星空の下
夕方街から邸に戻ったセラフィ達は、夕飯を終えた後また外へと出掛けていた。
邸の裏庭から繋がる小高い丘に登り、夜空に煌めく星を眺めるためだ。
この時期、この場所から流星群が見られることをランティスに教えられ、皆で向かったのだ。
先頭を歩くランティスが灯りを持ち、その後ろに女性陣、一番後方にはマシューが歩いている。もちろんエトハルトはセラフィの隣だ。
ここは公爵邸の敷地内であるため、護衛は付けていない。その代わり、先回りしていた使用人数名が地面に敷くシートと温かい飲み物、ブランケット、ランタンを用意していた。
指定の場所に着くと、用意されていた場所に皆で並んで座った。
本当は寝転んだ方が見やすいのだが、皆行儀良く足を揃えて座り、夜空を見上げている。
満天の星空を眺める女性達とエトハルトに、マシューはポットに入っていたホットココアを注いで渡し、自分とランティスにはブラックコーヒーを用意した。
「こんな星空見たことない…本当に綺麗な眺め…ランティス君のおかげだね。連れて来てくれてありがとう。」
「セラフィ、君の前ではどんな星々も霞んで見えてしまうよ。いつだって愛しい君が僕の人生に輝きを持たせてくれる。美しくて魅力的で僕の心を掴んで離さない人。」
「「・・・」」
返事をするタイミングを奪われたランティスとうっかりエトハルトの発言を耳に入れてしまったマシューがげんなりとした顔をしている。
その横で、アザリアはスカートを手で押さえてシートの上に仰向けになった。
隣にいたマシューが慌てて寝転んだ彼女の足元に広げたブランケットを掛けている。
「私の領地も自然が多い場所だけど、こんなに綺麗な星空は見たことないわ。この場所、うちで買い上げようかしら。」
「アザリア!そんなことしたらランティス君の迷惑になるでしょ!第一、こんな一部分だけ自分のものにしてどうやってここまで辿り着けるの。」
「ふふふ、セラフィ。アザリアのそれは冗談だって。」
アザリアの言葉を本気だと捉えたセラフィが本気で説教を始めた。
それをクルエラがおかしそうに笑いながら眺めている。
そんな楽しげで穏やかな空気が漂う中、1人殺気を向けられている可哀想な男がいた。
「………なんだ?」
絶対に碌なことではないと、何を言われても無視を決め込むつもりだったランティス。
だが、あまりに粘着質なその圧に、堪らず取り合ってしまった。
「君、セラフィに名前を呼ばれる回数多くないか?僕への当てつけのつもり?気分が悪いんだけど。」
「は…」
相手から名を呼ばれるなど不可抗力でしかない事象に対して本気でキレてきたエトハルト。
片手で持っているココアが酒に見えてしまうほど目が据わっている。
「いやそれは、」
「エトハルト、じゃあもし、セラフィ嬢がランティスのことをお前とかアイツとか呼んでたらどう思うよ?俺だったら、名前より親しげで嫌だけど。」
「それは、ランティスのことを斬り捨てる。」
「思った以上に苛烈な返答だな…。まあいいけど、それと比べたら名前で君付けなんてまだ許せるだろ。」
呆れながらも、ランティスのことを不憫に思ってフォローしたマシュー。
頭の中では、『アザリアとここに2人きりだったらどんなに幸せだったろうか…』と、起こり得ないことを妄想して現実逃避に走っていた。
「でも、なるべくセラフィに名前を呼ばれないように全力を尽くしてもらいたい。」
「なるべく」と言いつつ「全力」と言ってくる矛盾に、彼の心の全てが現れている。
「…分かった。」
エトハルトに押し負けたランティス。
マシューは、おいおいそれで良いのか公爵家…と思ったが、もうこれ以上は関わりたくないため言葉を飲み込んだ。
「エティ!あそこ見て!今光った気がする!」
「ん?どこかな?」
子どものようにはしゃいだ声で名前を呼ばれたエトハルトは、一転甘い声で返事をしながらセラフィの側へと擦り寄っていった。
「お前も苦労するよな。」
「ああ悪い。」
色んな意味で疲れているランティスに、マシューはお代わりのコーヒーを注ぐと片手で手渡した。
彼のもう片方の手は、ブランケットの下でそっぽを向いているアザリアの手と繋がれていたためだ。
ランティスは彼の動作の違和感ですぐにその事実に気付いたが、なるべく隣に目を向けないようにして夜空を見上げている。
マシュー達のことを気遣うランティスの優しい横顔を、クルエラは悟られないように見つめていた。