好きな人の話
これまでの人生、ほとんど注目を集めたことが無かったクルエラは、三人からの視線を受けて戸惑っていた。
なんと答えればこの場が収まるのか分からず、口を開けずにいる。
その場凌ぎに、運ばれてきたティーカップに口を付けた。だがそれも一瞬で終わってしまう。指先を見つめてみるが良い答えは浮かばない。
その時、困り果てたクルエラに、困らせた張本人が助け舟を出してきた。
「じゃあ、金色と銀色どっちが好き?」
「「おい」」
助け舟と見せかけて露骨過ぎる質問は、男性陣によって即刻却下された。
3人ががやがや話している間、クルエラは自分の心の声と向き合っていた。
好きな人、か………考えたこともなかったな…どんな人が好き……か。それはよく分からないけど、でも苦手な人ならいる。話を聞いてくれなくて高圧的で傲慢で、私じゃなくて私の立場で私のことを見てくる人。何も知らないくせに言いたい放題言ってきて、意のままに操ろうとしてくる人は嫌。
じゃあそれと真逆なら好きな人、なのかな…?
「……私の話を聞いてくれて私自身のことを見てくれる人。」
耳を澄ましていないと聞き逃してしまいそうなほど小さな声で呟いたクルエラ。
彼女の答えを心待ちにしていた3人の耳にはきちんと届いていた。
「なるほどね、クルエラらしいわ。良かったわね、ランティス。」
「ほんとそうだな。良かったな、ランティス。」
「なぜ私は君たちにホッとした顔をされてるんだ…………」
口ではこう言いながらも、ランティスは彼女の答えに嬉しさが込み上げていた。
気になる相手が権力や金や見た目ではなく、内面的な部分で好きな相手を表現したことに、やっぱりこの子だと思った。
エトハルトやマシューのように情熱的なそれでなくても、自分の中にも確かに温かな感情が芽生えていることを悟った。
「アザリアは、マシュー君のどんなところが好きなの?」
「は………………」
大人しそうな顔をしてカウンターパンチを繰り出してきたクルエラ。
まさか自分にブーメランが返ってくるとは思いもしなかったアザリアは、口を半開きにしたまま固まってしまった。
口に運ぼうとしてきたクッキーも宙に浮いたままだ。
「そりゃあ、この広い心と優しさと思慮深いところと整った見た目と頭の良さとアザリアへの愛の深さだろうな。」
マシューは、聞かれてもないのに腕を組んで目を閉じ、ニヤニヤしながら矢継ぎ早に言ってきた。とてつもない自信家だ。
「いつも調子に乗ってヘラヘラしているのに実は頭が良くてしつこくて少しムカつくところかしら。」
「……………おい。」
全く褒めていないアザリアの言葉に、マシューは半眼で彼女のことを睨むと、彼女が手にしていたクッキーを指ごと食べた。
「ちょ、ちょっとっ!!!!!何するのよっ!!!」
指を舐められたアザリアは顔を真っ赤にして、ナプキンで指を拭いている。
「お前が可愛くないことを言うから。あでも、今のアザリアはむちゃくちゃ可愛い。」
クッキーを咀嚼しながら、マシューはニンマリと微笑んだ。
「っ!!!」
指を舐められ可愛いと褒められじっと見つめられ、完全にキャパオーバーとなったアザリア。顔を真っ赤にしたまま黙ってしまった。
「ええと、アザリアがマシュー君のことをものすごーーーーく好きなのはよく伝わったわ。ね、ランティス君?」
「あ、ああ。エトハルト達に負けない仲の良さだな。」
フォローのつもりが更なる追い打ちをかけることになってしまったクルエラ。
アザリアは恥ずかしさで縮こまり、今にも溶けて無くなってしまいそうであった。
「俺の可愛いアザリアは恥ずかしがり屋さんだから、二人ともそのくらいにしてやってな。」
「だっ、誰のせいよっ!!!!」
「あははは」
アザリアを羞恥心でいっぱいにさせたマシューはヘラヘラと楽しそうにしている。だが、彼の瞳は彼女に対する愛しさで溢れていた。
アザリアに向けるマシューの眼差しが優しい。
「そろそろ帰るかい?」
セラフィとの二人きり時間を満喫したエトハルトがふらっと皆のテーブルにやってきた。もちろんセラフィと手を繋いで。
「ああ、もうそんな時間か…そうだな、そろそろ馬車に…」
「ちなみに、僕はね、優しくて強くて可愛くて他人想いで甘い香りがして、ミントグリーンのワンピースが似合っていて、金髪の髪が美しくてエメラルドグリーンの瞳が煌めいていて、僕のことを一番に想ってくれるような人が好きだな。」
「まんまセラフィ嬢じゃねぇか…そしてお前、こんなとこで読唇術発揮するなよ…………」
いきなりぶっ込んできたエトハルトに、マシューはがっくりと肩を落とした。
エトハルトは、苦笑いしているセラフィの髪に愛おしそうに口付けをしている。
常に誘拐の危機に晒されているエトハルト。
公共の場とは言え、周囲の警戒を怠ることはない。セラフィにベタベタしつつも、客がそれぞれ何を話しているかひと通り確認をしていた。そのため、全体を把握しやすくいざとなったら窓を割って外に出られる窓際の席を選んでいたのだ。
そして、空気を読んで皆の会話のキリがいいところで声を掛けたつもりだったのだが、いきなり混ざってきたせいで逆に混乱をもたらしてしまったのだった。