寂しさの代わりに愛を
「エティ、お願いがあるんだけど…」
ひと通り街歩きを終えてエトハルトと共にカフェで休憩していたセラフィは、両手でティーカップを握りしめたまま恐る恐る彼のことを見上げた。
「セラフィ…」
震える声で彼女の名を呼ぶエトハルト。
そのシルバーの瞳にみるみるうちに涙が溜まっていく。
涙で光り輝くシルバーの瞳には水晶玉のような美しさがあった。
「君が…君がこの僕に何かを望んでくれるだなんて…どしよう…あまりの悦びに僕の心は駆けて行ってしまいそうだ。こんなにも幸せなことがこの世の中にあって良いのだろうか…愛する君の頼みだ。僕はどんなことでも全身全霊を掛けて叶えてあげよう。」
瞳を潤ませて多幸感に満ちた顔をしているエトハルトとは対照的に、セラフィは不安げな表情で俯いている。
話そうと決めて来たのに、こんなにも嬉しそうなエトハルトを目の前にすると上手く言葉にならない。
「セラフィ、話してごらん。僕は、君の考えに対して多少意見することはあっても、否定することは絶対にない。だから僕を信じて。」
何もかも見透かしてくるようなシルバーの瞳を真っ直ぐに向けてくるエトハルト。
彼は向かい側に座るセラフィの手をカップごと両手で包み込んだ。
顔に微笑みを浮かべたまま、穏やかな雰囲気で彼女の言葉をじっと待つ。
「私、最後にちゃんと両親と話がしたい。父親と会うことは難しくても、お母様と会うことは出来ない、かな?」
不安そうに見つめてくるセラフィに、エトハルトは眉を下げて困ったような顔で小さく息を吐いた。
「僕は、勧めない。セラフィが傷付くと分かっているのにそれを容認することは耐え難い。君にはいつだって平穏の中で生きていて欲しいから。余計なことは考えずに、僕の愛だけを感じて僕だけのセラフィでいて欲しいんだ。」
「エティの言う通り、多分きっとまた傷付くと思う。」
「だったら、」
「でも、それでもいつか向き合わないと。ずっと心のどこかで『親に愛されたかった』って気持ちがついて離れない。ふとした瞬間に絶望するのはもういやなの。私は私の手で愛されたかった未練を断ち切りたい。そのためには一度話さないと、このままじゃいられないってそう思うから…だから…」
セラフィは、自分の手を包むように握りしめていたエトハルトの手を取り、今度は自分の手で彼の手を包み込んだ。
両手でぎゅっと握りしめたままエトハルトのことを意思のある真っ直ぐな瞳で見つめる。
しばらく見つめ合った後、エトハルトの方が目を逸らした。
「本当に、僕のセラフィは…」
エトハルトは諦めたように小さく笑うと、向かい側の席に回り込み、すっとセラフィの隣に座った。
彼女の顎に手を添えて自分の方に向けさせると、おでことおでこを突き合わせてゆっくり瞳を閉じた。
「君は、どんどん強く美しくなっていく。分かったよ。君がもし傷ついて悲しくなってしまったら僕の胸を貸そう。君の悲しさや寂しさは全部僕が背負っていく。もうひとりで泣くことは許さないよ。」
「ありがとう…エティ。私は貴方がいるから心を強く保てる。どんな私でも肯定してくれて受け止めてくれて本当にありがとう。こんなにも想ってくれる人がいる私は本当に幸せ者だね。」
「それなら、こんなにも愛する相手がいる僕の方が幸せだ。僕のセラフィでいてくれてありがとう。」
エトハルトはおでこを離すと、セラフィの後頭部に手を回して口付けをした。
彼女の寂しさ辛さを奪っていくように優しく口付けを交わす。
唇が離れていく度に寂しさが薄れ、口付けの度に深い愛が注がれていく。
セラフィの心はエトハルトからの愛で満たされていった。