ミモザの花とあの子
セラフィ達が案内された部屋は、余裕で10人は寝泊まり出来そうなほどの大きな部屋だった。
一つの部屋の中に、水回り、ベッドルーム、リビング、書斎、ダイニング、ミニキッチン等、全てが用意されている。
設備や調度品の全てに質の高いものが使われており、落ち着いた雰囲気の中にも高級感が溢れていた。
使用人に部屋を案内されてすぐ、セラフィとクルエラの二人はこの部屋のスペックの高さに目を丸くして驚いていたが、アザリアだけは3人部屋であることが気になって仕方がなかった。
もちろん女子同士で泊まれることは嬉しかったのだが、貴族というのは一人一部屋が基本だ。
しかもこんなに部屋数のある中で同室にされたというのは何か意図があるに違いない、気にしいの彼女はついそう考えてしまった。
すると、アザリアの勘繰るような視線に気付いた使用人が彼女に近付いてきてそっと耳打ちをしてきた。
「セラフィ様のご安全のために、とランティス様から仰せつかっております。」
それだけ言うと、また荷解きの作業に戻った。何気ない顔で、彼女達の荷物を取り出しキャビネットやクローゼットに仕舞い込んでいく。
『あ…対エトハルトってことね…』
使用人の言葉で全てを理解したアザリアは遠い目をすると共に、ランティスの的確な采配に拍手を送っていたのだった。
「少しゆっくり出来たかい?」
セラフィ達が一階のサロンに向かうと、エトハルト達は日当たりの良いソファー席で既に寛いでいた。
が、紅茶を片手に優雅に微笑んでいるのはエトハルトのみで、他の二人は何やらグッタリとしている。
セラフィ達と違って粗方想像のつくアザリアは思い切り見て見ぬふりをした。
「うん。すごく素敵なお部屋だった。ランティス君ありがとう。」
「気に入ってもらえたようで何よ…」
「セラフィ、夕飯までまだ少し時間がある。今庭園ではミモザの花が見頃でとても美しいよ。少し歩くかい?ここから街まですぐだから、街を見に行くのも良いし、移動で疲れていたら一緒に休むのも…」
「ええと…みんなはどうしたいかな?」
いつもならこの辺りで飛んでくるマシューのツッコミが飛んでこない。
セラフィは助けを求めるようにアザリアの顔を見た。
「私はそうね…観光は明日にして、今日は敷地内の散策で済ませるのが良いと思うわ。みんな疲れていると思うし。」
「賛成。せっかくだからランティス自慢の花でも見に行こうぜ。クルエラ嬢も気になるだろ?」
「うん、それはちょっと見てみたいかも。」
「いや別に私は自慢してないのだが…」
アザリアの一言で、夕飯の時間まで庭を散策することになったセラフィ達。
庭というには広すぎる敷地が広がり、区画ごとに異なった種別の花々が咲いている。両脇に咲き誇る花畑を見ながら整備された幅の狭い小道を皆で歩いていく。
エトハルトとマシューの二人は、当たり前のように自分達の婚約者をエスコートしながら歩くため、自然とランティスとクルエラの組み合わせになった。
いくら整備された道とは言え、花畑に囲まれた小道が歩きにくいことに変わりはない。
ランティスがエスコートの腕を差し出すと、クルエラは申し訳なさ程度にその腕に手を添えた。支えとして全く意味をなしていなかったが、婚約者でも恋人でも無い彼らにはこれが限界であった。
物理的に支えてやれない代わりに、ランティスは出来る限り歩く速度を遅くして彼女のことを気遣った。
「ここが一番の見頃だな。」
ランティスが立ち止まった先には、ミモザの花が一面に咲いていた。
黄色だけではなく、白やオレンジ色の花も混ざり、春の訪れを告げるような楽しげで華やかな景色が広がっている。
「すごい眺め…こんな景色見たことない…」
クルエラもランティスの隣に立ち、ミモザの花を付けた木が立ち並ぶ様を食い入るように見つめる。
王都にある花園でもこんなに壮大な景色を見ることは出来ない。
クルエラは、改めて公爵家の持つ財力を目の当たりにさせられ、下位貴族である自身の実家との差を痛いほど感じた。
彼とは住む世界が違い過ぎる……
人に仕えるために生まれて教育されてきた自分とは何もかもが違う。自分は使われる側の人間で、彼は使う側の人間だ。
本来であれば、こうして隣に立つことは許されない関係。
私なんかが彼のことを好きになるなんて、そんなことは絶対にあってはならない。貴族とはそういうもので、身の程をわきまえないといけないのだから。これが普通で当たり前で、周りのみんなも同じようにそうやって生きてる。
……それなのに、どうしてあの子は違うの?
私と同じくらいの家格で、私の親よりひどい親なのに、どうしていつもいつも高貴な身分の方に気にかけてもらっているの??
どうしてあの子は自由な結婚を許されているの?なぜあんなにも思いのままに振る舞うことが出来るの??
どうして、セラフィだけが………
クルエラは、誰もが愛でたくなるような色とりどりの花々をこれ以上見ていることが出来ず、そっと視線を足下に落とした。
綺麗で可憐で華やかで周囲の視線を釘付けにして、そんな自分とは何もかもが違う彼女と重ねて見てしまっていた。