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静かに騒がしい夜


その日の夜、セラフィのベッドサイドに座り、彼女が寝入るまで側に付いていたナラ。


深い眠りに入った彼女の前髪を人撫ですると、安心したように淡く微笑んだ。



日中、実父の心のない言動と相対したセラフィの心的負担は計り知れない。その負担を少しでも軽減させようと、彼女を安心させるために側についていたのだ。


彼女が寝たことを確認すると、ナラは残りの仕事を片付ける為に一度部屋を出るつもりだったのだが、その足を止めた。



……いつもの夜と何か違う



ナラは静かにスカートの中から護身用のナイフを取りだすとそれを背に隠すように低い位置で構えた。気配を殺して足を音を立てずに窓際に移動する。


カーテンに手を掛け、ほんの少しの隙間から外の様子を伺うナラ。




「…………何やってるんですか。」


ナラは心の底から呆れた声を出した。

その視線の先には、木の枝に座り、月光を背にしてこちらの様子を窺っているエトハルトの姿があった。


いくら婚約者だとは言え、夜に未婚の女性の部屋を覗き見するなど変質者と大差ない。


ナラの中に、ふつふつと怒りの感情が沸いてくる。



「部屋のカーテンが有能過ぎて、セラフィの影すら視認できなかったよ。」


眉を下げて残念そうに言うエトハルトに、ナラは見せつけるように大きなため息を吐いた。



「さすがはエトハルト様が手配なさった一級品ですね。きちんと仕事をしており何よりです。」


変質者紛いのことをしてくる主に向かって、ナラは嫌味を返したが、エトハルトはどこ吹く風であった。



「セラフィはよく眠れてるかい?」


「ええ、私のお手製はちみつホットミルクが効いたようです。セラフィ様のお好みに合わせて作りましたから。」


張り合ってくるナラに、エトハルトは相変わらず僕の婚約者は人たらしだなと苦笑を漏らしていた。




「少しお待ちを。」


ナラは、一度姿を消すと、数分もしない内にまた窓側に現れた。



「こちら召し上がったらお帰りください。お風邪を召されたらセラフィ様が悲しみますので。」


ナラは片手にマグカップを持ったまま器用に窓枠を乗り越えると、手を伸ばしてすぐ隣の木に座るエトハルトに差し出した。


受けると、彼は両手で包み込むようにマグカップを持ち、暖を取りながら少しずつ口にしていった。


全て飲み終えると、マグカップを片手で投げてナラに返した。

月明かりしかない暗闇だというのに、投げる方も受け取る方も全て見えているかのような安定感のある動きであった。



「今夜はなるべく彼女の側に付いていてくれ。邸の警戒も怠らないように。アイツに協力者がいる可能性もゼロではない。」


「御意に。まずはこの鬱陶しい木の伐採からですね。」


ナラは、マグカップを手にしてない方の手で真っ直ぐにエトハルトのいる木を指し示した。



「……………これはまだいい、かな。」


ナラにキツく睨まれたエトハルトは、身軽な身のこなしで木から降り、裏門の方へと走り去って行った。


一目散に走りながらも、石や枯葉を視認して避けて足の運ぶ先を選んでいる為、静かな夜に足音が響くことは無かった。



「まずは裏門の完全閉鎖と木の伐採…」


ナラは、主人の気配がする方向に視線を向けながら呟いた。




***




発表会の翌日、冬季休暇前最後の登校日となった今日は午前中で授業が終わりだったため、昨年と同様クラスの皆で打ち上げを行っていた。


一年生のクラスが食堂を使うだろうと思った為、今日は王都にあるカフェを貸し切りで使っている。



テーブルの上に所狭しとスイーツがメインで並び、その間にサンドイッチが添えられている。


男子用に店主が気を遣ってくれた、スライスした肉が数枚とチーズがたっぷり挟んであるボリュームたっぷりのサンドイッチだ。

手で持ってかぶり付かないと食べられないそれは、狙い通り男子に大人気であった。



美味しそうなサンドイッチをアザリアが見逃すわけがなく、手を伸ばそうとしたが、マシューに取り上げられてしまった。


彼は、どこからか調理用とは思えないナイフを取り出すとサンドイッチと四つに切り分け、皿に並べてからアザリアの前にすっと差し出した。



「かぶりついて食べたかったのに…」


ぷいっと膨れっ面をするアザリア。


そんな彼女に、仕方ないなぁマシューはと猫撫で声を出すと皿にある一口サイズのサンドイッチを手に取った。


嫌な予感しかしないアザリアは敵前逃亡しようとしたが、予想していたマシューにしっかりと手首を掴まれてしまった。




「はい、どうぞ。」


手を掴んだまま、笑顔のマシューはアザリアの口元にサンドイッチを近づけてくる。



「そういうことじゃないわよっ!!」


アザリアは赤くなった頬を両手で隠した。

こんなクラスメイトの前で手ずから食べさせてもらうなど、公開処刑そのものだ。



「あっちでは、そういうことらしいけど?」


マシューが顎で示した先には、エトハルトに食べさせてもらっているセラフィの姿があった。


なぜか彼女は両手にグラスを持ち、エトハルトにチョコレートを食べさせてもらっている。



この状況を見たマシューは、アレわざと自分のグラスを持たせて両手を塞がせた後に敢えてチョコレートを食べてと勧めたんだろうな…と、遠い目をした。


エトハルトは、指に付いたチョコレートを幸せそうな顔で舐めとっていた。




「………あれは別次元よ。」


アザリアはうんざりした顔でぼやいた。





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