相変わらずの悩ましい問題
冬季休暇に入り、セラフィは相変わらず邸に籠る日々を過ごしている。
エトハルトは家業で忙しくしており、セラフィとは毎日手紙のやり取りをしているものの、顔を合わせる機会はそう多くはなかった。
…と思っていたのはセラフィだけで、実際エトハルトはしょっちゅう夜中に忍び込み、セラフィの部屋を覗き込んではナラに追い払われていた。
そんな冬のある日、セラフィは衣装部屋で探し物をしていた。
お目当てのものを見つけては紙袋にしまい、その数を増やしていく。
だがその収集率は想定よりもかなり低く、中々遠い道のりだなとセラフィはため息を吐いた。
「何かお探しですか?」
セラフィのことを探しにやって来たナラが不思議そうな顔で尋ねてきた。
彼女の視線の先には、セラフィが手にしている布切れが入った紙袋がある。
「えっと…その……」
セラフィは気まずそうに目を逸らした。
誰にも気付かれたくなくて、いつも部屋で読書をしている時間にこの部屋までやって来ていたのだ。
それがあっけなくナラに居場所がバレてしまい、上手い言い訳を言えずにいた。
「お裁縫でもされるのでしょうか?」
「あ、うん!そんなとこ。せっかく家にいるから何か出来ないかなと思って。」
「何を作るおつもりですか?」
「………わ、ワンピースとか?」
目を泳がせながら、貴族令嬢が作るわけのない大物を言ってきたセラフィ。
衣服を作るなど、使用人か衣装屋に頼むべきものであり、こんな布切れを集めて素人が作れるわけがない。
それに加えて、隠すように準備していることと動揺している彼女の姿を見たナラは、全てを悟った。
「それは素敵ですね。たしか、侯爵家で処分に困っていた布切れが沢山ございまして、今度そちらをお持ち致しましょうか?」
「え……いいの……??」
セラフィが気を遣わないように、敢えて『処分』という言葉を出したのだが、それでもセラフィは驚いたような顔をした。
「もちろんでございます。使えるものもありますから。是非、有効活用なさってください。」
「ナラ、本当にありがとう。」
セラフィは、心底嬉しそうな顔で微笑んだ。
一方、布切れごときで喜んでくれるセラフィを目の当たりにしたナラは、胸が締め付けられる思いがした。
こうなったら、最高の布切れを用意してやろう、そう心に誓っていた。
ナラのおかげで布切れ探しが不要となったセラフィは、衣装部屋から自室に戻っていた。
自分の部屋のクローゼットの中を開け、その前に仁王立ちをしている。
中に吊られているドレスを見ているその顔は険しかった。
「旅行って、どのくらい服がいるのかな…」
相変わらずお金のないセラフィは、旅行という響きに喜んで飛び付いてしまったが、お金のことをすっかり失念していた。
あの後、エトハルトがすかさず旅費はこちらで全て持つから何も気にしないでと言われていたセラフィ。
そんな彼に、実は来ていく服すらなくて…などとは口が裂けても言えなかった。
厳密に言えば、以前エトハルトから大量に贈られた服はあるにはあるのだが、些か豪華すぎるのとシルバーが強すぎて、普段使いすることは難しいものばかりであった。
そのためセラフィは、無いなら作れば良いという倹約精神で、そのための材料を衣装部屋で探し回っていたのだ。
正直、自分に服なんて作れるか未知であったが、他に解決策もないため、取り敢えず部屋にあった裁縫の教本を読み込むことにした。
夕飯の時間になるまでセラフィはずっと本と睨めっこしていた。
「セラフィ様、侯爵家から布切れを持ってきたのですが、少し困ったことがありまして…」
翌日の午前中、珍しく困った顔をしたナラがセラフィの部屋を訪れていた。
頬に手を当てて首を傾け、わざとらしいほどに困ったアピールをしている。
そんな彼女の狙いなどつゆ知らず、セラフィは心配そうに眉を下げる。
「どうしたの?やっぱり無理を言っちゃったかな…」
