来訪者
無事に最後まで舞台をやり切ったセラフィ達は、参加者全員で再度舞台に上がり、カーテンコールに応えていた。
学園最後の発表会、約三ヶ月の準備期間を経て迎える本番の大舞台、全員で手を繋ぎ泣き笑いの表情で一斉に頭を下げる、皆そんなイメージを浮かべながら迎えたこの時だったが、実際のそれとは大きく乖離していた。
エトハルトを除く全員がひどく疲れた顔をしており、達成感に溢れたキラキラ顔の者は誰一人として居なかった。
「お前は、あんなところでぶっ込んで来るなよ!場が台無しになっただろうっ」
「ん?何のことだろうか?」
「お前な…最後のイベントだってのに、その大切な場面で自分勝手に振る舞いやがって…」
「あまり怖い顔をしていると、アザリア嬢に怖がられて…………は無さそうだね。」
舞台から掃けてすぐ、マシューはエトハルトに雷を落とした。
彼の隣では、アザリアも睨んでいる。彼女の場合は、勝手に抱きついたこと自体に腹を立てていた。
マシューとエトハルトのいつものやり取りを見ていたクラスメイト達の中には怒っている者などいなかった。
顔は疲れているものの、これでこそ俺らのクラスだよなと言って、楽しげに笑い合っていた。
順番に着替えに向かう中、クルエラは模擬剣を倉庫にしまうため、先にホールから出ることにした。
自分たちでクラス部門は全て終了となって今は昼休憩であるため、ホールの入り口付近はかなり混雑している。間を通り抜けようとするが、抱えている模擬剣のせいで中々前に進むことが出来ない。
邪魔だから早く置きに行きたかったのだが、他の人にぶつかるのも危ないなと思ったクルエラは、混雑が収まるまで一度ホールの中に戻ることにした。
くるりと方向転換した瞬間、なぜか急に手元が軽くなった。
「へ?」
驚いて視線を上げると、そこには自分の模擬剣を手にしているランティスの姿があった。
「危ないからこれは私が戻しておく。」
「あ、ありがとう…」
ランティスがただ優しいだけと知りつつも、こんな風にか弱い女性のように扱われると、嫌でも胸が高鳴ってしまう。
クルエラは、動揺を悟られないように小さく深呼吸を繰り返した。
「着替えに行くのか?」
「あ、うん。」
何かを躊躇しているような、言葉を選んでいるような、不自然な間が一瞬だけ空くと、ランティスは腰を屈めてクルエラと目線を合わせた。
「…送っていくか?」
「え…」
自分の鼓動がやけに大きく聞こえた。
これは彼が優しいだけで、紳士としてマナーを示しただけで、目線を合わせてくれたことも深い意味はなくて…だからきっと、これは気にしちゃいけない。
「ううん、大丈夫。ランティス君も着替えるでしょう?また後でね。」
クルエラは意識していつもより元気のある声で言うと、足早に人混みの中に消えていった。
「疑問形にしなければ良かった…」
模擬剣を携えた金髪碧眼の彼は、壁に手をつき項垂れていた。
***
「セラフィ、僕たちもそろそろ着替えに…」
「お前はこっちだ、馬鹿。」
遂に遠慮のなくなったマシューは、将来の主に向かって暴言を吐くと、またもや首根っこを掴んで連行して行った。
いくらセラフィにしか興味のないエトハルトとは言え、女子更衣室に近づけさせるわけにはいかなかった。
「静かになったことだし、私たちもそろそろ戻りましょうか。」
エトハルトがいなくなったことで清々したアザリアは、晴れやかな笑顔だった。
残りの女子生徒達数名で着替えに向かう。
「あ…」
「セラフィ、どうかした?」
「私、着替えを教室に置いたままだった。ごめん、皆先に行ってて。」
セラフィは、朝更衣室で着替えたにも関わらず、ついいつもの癖でカバンを教室に持ち帰ってしまったのだ。
そのことを思い出し、慌ててひとり教室へと向かった。
教室は更衣室とは反対側に位置するが、ホールからそう遠くはない。
すぐに追いつけるだろうと思いながらも、セラフィは駆け足で向かった。
入り口の混雑は既に解消されていた。
教室のある建物に入ると、廊下には誰もいなかった。皆、昼食を取っているようだ。
自分も早く着替えて皆と一緒に食堂に行こうと、セラフィが教室のドアに手を掛けた時、後ろから声を掛けられた。
「久しぶりだな、セラフィ。」
聞き覚えのある嫌な声に、全身に鳥肌が立った。
凍りついて動けない足の代わりに、セラフィは首だけで後ろを振り返る。
そこには、春以来会っていないセラフィの父親が立っていた。