二人だけの距離感
明るくて広い店内は、クリーム色の小花柄の壁紙に真っ白なソファー席が並んでおり、ピンク色の花があちらこちらに飾られていて、なんとも可愛らしい雰囲気であった。
そして、座席の9割を占める女性客の視線が入店したばかりのランティスに一点集中している。
「まぁ、ご領主様のご子息様よ。」
「本当だわ。なんて麗しいのかしら。」
「お隣の方は一体…」
ランティスを不躾に見るだけでなく、次々と詮索するような声が聞こえてくる。
一人焦るクルエラとは違って慣れている彼はそんなこと気にも留めず、店員を呼んで個室を使えるように頼んでいた。
「ランティス君ごめん、ここだと目立っちゃうよね…」
店内奥にある個室で二人きりになった後、クルエラは申し訳なさそうに口を開いた。
「構わない。私は慣れているから…いや違うな。クルエラさんは慣れていないから嫌な思いをしただろう。」
「ううん、私は別に。大丈夫だよ。」
「私といるとこういう目に遭うことになる…」
クルエラは彼の言葉の真意が分からず、その意図を尋ねようとしたが、ちょうどその時店員が飲み物を部屋に運んできた。
言葉を発するタイミングを失ったクルエラは、黙ったまま淹れたての紅茶に口をつけた。
彼が今どんな想いでいるのか、少しでも理解しようとその瞳を盗み見るが、普段と変わらないようにしか見えなかった。
「領地に来る時から元気が無さそうだったが、何かあったか?」
「え……私ってそんなに分かりやすい?」
「少なくとも私には。しかし、それは好ましいと思うよ。」
『好ましい』
他意があって言ってるわけではないと頭では分かっているのに、クルエラの心拍数は上がりまくっていた。
顔が赤くなるのが自分でも分かり、パタパタと片手で仰いでいる。
「き、気を遣わせてごめんっ。特に何があったわけじゃないんだけど、友達のことが羨ましくなっちゃって…自分と比較して勝手に気持ちが落ちていたの。」
「そういう時もあるよな。私もしょっちゅうだ。自分にないものを持っている者はどうしても羨ましく見えてしまう。」
「え…??ランティス君でもそんなこと思うの?天下の公爵家なのに?」
「別に天下ではないが…私だってあるさ。自分にないものを欲しがるなんて、そんなことは普通だろう?」
「私は…私はずっと卑しいことだと思ってた…誰かのものや誰かのことを欲しがるなんて、そんなこと。だから、醜い感情だなって、自分のことを否定してた。」
「否定した先に何がある?」
「え」
予想だにしてなかった問いかけに顔を上げると、真っ直ぐに見てくる青い瞳と目が合った。
「己の抱く感情に卑しいものなどない。大切なのは、その感情をどう扱うかだ。羨ましく思うなら、それを糧にして努力をすればいい。心で感じたことは大切だから、無闇に否定するのは良くないと思う。」
ランティスの言葉に衝撃を受けたクルエラ。
自分とは全く異なる考えだったのに、彼の考え方は驚くほどしっくり来た。
『自分も彼のように考えられるようになりたい』
クルエラはただただ真っ直ぐにそう思った。
自分の前を行くランティスの姿に、憧れと燈のような強い光と僅かな寂しさを感じる。
「ランティス君、かっこいい…」
複雑な感情は、彼への褒め言葉に変換されて体外へと吐き出された。
そして、思わぬところで褒められたランティスは紅茶を吹き出した。
「ゴホッゴホッ!!」
「わ!大丈夫!??これハンカチ使って。」
「すまない…」
「ふふふっ」
ひどく落ち込んでいる様子のランティスに、クルエラは思わず声を上げて笑ってしまった。
雲の上のような存在だったのに、自分とそう変わらないのかもと考えたらなんだか無性におかしくなってしまったのだ。
クルエラが笑い終えると、気を取り直したランティスが真剣な瞳を向けて来た。
「クルエラさん、私といるとどこにいても注目を浴びてしまう。良からぬ噂を立てられることもあるかもしれない。それでも、それでももし構わないと言ってくれるなら、またこうしてお茶に誘っても良いだろうか…」
「そんなこと私は気にしないよ。大丈夫。私もまたランティス君といられたら嬉しい。」
「ありがとう。」
飾らない言葉を交わしたランティスとクルエラは、着実にその距離を近付けていく。
二人の間には、穏やかで親しみの感じられる空気が漂っていた。