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新たな名前


冷んやりとした大理石のテーブルの上、厚みのある羊皮紙が2枚横に並んで置いてあった。

右上には王宮の印が入っており、重要な書類であることが分かる。


セラフィは、震える手で羽ペンにインクを付けると羊皮紙の左下を軽く手で押さえ、緊張した面持ちでペン先を用紙に付ける。

深く息を吐きながら、自分の名前を縦に二つ並べて書いていく。隣に並べてあった羊皮紙にも全く同じように自分の名を書いた。


『セラフィ・シブースト』

『セラフィ・カーネル』




ー パチパチパチパチッ



セラフィが書き終えて顔を上げると同時に、温かい拍手が送られた。


カーネル公爵、カーネル公爵夫人に加え、ランティスとソフィリアそしてエトハルトの姿がある。皆、優しい笑顔でセラフィのことを見守っている。




「ありがとう、セラフィ。これで君は、名実共に我が家の一員だ。と言っても、彼がすぐに奪い去ってしまうのだろうけれど。」


カーネル公爵は、緊張した空気を吹き飛ばすかのようにエトハルトに向かって茶目っ気たっぷりにウインクをしてきた。



「奪うも何も、セラフィは僕の一部であり僕の全てですから。」


にっこりと微笑み返すエトハルト。

その背中からは僅かにダイヤモンドダストが漏れ出ている。

こんな場面でも喧嘩を売ってくるエトハルトに、ランティスとソフィリアの二人はやや顔色を悪くしていた。



「公爵様、ありがとうございます。感謝してもしきれません。この御恩は必ずお返し致します。」


セラフィは、椅子から立ち上がると深く頭を下げた。



来週から新学期が始まるというこの日、セラフィとエトハルトの二人はカーネル公爵家を訪れていた。セラフィの養子入りの書類にサインをするためだ。


根回しが全て完了し、あとはこの書類を王宮に提出すれば正式にカーネル家を名乗ることが出来るようになる。




自分の名前を変えるという大仕事を終えたセラフィは、緊張の糸が切れ、頭を下げたまま動けなくなってしまった。


そんなセラフィを労るように、カーネル公爵が優しく彼女の肩に手を置く。



「私のことをお父様と呼んでくれれば、他に御礼などいらないよ………エトハルト君、冗談だよ。ははは。」


人を殺せそうなほどの殺気を惜しむことなく向けて来たエトハルトに、カーネル公爵は額に脂汗をかきながら乾いた笑顔を向けた。



「ええ、もちろん。存じております。」


真っ黒な笑顔を向けるエトハルトにもう誰も何も言えなかった。




「セラフィ、何かあったらすぐ私たちのことを頼って。いつだって君の味方だ。」


「本当にありがとうございます。カーネル家の名に恥じぬよう、しっかりと歩んで参ります。」


カーネル公爵とセラフィが固い握手を交わし、養子入りの件は無事に終了となった。



こんなにも自分のことを想ってくれる新たな存在に、セラフィは胸を熱くしていた。胸の前で重ねた彼女の手をエトハルトが優しく取る。


二人は、最後に改めて感謝の想いを口にすると、手を繋いだまま帰りの馬車の中へと向かって行った。




「セラフィ大丈夫かい?」


馬車の中、エトハルトは心配そうにセラフィのことを覗き込むと、彼女の横髪をかき上げるようにその耳にかけた。

心地良さそうに目を細めるセラフィ。



「大丈夫。というより、なんだかまだ実感が湧かなくて…あっけなかったって言ったら失礼かな?」


「そんなことないよ。本当にここまでよく頑張ったね。」


相変わらずひどく優しい声音でセラフィのことを褒めてくるエトハルト。

他の人に褒められると気恥ずかしさが圧勝するのに、彼の言葉はすっと心の中に溶け込み、セラフィの胸の中をじんわりと暖かくした。




「セラフィ、少しだけ時間いいかな?」

 

いつの間にか馬車は止まっており、エトハルトが手を差し伸べてきた。

セラフィは不思議に思いつつも、頷いて彼の手を取った。




「綺麗………」


馬車から降りると、そこは一面の花畑だった。


連なった円型の花壇の中、春の花が見事に咲き誇っている。ピンク、白、薄黄色、水色、小さな花々が所狭しと咲いており、春を詰め込んだような景色が広がっていた。


美しい景色にぼうっと見惚れていると、春の風に乗って聞き覚えのある香りが鼻を掠めた。



「これ、エティの香り…」


思いがけず香ってきた安心する大好きな香りに、セラフィから笑みが溢れる。

隣にいるエトハルトは、少し恥ずかしそうにジャケットの内側から何かを取り出した。



「これ、君と初めて会った時近くに咲いていた花のポプリなんだ。あの時の香りが鮮烈で忘れられなくて、いつも持ち歩いていた。今になって思えば、あれはセラフィに対する恋心だったんだね。」


珍しくほんのりと頬を赤くさせて微笑むエトハルト。セラフィは、そんな彼の姿にぎゅっと胸を締め付けられた。

様々な想いが溢れすぎて、悲しくないのに瞼の裏に涙が溜まっていく。



「ありがとう、エティ…」


瞳を潤ませるセラフィに、エトハルトは優しく微笑んだ。

そして、すぐそばにある彼女の手を両手で包み込むとその場に跪いた。



「エティ…??」


突然の行動に、セラフィは訳が分からず手を繋がれた先を見る。

そこには、これまでに見たことのない真剣な瞳をしたエトハルトの姿があった。


いつもの優しいだけではない、どこか覚悟を決めたような目で真っ直ぐにセラフィのことを見つめてくる。


どこまでも真摯なその様に、セラフィは呼吸を忘れるほど見入ってしまった。



「セラフィ、僕と結婚してほしい。」


はっきりと言葉を告げたエトハルトとセラフィの間に、春の風が吹き抜けた。





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