自分の世界を変える方法
「どうしたの?何かあった?」
夕飯を終えて部屋に戻って来たアザリアは、セラフィが湯浴みに行っているタイミングを狙ってクルエラに話しかけた。
「ううん、何もないよ。」
ソファーに座り髪をすいていたクルエラは、一瞬だけ手を止めたが、何事もなかったかのようにまたその手を動かし始めた。
そんな分かりやすい彼女の反応を見たアザリアがため息を吐く。
「あのね、何もないって言うならちゃんとそう見えるように振る舞わないとダメよ。そんな顔して大丈夫って言ってもすぐに分かるわ。だから隠さず言いなさい。それに、早くしないとセラフィが戻って来ちゃうわよ?」
セラフィの名を出した途端、クルエラの瞳が不安げに揺れたのをアザリアは見逃さなかった。
「セラフィには言わないし、私は貴女が彼女のことをどう思っていてもなんとも思わないわよ。」
アザリアは腰掛けていた自分のベッドから跳ねるように立ち上がると、クルエラの隣に座った。そのまま彼女が話すのを待つ。
しばらく逡巡した後、クルエラはようやく口を開いた。
「私、セラフィと友達になれたことがとっても嬉しくて、許してもらえて救われた気持ちになって、これからも彼女と友達でいたくて…でも、なのに私は…」
クルエラは唇を噛み締めた。
そうでもしないと涙が溢れてしまいそうで、そんな自分には耐えられないと思ってしまった。
醜く黒い感情が内側から溢れ出て、自分自身に飲み込まれそうになる。
「羨ましくて仕方ない?」
にっこりと微笑みかけてくるアザリアに、クルエラは瞳を丸くした。
自分の心の声が聞こえていたのかと不安になり、ぎゅっと胸を抑える。
自分の勘が当たっていたことに安堵したアザリアは、バンっと勢いよくクルエラの背中を叩いた。
「…っ!?」
「別に良いじゃないっ。羨ましく思って何が悪いのよ。あの子を蹴落としてやろうとかそんなこと思ってないでしょ?」
「そ、そんなことは絶対にしないっ」
「うん、なら大丈夫よ。何一つ問題ないわ。」
よしよしとクルエラの頭を撫でるアザリア。
クルエラはどう反応して良いか分からず、身を固くしている。
「でも…友達と比較して羨ましがるなんてあんまり褒められたことじゃないと思うんだけど…」
「そうかしら?人の良いところを見てそれを欲しがるなんて至って普通の心の動きだと思うけど。だからそんなに気にする必要はないわよ。少なくとも、今日ここに一緒に来た人たちはそんなこと気にしないわ。」
「そうだといいんだけど…でもやっぱりこんな黒い感情を持つ自分のことを知られたらって思うと不安になる…」
「セラフィは勇気を出したからこそ、今の彼女を応援したい支えたいって思う人に囲まれているのよ。助けたい人がいても、助けたい相手が手を伸ばしてくれなければその手を掴むことは出来ないの。助けたくても心を閉ざされてしまっては声を届けることが出来ないのと同じよ。」
「手を伸ばす…」
「言い訳をして自分を責めて気付かないふりをして気持ち押さえ込んでってそんなことを繰り返しても現状は変えられないわ。勇気を持ってその手を伸ばしてごらんなさい。何もかもが変わる瞬間が訪れるわ。」
何もかもが変わる瞬間……
そんなことがこんな私にも本当に訪れるのかな。手を伸ばして誰もその手を取ってくれなかったら?その相手に幻滅されてしまったら?
そんなことを考えると、このまま心を隠して誰にも頼らずにいた方がいいと思ってしまう。
私はどうしてこんなにも臆病なんだろ…
アザリアがせっかくこんな私のために親身になってくれているのに、それに応えることが出来ない。彼女の言葉に頷きたいのに、そう出来ない自分が嫌になる。
なんで私はこんななんだろう…
「クルエラだって、あのキャサリンとの関係を変えたじゃない。勇気を出して言いなりになる関係から脱却したんでしょ?あの時、貴女の世界は劇的に変わったんじゃないの?」
「あ…」
そうだ、私……
セラフィのことを陥れることが我慢ならなくて耐えられなくてあの時初めて抗ったんだ。初めて、彼女の命に背いた。でも、今全く後悔していない。むしろ、あの時勇気を出した自分に感謝してる。だって、そのおかげでキャサリン様と…
「…キャサリン様と対等に話せるようになって、世界が変わったってそう思った。」
当時のことを思い出したクルエラの瞳が涙に滲む。
あの時のセラフィに対する後悔と心の奥底から湧いて出た抗う気持ちと勇気を出そうとした時の恐怖と勇気を出せた時のあの言いようのない強い光のような眩しいほどの気持ちを。
それは今の自分がセラフィに見ていた眩しさと似ていることに気が付いた。
「それよそれ!きっとそうやって何度も自分の世界を変えて、自分の生きやすい場所を作っていくのよ。私はそう考えているわ。」
「…ありがとう、アザリア。私、あの時の自分を信じてもう一度勇気を出してみようと思う。」
滲んだ瞳で微笑むクルエラ。
アザリアは優しく頷くと、ハンカチを取り出して素早く彼女の涙を拭った。
「お風呂すごく大きくてびっくり…って、クルエラ!?どうしたの?どうして泣いているの!?」
少しばかりタイミング悪く部屋に戻ってきたセラフィが血相を変えてクルエラの元に飛んできた。目の赤い彼女に、心配そうな瞳を向ける。
「クルエラ、夕飯に大好きなマッシュポテトが出なかったって涙ぐんでたのよ…」
「ちょっと!アザリアっ!!!」
「そんな…気付かなくてごめん。今すぐランティス君の所に行って、朝食に用意してもらえるように相談を…」
「それはダメよ。」「絶対にダメ」
「え????」
一人状況を理解していないセラフィはポカンとした顔で首を傾げた。
彼女は今自分が夜着を纏っていることも、エトハルトの嫉妬深さも、ランティスの命を危険に晒すことになるのも何もかもを分かっていなかった。