参加表明
「セラフィ様、いかがなさいましたか?」
サンクタント家での用事を終えて戻って来たナラは、物憂げな様子でソファーに座って髪飾りを弄んでいるセラフィに声を掛けた。
明らかにいつもと様子が違う、自分のいない間に何かあったのかと、ナラはざわつく心を押し殺して穏やかな表情を作った。
「これ、お母様からの誕生日プレゼントなんだけど…全然似合わないでしょ?」
セラフィは、自身の金髪に添えて見せた。
似合わない…ことはないが、彼女のイメージとはかけ離れたそれに、ナラは眉を顰めた。
「お母様とは好みが真逆のようですね…」
「そうなの。自分を押し付けるだけで私のことを知ろうとしないあの人にもう期待しないってずっと昔に決めたはずなのに、どこかで期待している自分がいて…ほんと嫌になる…」
セラフィは髪飾りを手にしたままテーブルに突っ伏した。長い金髪が机上に散らばる。
行儀の悪い行いだったが、ここにそれを咎める者はいない。
「いつか、セラフィ様の御心の整理がつきましたら、お母様にその想いをお伝えに行きましょう。ナラも一緒に参ります。きっと晴れやかなお気持ちになれると思いますよ。」
「…考えたこともなかったかも。そっか、ちゃんと言葉にしたらこのモヤモヤも少しは晴れる、のかな…。一人じゃ逃げてしまいそうだけど、ナラがいてくれたら向き合える気がする。」
「ええ。大丈夫です、私がおりますから。一緒に向き合って過去のものとしましょう。」
「ありがとう、ナラ。」
テーブルから顔を上げて笑顔を見せたセラフィに、普段の様子に戻った彼女を見たナラも安心して笑顔を返した。
***
「じゃ、行き先は公爵家の別荘に決まり。あの辺りは、自然が豊かな割には大きな街もあるし、観光するには持ってこいだ。ランティス、それでいいよな?」
冬季休暇が終わり、セラフィ達はランチも兼ねて春休みの旅行の計画を立てていた。
言い出しっぺのマシューが責任を持って取り仕切っている。
エトハルト以外は賛同を示すように頷いており、彼は相変わらず頬杖をついて隣のセラフィに見惚れている。
冬季休暇中、セラフィとあまり会えなかったせいで彼の独占欲が爆発し、授業が始まって数日経つ今でも彼女と片時も離れようとしない。
手か髪か腰か背中か、必ず彼女の身体の一部分に触れているエトハルト。
そんな甘々ベタベタな様子に慣れているマシューとアザリアは冷めた目で見ており、クルエラだけが頬を赤くして照れ、それを見たランティスは視線を逸らして少し気まずそうな顔をしている。
「ランティス?聞いてるのか??」
「………ああ、問題ない。家にも話は通してある。別荘には使用人も滞在しているから、不自由することはないだろう。父も皆のことを歓迎すると言っていたから、楽しみにしていてくれ。」
マシューの声掛けで我に返ったランティスは、動揺を悟られないように平常心を保って答えた。
だがいつもと違って早口且つ一息で話し終えたランティスに、マシューは苦笑を漏らしていた。
「セラフィ、クルエラ、次の休み一緒に買い出しに行かない?旅行となると色々と必要になるでしょ?うちはお得意様だから、かなり安くしてもらえるわよ。」
アザリアは、セラフィに向かって意味ありげにウインクを飛ばして来た。
親友のお財布事情を心配する彼女なりの気遣いだ。
「ありがとう、アザリア。うん、私も買い物行きたい。」
「僕も行く。」
セラフィの声に被せるようにして参加表明をしてきたエトハルト。
彼の一言で、場が一気に静まり返った。
さっきからセラフィの髪を弄るだけで話を聞いていないと思いきや、こう言う時ばかり耳が良くなる。
「これは、女子同士の買い物なんだけど…」
アザリアの笑顔が引き攣った。
エトハルトが割り込んで来られないようにワザと皆の前で女子に限定して誘ったのだが、そんな障害など彼の前では何も意味をなしていなかった。
「エトハルト、女子同士できゃっきゃして買い物したい時だってあるだろ。何が何でもセラフィ嬢の側にひっつこうとするな。」
「マシューの言う通りだな。あまり縛るのは良くない。」
マシューとランティスの二人がアザリアに加勢した。
「じゃあ、同じ日に同じ場所で僕らも買い物をしようか。荷物持ちが必要になったあたりでセラフィ達と合流しよう。何か異論は?」
「「「・・・」」」
エトハルトの愛が重すぎて、3人は反論する気も失せ言葉を失くした。
彼の深すぎる愛に、クルエラだけが羨望の眼差しを向けている。
セラフィは、いつものように困った顔をしているだけだった。