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【番外編】マシューのご挨拶


夏の日差しが剥き出しの地面を照り付けているが、山々に囲まれている地形のせいか肌を撫ぜる風は心地よく、見た目ほど暑さを感じない。


舗装されていない畦道の入り口に一台の馬車が停まっていた。

王都でしか見掛けないような豪奢な馬車から、一人の青年がタラップを降りて外に出てきた。


夏の日差しにすっと目を細める。


目の前には、芝生ともいえないような青々とした雑草が生い茂り、その真ん中に人一人が通れるほどの一本道が続く。建物の類は一切見当たらない。



「噂以上だな…」


マシューは日差しを避けるため黒のハットを目深に被り直すと、目の前の一本道をただひたすら歩いて行った。




「なんで貴方がここにいるのよ…」


扉を開けた先に良い笑顔で立っていたマシューに向かって、アザリアは心底嫌そうな声を出した。



「熱烈な歓迎どうも。愛しの婚約者殿の顔が見たくてね。」


「連絡もなしにいきなり来て何を言ってっ…」


アザリアは片手で開けていた扉を閉めようと手前に引いたが、すかさずマシューが革靴を滑りこませてきた。



「おい、挨拶くらいさせろよ。だいたいお前が婚約の書類も俺からの手紙も無視するからこんな面倒なことになって…」


「まあっ!!」


玄関先で攻防戦を繰り広げていた二人の前に、アザリアに良く似た黒髪の女性が顔を姿を現した。マシューの姿を視認するや否や大きな瞳を輝かせる。



「貴方はもしかしてアザリアの…恋人かしら?」


「連絡もなしに来てしまい大変申し訳ございません。アザリア嬢と結婚の約束をしております、マシュー・トートルと申します。此度は、ご両親にご挨拶申し上げたく参った次第にございます。出来たらご挨拶のお時間を頂戴したく…」


「なんですって!アザリアが男の子を家に!?ちょっと!貴方っ!誰かっテルトールを客間に呼んでちょうだい。マシュー君も早く中に!アザリア!何やってるのよ。さっさとご案内なさい。」


アザリアの母親はマシューに声を掛けながら足早に邸の中へと戻っていってしまった。



「親子揃って熱烈な歓迎だな。」


「ああもう…こうやって騒ぐから嫌だったのよ。うちの家族はまったく…恥ずかしかったらありゃしない…」


「まあまあ。」


頭を抱えるアザリアの肩を優しく抱き、マシューは彼女のことを支えながら使用人の案内で客間へと向かった。




「マシュー君は、あのサンクタント家に仕えているのか。それは大変立派な…うちの娘には勿体無いくらいだ。アザリア、本当に良かったな。このようなお方に身染められて。」


「いいえ。僕がアザリア嬢との結婚を懇願したのですから。ようやく選んでもらえたと安堵しているのは僕の方です。」


「まあ!見た目だけじゃなくて中身もとても素敵な方ね。うちのアザリアは本当に幸せ者だわ。」


「ははは…そうね…」


両親と和やかに話す外面モードのマシューに、アザリアは乾いた笑い声を上げた。

この空気についていけず、ひたすら茶菓子を口に運んでその場凌ぎをしている。



「ねえ、さま…?」


その時、少しだけ開けたドアの隙間から10歳くらいの男の子が顔を出した。



「トルテ、今ちょっとお客さん来てるからまたあとでね。少しだけ待ってて…」

「その人、ねえさまと結婚するの?」


トルテと呼ばれた少年は、ドアにつかまったままじっと怪訝そうな瞳でマシューのことを見つめてくる。

見つめられたマシューはソファーから立ち上がるとトルテのすぐ側までいき、自分よりも背の低い彼と目線を合わせるように腰を下ろした。



「ああ。君の姉さんと結婚したくて堪らなくて、今お願いをしに来たところなんだ。出来れば、君の許可ももらいたいと思ってる。」


「…じゃあ、僕と遊んで。」


トルテはすぐそばにあったマシューの片手を両手で掴んだ。



「ちょっと!トルテ!今私たちは大事な話をしているから少しだけ大人しくしていてちょうだい。」


「少しだけトルテ君のことをお借りしても?」


「ああ、もちろんだ。」


「ありがとうございます。じゃあ、少しだけ外で遊ぼうか。」


「うん!」


止めようとしたアザリアのことを無視し、許可を得たマシューはトルテに笑顔を向け、一緒に庭へと向かった。


だが庭先に出た瞬間、トルテは足を止めて腕を組みマシューのことを鋭く睨み付けてきた。



「ねぇ、本当に姉様のこと好きなの?幸せに出来るの?」


いきなり低い声を出してきたトルテに、マシューは驚いて一瞬だけ目を見開いたもののすぐ真顔に戻った。



「もちろんだ。俺の何より大切な人だから、誰に言われなくても必ず幸せにする。」


「ふーん。でも、サンクタント家に仕えてるって、お前自身は何も持ってないんじゃないの?そんなんで姉様のこと守れるの?姉様が困った時お前に何が出来るの?」


「中々辛辣だな…」


先程までとはまるで印象の違うトルテに、マシューは思わず苦笑を漏らした。

それと同時に、それほどまでに姉のことを慕っている男の子の姿が微笑ましく見えて口元が緩む。



「茶化すな。答えられないなら、姉様との結婚は認めないからな。」


苛立ったトルテがマシューの足を踏みつけようとしてきたが軽々と避けられてしまい、代わりに舌打ちをしてきた。

そんなことをされてもマシューは眉間に皺を寄せることなく、は穏やかな表情のまま質問に答える。



「俺には、エトハルト・サンクタントっていうとてつもなく有能で権力を持て余している友達がいる。」


「は…まさかそいつがいるから安心しろとでも言うんじゃ…」


「ああ。俺はアザリアが何か困っていて自分の力でどうしようもないことであれば、すぐそいつに頼る。どうしようもできないって一人で泣くやつよりいいだろ?俺はアザリアのためなら手段を選ばない。使えるものは全部使ってやる。」


「…お前には男としてのプライドってもんはないのかよ。」


「は?プライドで好きな女を幸せに出来るかよ。俺はアザリアが幸せならそれで良いし、それが良いんだ。それしか望まない。」


「…変なやつ。」


真っ直ぐな瞳で言い切ったマシューに気圧されたトルテは、膨れっ面のまま回れ右をして邸に向かって歩き出した。



「トルテ君?あれ、にいちゃんと遊ばないの?かくれんぼとか鬼ごっことか…」


「…うるさい。」


トルテの跡を追うようにしてマシューも邸の中へと戻って行った。





「マシュー君、夕飯食べていくだろう?今日はもう遅いから家に泊まって行きなさい。着替えなど必要なものは全て揃えさせる。」


戻ってきたマシューに、テルトールが満遍の笑みで声をかけてきた。

母親は既に宴会の準備に奔走しているのか、この場に姿はない。



「お心遣い感謝致します。」


「は。ちょっと二人して何勝手に話を進めているのよ。」


「明日も観光するつもりで宿を取っており着替えも一通り手元にありますので、お構いなく。」


「いやそれなら、その宿に泊まりなさいよ。」


「それはちょうど良かったな。今日はゆっくり話そうじゃないか。」


「いやだから…」


「ありがとうございます。ぜひこちらからもお願いをしたいです。」


「はぁ…」


こうしてアザリアの意向はすべて無視され、マシューのための大宴会が開かれ彼はまたもや熱烈な歓迎を受けることとなったのだった。




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