間違った権力の使い方
車窓から流れるように見えるのは、大きな空にどこまでも広がる麦畑、馬を連れて歩く人々、どれも王都では見られない光景だ。
王都からほとんど出たことのないセラフィは、窓から身を乗り出す勢いで外の景色に夢中になっている。
春休みに入って少し経った穏やかな日、セラフィ達は旅行のため予定通り馬車で公爵領へと向かっていた。
6人で1台の馬車に乗り、それほど遠くない道のりをゆっくりと走っている。
「すごく綺麗…」
窓枠につかまって外を眺め続けるセラフィを、エトハルトは優しく座席へと戻した。
あまり風に当たりすぎると疲れてしまうと思った彼の配慮だ。
「セラフィがこんなにも喜んでくれるなんて…ここ一帯君のために買ってしまおうか。」
「領主の息子の前でなんてことを言い出すんだお前は…」
既に公爵領に入っていることを知っていてそんなことを言ってくるエトハルトに、マシューは呆れた顔をした。
「そんなことをしなくても、春にはセラフィさんも自由に行き来出来るようになるが。」
「おい、ランティス。何真面目に返してんだよ…って、セラフィ嬢がカーネル公爵家に入るってことか?」
「ああ。正式な発表はこれからだが、確定事項だ。」
話の流れでさらっと公爵家に入ることを話され、驚いたセラフィがエトハルトを見たが、彼は微笑んで頷いてくれた。
ここで話しても何も問題は無いらしい。
「そうか…それは良かったな。」
「セラフィがあの家から離れるのは大賛成よ。本当に良かったわ。」
マシューとアザリアが肯定的に捉えてくれる中、唯一クルエラだけは少しだけ複雑な表情をしていた。
ランティスとはただのクラスメイトで、それ以上でもそれ以下でもないずなのに、自分の知らないところでセラフィの話が進んでいたのだと思うと心がざらついた。
なんだかんだ言っていつも周囲の人に守られているセラフィ、こんなにも自分とは違うのだと思い知らされる。そんな彼女のことをどうしても羨ましいと思ってしまう。
自分の中に湧いた黒い感情を誤魔化すように外の景色を眺めるクルエラのことを、青い瞳がじっと見つめていた。
「さすがは公爵家…別荘と言いつつ本邸と同じくらいの規模があるんじゃない??」
アザリアがぽかんと口を開けて眺める先には、要塞と城を組み合わせたような大変立派な建物があった。
自分の家の領地も広いと思っていたが、まるで規模が違かった。
「ランティス様並びにご学友の皆様、ようこそおいで下さいました。」
正面玄関の前にずらりと並んだ使用人一同の前、使用人頭と思われる白髪の男性が腰を折って恭しく礼をした。
「世話になる。」
「お部屋にご案内致します。お茶もお待ちしましょう。」
「ああ、宜しく頼む。」
正面玄関から中に入るとすぐ、舞踏会の会場に出てきそうな金色の豪奢な手摺りが輝く立派な螺旋階段が現れた。
古典的なデザインだがよく手入れがされており、古さは感じられない。
相変わらず、カーネル公爵家の物持ちの良さが窺える。
「男性の皆様は一階奥、女性の皆様のお部屋はお二階にございます。」
使用人の案内により男女で別れる中、当たり前のように二階に上がっていくエトハルト。
「あの、男性のお客様のお部屋は一階でして…」
「申し遅れました、私サンクタント侯爵家嫡男のエトハルトと申します。」
やんわりと伝えてきた使用人に、エトハルトは家名を強調しながらにっこりと微笑んだ。
端正な顔立ちの彼に、柔らかなシルバーの瞳を向けられた使用人の女性は、ぽっと頬を赤く染めている。
「おいこら、こんなところで権力を使おうとするなっ」
「…チッ」
エトハルトがいないことに気付いたマシューが慌てて後を追ってきた。
舌打ちをしている彼のことなどお構いなしに首根っこを掴んで回収していく。
セラフィは苦笑いで手を振った。