であった。
尤もらしい彼の意見に、頷く者も数名いた。
カナリアは、皆の注目を浴びて俯くセラフィのことを見ると、一瞬考える素振りを見せた。
「そうね。学級委員が1人でないといけないなんて決まりもないし、うちのクラスは二名体制にしましょうか。」
にっこりと笑顔を見せたカナリアも、成り行きを見ていた他の生徒達も、皆婚約者であるエトハルトが一緒に努めるのだろうと彼に視線を向けた。
仕返しを上手く躱わされたキャサリンは、悔しそうに顔を歪めている。
「でしたら僕は、二人目の学級委員にキャサリン嬢を推薦します。このような場でも意見を言える彼女ですから、リーダーシップを発揮して、クラスを引っ張ってくれると思うのです。」
予想外の言葉に、皆固まり、驚いた顔をしている。
もちろん、一番驚いていたのは、名指しされた本人だ。
「エトハルト様っ何をそんな…わたくしに押し付けようだなんて…これは、昨日の仕返しのおつもりですの?」
わなわなと震えながら、エトハルトにキツい視線を向けた。彼女の顔は、怒りで赤くなっている。
キャサリンの言葉を耳にした瞬間、エトハルトの顔から微笑みが消えた。
どんな時も感情に波を立てることなくやり過ごす彼だったが、今は明確に怒りを感じている。
「君は、セラフィに押し付けようと思って、この役に推薦をしたの?適任だと思ったのは偽りだったということかな。」
いつも穏やかなシルバーの瞳が今は冷え切っており、その声には怒りが感じられた。
キャサリンに対して、明らかな敵意を抱いていることがよく分かる。
珍しく本気でキレているエトハルトのことを、マシューは危なっかしいなと心配する目で見ていた。普段穏やかな分、彼は一度スイッチが入ると勢い余る傾向にあるからだ。
一方アザリアは、二人のやり取りを聞きながら、エトハルトに対して、もっと言ってやれ!とばかりに拳を強く握っていた。今回ばかりは、エトハルトの味方らしい。
「そ、そんなことないですわ。セラフィさんが適任だと思ったことは本当ですもの。」
誰が聞いても分かる、取り繕ったその場凌ぎの言葉であったが、エトハルトにとって真偽のほどはどうでも良かった。
この、皆がいる場で彼女から言質が取れればそれで十分だったのだ。
「そうか。では、僕の勘違いだったみたいだ。申し訳ないね。」
「い、いいえ…」
エトハルトから怒気が消え、いつもの柔和な雰囲気に戻った。
セラフィとマシューは揃って安心した顔をし、アザリアは1人物足りなそうな顔をしていた。
「カナリア先生、僕はキャサリン嬢が良いと思ったのですが断られてしまったので、代わりに僕がやろうと思いますが良いでしょうか。」
狙い通りの結果になったエトハルトは、カナリアがこちらを向いていない隙をつき、セラフィにウインクを飛ばした。
『始めから狙っていたことだから、安心して』と言っているような顔であった。
「ありがとう、エトハルトくん。やりたくない人に無理をさせるわけにはいかないものね。それなら、手を挙げてくれた貴方に、」
「ちょっと待ってください、先生」
話を遮ってきたのは、ランティス・カーネル、この学園で最も身分の高い公爵令息であった。
金髪碧眼の麗しい姿に、女子生徒達は目が釘付けになっている。
「私も立候補します。」
いきなりの宣言に、クラス中が静まり返った。