最後の期末試験
セラフィ達が買い物に出かけた日からしばらく経ったある日、ひどく機嫌の良いカナリアが朝教室に姿を現した。
彼女が手にしている答案用紙の束とその表情から、今回の結果は良さそうだと皆安堵の表情を浮かべている。
「この前の期末試験の結果を返すわ。今回は赤点は0人よ。みんな本当によく頑張ったわね。これが最後のテストだから、赤点を取らずに終えられて本当に素晴らしいわ。」
このクラスは色々と問題が多く(そのほとんどの要因はエトハルトだったが)、学園長に目をつけられていたカナリアは、これで借りを返せたとばかりに晴れやかな顔をしている。
ホームルームが終わると、クラスの皆は廊下に張り出された試験結果を見に行った。
最後の試験ということもあり、普段興味を示さない者も、自分の名が無いかチェックしている。
「あれほんとムカつくよな…」
「いや全くだ…」
順位表の一番上に書かれている『エトハルト・サンクタント』の名を忌々しげに見ているマシューとランティスの二人。
セラフィにうつつを抜かしまくっているエトハルトが最後まで首位の座から陥落しなかったことに納得いかないらしい。
そんな二人は、セラフィと同率の2位であった。
「ねぇ、セラフィ。入学してからずっと首位の座を譲らなかった僕にご褒美をもらえないかな?」
「エティは本当にすごいよ。ご褒美いいけど…私にエティが喜んでくれるものなんて何かあげられるかな…」
「ふふ。君は僕が欲しくて欲しくて堪らないものを既に持ってるじゃないか。それはもちろん、君自身を僕に…」
「おいこらっ」「エトハルトっ」
人混みに紛れて白昼堂々不埒なことを言い出そうとするエトハルトに、ランティスが嗜めるように名を呼び、マシューは振り向きざまに拳を繰り出した。
不意をついたはずなのに、エトハルトはマシューの方を見向きもしないまま片手で彼の拳を受け止めた。
その彼の横で、セラフィは肩をびくつかせている。
エトハルトは怖がるセラフィの頬を優しく撫でると、マシューに非難めいた目を向けた。
「セラフィが怖がっているだろ。」
「お前の発言の方が怖いわ…」
エトハルトとマシューがいつもの息の合ったやり取りを繰り広げていると、キャサリンとフローラの二人がセラフィの元へとやって来た。
「セラフィさん、貴女本当にすごいわね。でも、こんなに成績優秀なのに留学の話を断ったんですって?カナリア先生が残念がってたわよ。」
キャサリンに留学の話を出されたセラフィはなんとも言えない顔をしている。
あの時は、この国を出て留学先で居を構えるつもりだったけれどエトハルトとよりを戻したから取りやめたなど、そんなことは口が裂けても言えない。
「僕のセラフィが僕のことをおいて他国になど行くわけがないじゃないか。」
すかさず話に割って入って来たエトハルト。
すぐ隣にいたセラフィの腰を掴んで抱き寄せると、周囲に見せつけるように、彼女の耳と指先にゆっくりと口付けを落とした。
「ちょっ、エティっ!!」
あまりの恥ずかしさに、セラフィは抗議の声とともにエトハルトの胸を押し返したが、毎度の如く、びくともしない。
それどころか逆に、か弱い姿を見せられたエトハルトは庇護欲を掻き立てられ、熱い視線をセラフィに向けてくる。
「もう十分ですわっ」
二人のイチャイチャを目の当たりにして顔を真っ赤にしたキャサリンは、逃げるようにその場を去って行った。
「セラフィ」
エトハルトは、セラフィに触れていた手を止めると、ひどく真剣な眼差しを彼女に向けた。
「今日君の部屋に寄っても良いかな?大事な話があるんだ。」
先ほどまでの蕩けるほどの甘さは消え去り、落ち着いた声音で真摯な瞳を向けてくるエトハルト。
「もちろん。」
彼の話したいことに心当たりのあるセラフィは、意識して笑顔を作った。
楽しいだけではいられない。
ちゃんと向き合わなきゃ…
セラフィはエトハルトの瞳を真っ直ぐに見返すと、胸の前でそっと拳を握りしめた。