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空っぽの愛情


ナラがサンクタント家を訪れている頃、セラフィは自室で手紙を書いていた。


領地にいるアザリアへの手紙だ。


これまではネンスによって徹底して彼女との関係を断ち切られていたセラフィだったが、使用人を総入れ替えしたおかげで、アザリアに手紙を送れるようになったのだ。



やり取りしている内容はたわいも無いものばかりだったが、エトハルトへの手紙と違い、何も考えずに気軽に書けるため、ついペンが進む。


一方、エトハルトからの手紙だが、相変わらず侯爵領のことや商人から聞いた隣国の流行など興味を惹かれる内容ばかりであったのだが、ひとつだけ大きな問題があった。


それは、セラフィへの愛に溢れずきていることだ。


どこで仕入れて来たんだと言いたくなるような見事な美辞麗句或いは愛の言葉をびっしりと書き連ねてくる。

それは便箋の総量に対して半分以上を占めていた。



もちろんセラフィは嬉しかったが、それに応えられる語彙力を持ち合わせていなかった。


懸命に恋愛小説を読み漁り、自分にも使えそうだと思う台詞をかき集めたが、手紙に起こして見るとそれは別人のようで、とてもじゃないがエトハルトに送る勇気はなかった。


今はもう諦めて、自分の言葉で最低限気持ちを伝えるように心掛けている。




「よし」


セラフィは、書き終えた手紙を二つにおり、真っ白な封筒に入れた。

慣れた動きで宛名を書き終えると、丁寧に封をした。


書いた手紙を出して来てもらおうと、ナラを呼ぶためにベルを持ち上げたが鳴らす直前に彼女が不在であることを思い出した。



「…守衛さんに頼めばいっか。」


セラフィは、クローゼットから厚手のカーディガンを引っ張り出して肩にかけ、手紙を持って正門へと向かった。



正門には、二人の守衛が立っており、セラフィの姿を見つけると制帽を取って笑顔で挨拶をしてくれた。初老の彼らは、孫を見るような温かい目をしている。


普段関わりがなく、お使いを頼むことに少し緊張していたセラフィだったが、温かく迎えてくれたことに安心し、無事に手紙を出すことをお願いすることが出来た。




手紙の依頼を終えたセラフィは、なんとなく裏門の方まで歩くことにした。


今日はよく晴れていて風もなく、気温の割に寒さを感じない。

庭ですら滅多に外に出ないセラフィは、冬とは思えない心地よい陽気に背中を押され、少しだけ外を歩いてみたくなったのだ。


正面玄関を通り過ぎて邸の裏側までゆっくりと歩く。


春のような華やかさは無かったが、新しい庭師のおかげで、クリスマスローズやポインセチアなど冬の花が咲いている。


これまで手入れされなかった裏庭まで整備されていたことに驚き、セラフィは後で庭師にお礼を言いに行こうと決めた。



少しの間裏庭を眺めていたが、いくら天気が良いとはいえ、さすがにずっと屋外にいると身体が冷える。

セラフィはぎゅっとカーディガンを重ね合わせて前を閉じ、中に戻ろうと方向転換をした。




「セラフィっ!」


その時、鬼気迫るような声音で自分の名を呼ぶ声がした。

その相手が誰であるか、セラフィは瞬時に理解した。



なんで今更………


セラフィが後ろを振り返ると、裏門の柵を掴み、その間から必死の形相でこちらを見てくるエリザベスの姿があった。



「セラフィ!貴女に、貴女にこれを………」


柵の間から必死に手を伸ばしてくるエリザベスの手には、可愛らしいリボンのかけられた小さな箱があった。


セラフィに受け取ってもらいたい一心で必死に手を伸ばしてくる。



「お母様…なぜこちらへ…」


セラフィはその場から動けず、問いを返すだけで精一杯だった。

本当は無視して走り去りたいのに、こんなにも必死に名前を呼ばれたことなんてなく、無碍に出来なかった。



「お誕生日、おめでとう。また来るわ。」


エリザベスは、手にしていた箱を柵の隙間から投げ入れると、その場から走り去って行った。



セラフィはしばらくの間、地面に捨て置かれた箱を見ていたが、どうしてもそのままにしておくことは出来ず、ゆっくりと近づいて拾い上げた。


土の汚れを手で払う。



「誕生日おめでとう、か…」


これまで一度だって言ったことないくせに、なんで今更そんなことを…どうせ、父親のことを聞いて我が身可愛さに私に媚を売って来たに決まってる。


なんで今更

なんで今更

なんで今更


もう少し早く私に目を向けてくれたら良かったのに。そしたらこの言葉を信じてあげられたのに。


今は、保身のための言葉としか思えない。


私の誕生日なんて忘れてたくせに…

いいように使ってるだけのくせに…

私のことなんてどうだっていいと思ってるくせに…



そんなこと分かりきってるのに、

なのにどうして…………


どうして、こんなにも嬉しいと思ってしまうんだろう。

心無い言葉なのに、それでもなお私の心は嬉しいと思ってしまってる………




セラフィは拾い上げた箱のリボンをとき、蓋を開けた。


その中には、煌びやかな金色の土台の上に豪奢な宝石がいくつも散りばめられた髪飾りが入っていた。

セラフィの好みとは真逆の、目立ちたがり屋の好みそうな派手な一品だ。




「ほらね、私のことなんて全然分かってない…」


セラフィが箱の蓋を閉めた瞬間、その上に一雫の涙が落ち、シミを作った。





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