セラフィは目線を落とした。
今から着手しないと春休みには間に合わないけど、でもナラはそもそも親切で言ってくれただけだし…うん、やっぱり自分の力でなんとかしないと…
「その、布切れが大小様々ありまして、セラフィ様のサイズに合うものをご用意したいのですが…少しだけサイズを見させて頂いても宜しいでしょうか。」
「え…?あ、うん。」
布切れなのに、サイズが分からないと困るというナラ。
彼女が何を言っているのかさっぱり分からなかったが、必要ならいくらでも協力しようと思ったセラフィは、とりあえず言われるがまま頷いた。
「ありがとうございます。では皆さん、よろしくお願いしますね。」
「「「畏まりましたっ!!」」」
「は…………………」
ナラの声掛けで部屋に現れた3人の女性は、皆採寸道具やマチを手にしている。
皆嬉々とした表情で、セラフィの全身を手際良く計測していった。
採寸が終わると、今度はセラフィをソファーに座らせて、テーブルの上に上質な一枚布をいくつも並べ始めた。
「どちらの布切れがお好みですか?」
「えっと…」
「こちらは、肌の合うお色味ですわ。」
「はぁ…」
「こちらも髪の色によく映えて、美しい仕上がりになりそうね。」
「へ…」
そんなやり取りを繰り返し、あっという間に10種類ほどの『布切れ』の選定が完了した。
「ねぇ、ナラ。これって布切れなんかじゃなくて…その、仕立て…」
「セラフィ様、侯爵家ともなれば、こんな布は布切れなのですよ。使い道がないのですから、使って頂けたら布も本望でございますよ。」
ナラは自信満々に言い切り、女性たちもうんうんと胸を張って頷いている。
きっと本職であろう彼女たちもこれで良いのか…とセラフィは思っていたが、口を挟む隙は与えてもらえなかった。
「では、こちらで全てですね。こちらの布切れは少し扱いが難しいですから、こちらで少しお手伝いをした後にまた持って参りますね。」
セラフィと選んだ10種類の布切れを大事そうに抱えると、足早に部屋を去って行った。
「今のは一体…」
採寸と布切れ選びで疲れたセラフィは、ソファーにぐったりと腰掛けたまま呟いた。
「セラフィ様、お茶をお持ちしましたよ。」
ナラはひどく機嫌の良い顔で紅茶を運んできた。
疲れたセラフィを労るように、ティーカップから優しくて甘い木苺の香りが部屋に広がる。
「ありがとう。」
香りと同じく、ほのかに甘さのある紅茶を口に含むと、セラフィは嬉しそうに目を細めた。
自分好みの砂糖の入り具合に、ナラの気遣いが嬉しくて少しくすぐったい気持ちになる。
「ねぇ、ナラ。さっきのって、私の服を仕立ててくれてんだよね?手配してくれてありがとう。代金は、一旦シブースト家に付けといてもらえる?」
「セラフィ様…」
ナラは、下げようとしていたトレーを持ったままセラフィの側に膝をつき、ソファーに座る彼女と視線を合わせる。
「そのようなことはお気になさらなくて良いのです。何も言わず、当たり前の様に享受なさってください。それが私の悦びなのです。」
ナラは真摯な瞳でセラフィのことを見つめた。
セラフィのために無償で何かしてあげたいと思う人がいることを彼女に知って欲しかった。
「そんなこと言われても…貴女のお気遣いはとてもうれしいけど、ナラの負担にはなりたくない…」
きゅっと唇を噛み締めるセラフィ。彼女の表情を見たナラは、はっとした。
そうだ、この方はこういうお方だった…
慎ましやかで他人思いで、だからこそ敬愛に値するお方。
彼女が気を遣わなくていいように、こちらが先回りをしてもっともっと配慮しなければ…
「分かりました。では、私からのお願い事をひとつ聞いてくれませんか?私はお金に困ってませんから、それ以外のものを代価として頂きたいのです。さぁ、どうされますか?」
ナラは、セラフィの不安を煽るように、黒い笑顔でにっこりと微笑み掛けた。