好きな色
安易にお金を払うと言うのは良くなかったかも…ナラは気を悪くしてしまったかな…
彼女が望むことで私に出来ることなら何でもしよう。ナラには物凄くお世話になっているし、私には何もないから、自分に出来ることくらい全部応えてたい…
「うん、ナラの望むことで私に出来ることなら何でもいいよ。」
セラフィは少し緊張した表情でナラに向かって微笑んだ。
どんな無理難題を言われるかよりも、彼女の望むことを叶えてやれず失望させてしまわないか不安に思っていたのだ。
「私の願い事はただ一つです。セラフィ様がエトハルト様に言いにくくて困っていることは全てナラにお話ください。一人で抱え込まないと約束して頂きたいのです。」
「え、それって…」
セラフィは、予想だにしてなかったナラの願い事に目を丸くし、言葉が続かない。
願い事とは名ばかりの、自分のことを気遣ってくれるだけの言葉に、セラフィは形容しがたい感情を抱いた。
嬉しいけど少し不安で、このまま寄りかかって後から嫌がられたらどうしよう、いつか彼女がいなくなった時自分は自分自身のことを支えられるのか、そんなどっち付かずの感情が複雑に絡み合う。
「私は、セラフィ様のことを困らせたいわけではないのです。」
「あ、ごめん…私も決して嫌なわけじゃなくて、その嬉しいけど…少し、不安で…でもそれを今から心配しても仕方ないのは分かってて、だから嬉しい気持ちが優っていて…」
セラフィは今感じていることを取り留めなく言葉にした。
普段なら、言葉にしにくい自分の感情は無視して気付かないふりをするのだが、自分でも驚くくらいナラには隠さずに話すことが出来た。
「セラフィ様、以前もお伝えした通り、私はこれからもずっと貴女のお側におります。例え、エトハルト様にお暇を頂こうとも食らいついてみせます。ですので、どうか私のことを信頼なさってください。私がいなくなった時のことなど想像しなくて大丈夫ですよ。」
ナラは一瞬だけ悲しそうな顔を見せた。
彼女の表情から彼女が気にしている真因など容易に想像が付いたのだが、それと同時に、なぜもっと早くこの方のお側にいられなかったのかと悔やむ思いが溢れた。
こんなにも長い間誰にも頼らず一人きりでいたせいで孤独に慣れてしまい、人の手を取ることを恐れている。
もしその時が訪れたとしても、心が壊れてしまわないよう、見えない予防線を無意識に張ろうとしているセラフィ。
ナラには、まだ傷の癒えていない姿で必死に振る舞う様が傷ましくて仕方がなった。
もっともっとセラフィ様から信頼され人間にならねば…
「ありがとう、ナラ。本当に、貴女もエティも私の一番欲しい言葉をくれる。私ももっと強くならないと。勝手に想像して勝手に不安がっていちゃダメだよね。もっとナラのことを頼れるように頑張る。」
「セラフィ様…貴女様はきっと、強くあろうとし過ぎなのです。子どもは子どもらしく、欲しいものは欲しいと泣いて、嫌なことは手足を振り回して怒り、幸せな時は心の底から笑って、心のままに過ごしたら良いのですよ。誰にもそれを止める権利は無いのですから。」
「えっと…それはさすがに17歳でやるのは駄目じゃない??」
「駄目じゃないです。少なくとも、このナラの前だけはそうあって頂きたいです。もう何も押さえ込まなくて良いのです。しがらみは消え去りましたから。」
セラフィはにっこりと微笑むナラを見て、父親に殴られそうになったあの日のことを思い出していた。
目を瞑って顔を晒して耐えるしか選択肢がなかったあの時、駆けつけて救ってくれたナラのことを。
ああそっか………自分でなんとかしなきゃいけないって決めつけていたのは私自身だったんだ…
声を上げずとも助けてくれる人がいる。
そんな相手が私の話を聞かずに黙っていなくなるわけがない。周りのことを信頼せずに黙って自分だけで何とかしようとすることの方が子どもだったんだな…
「うん。何かあったらちゃんとナラに相談する。何もせず助けを待つ方が子どもだもんね…その…迷惑だったら迷惑って言ってね?人に頼るとかそういうのしたことなくて…加減が分からないから…」
「ありがとうございます、セラフィ様。しかし、貴女様からのご相談など役得以外の何者でもありませんよ。いかなる時でも喜んでお受けします。」
「もう、ナラったら!」
真面目な顔で堂々と言い切るナラに、セラフィは照れたことを隠すようにワザと大袈裟に呆れたふたりをして笑った。
そんな彼女を見たナラは、ほんの少しだけ距離が縮まったことに心の底から安堵していた。
その翌日、ナラはエトハルトからの呼び出しを受け、珍しくサンクタント家の邸を訪れていた。
呼び出した本人の自室へと真っ直ぐに向かい、部屋の主の許可を得て入室する。
「お呼びでしょうか、エトハルト様。」
ドアを閉めるとその場で床に片膝をつき、首を垂れるナラ。
今でこそ、セラフィに対するエトハルトの暴走を止めるため強気な態度を見せるナラだが、本来の彼女は忠誠心が強く、主に対していかなる時も敬意を持って接する。
エトハルトは、机に向かっていた椅子を回転させ
、ゆっくりとナラの方を見た。
顔を上げずとも、この部屋に溜まるピリピリとした威圧を含んだ空気で彼が激怒していることが分かる。
「お前、よくも勝手な真似をしてくれたな。」
セラフィには見せたことのない、低く冷徹な声音で吐き捨てた。
常人なら顔を上げられず汗が止まらないこの状況だが、残念ながらナラは常人では無かった。
「ああ、セラフィ様の仕立ての件でしょうか?」
エトハルトの要件を理解したナラは、ふっと息を吐くと、顔を上げて立ち上がった。
そして、彼女は残念なものを見る目でエトハルトのことを見た。
「僕のセラフィに勝手に服を仕立てるなど…婚約者である僕のことを侮辱しているとしか思えない。これは宣戦布告のつもりか?お前はサンクタント家を敵に回すと言うのか?そっちがその気にならこちらにだって…」
「セラフィ様、凄く喜ばれていましたよ。」
「はぁ?」
「銀色に囚われず好きなものを選ぶお姿はキラキラと輝いていてとても楽しそうでした。エトハルト様は、セラフィ様のお好きな色をご存知ですか?」
「…………シルバー」
「願望を話すのはおやめ下さいませ。」
ナラはピシャリと言い放った。
彼女の声と共に、この部屋に充満していたエトハルトの怒気は一瞬にして霧散した。
「いいですか。好きなものを与えるのは押し付けであり、相手が望むものを与えるのが愛です。その違いをお忘れなきようお願い致します。」
「…分かった。もう戻っていい。」
「いいえ、まだ分かっていらっしゃいません。そもそも、セラフィ様があのようなシルバーのドレスしかないことに困っていらして…」
お灸を据えるためにナラのことを呼び出したというのに、逆に据えられることになったエトハルト。
ナラの説教はこの後もしばらく続き、彼女が爽やかな笑顔で退出する頃には彼の瞳は死んだ魚のような目になっていたのだった。