顔合わせ
ただでさえ、破壊されたドアのせいで目立つというのに、それに加えてアザリアの大声。この場に人だかりができないわけがなかった。
特別教室の中を覗くように、と言ってもドアがないためその気がなくとも丸見えなのだが、付近に多くの生徒が集まり出した。
だが、アザリアにとってそんな周囲のことなど気にしている場合ではなかった。
エトハルトのことを指差して、セラフィの顔を見た。
「なっ………婚約者がいたなんて聞いてないけど!どこで知り合っていつから…って、今サンクタントって名乗った…?あのサンクタント?侯爵家の…?どうしてそんな身分の人と…え、もしかして…」
勝手に良からぬ想像をしたアザリアは、両手で口元を押さえ、信じられないといった表情を浮かべて青い顔をしている。
そんな彼女に、とりあえず否定しておこうと思ったセラフィだったが、また一人現れた。
「あれ?なんか人が集まってると思ったら、その中心になんでお前がいるんだよ。…うわっ!これお前が破壊したのか…?相変わらず馬鹿力だな…って、その隣にいる子ってもしや噂の…」
次に現れたのはマシューだった。
彼は、エトハルトと手を繋いでいる先のセラフィを交互に見て口を開けっぱなしにしている。この状況が飲み込めないようだ。
集まった観衆、驚き固まっている互いの友人、そして壊れたドア。
中々に混沌とした状況であった。
何も悪いこと(ドアの破壊以外)はしていないはずなのに、これほどまでに人を集めてしまっては、騒ぎにしたことを叱られてしまう。
そう思ったセラフィは、この状況をどうしようかと焦る気持ちでエトハルトのことを見た。
だが、相変わらず彼は穏やかな顔をしている。何一つ焦ってなどいないようだ。
「お腹空いたね。」
「「「はっ???」」」
エトハルトの言葉に、同時に聞き返した。三人揃ってポカンとした顔をしている。
「少し早いけど、お昼にしよっか。皆も早く教室に戻らないと騒ぎになってしまうよ。」
騒ぎを起こした張本人は、素知らぬ顔で周囲に向けて退散を促した。
「じゃあ僕たちも行こっか。」
エトハルトの提案に、セラフィ達3人も乗ることにした。
好奇の視線に晒されたまま、4人はぞろぞろと食堂へと向かって行った。移動する間も、セラフィとエトハルトの手は繋がれたままであった。
本来の昼休みまでまだ30分以上も時間があるため、食堂に生徒の姿はなかった。
広々とした空間に、テーブル席とソファー席が均等に配置されている。
壁際のカウンターで食事を注文し、自分で受け取って返却するシステムだ。
エトハルトは景色の良い窓際のソファー席を選ぶと、奥の席にセラフィを座らせた。その隣にアザリアが座り、向かいにエトハルトとマシューが座る。
「僕は日替わりにしようかな。セラフィは?」
「私も同じのにしようかな。」
「分かった。ちょっと待ってて。」
「え?」
エトハルトはセラフィに微笑みかけると、席を立ち、注文カウンターへと向かっていった。
「は、何あれ…」
颯爽と行ってしまったエトハルトの背中に向かってマシューが驚愕の声を上げた。
元々優しくて気を遣えるエトハルトだったが、今のように女性に対してあからさまな気遣いを見せることはない。
そんな彼が、セラフィのこと大切に扱っている事実に、信じられない気持ちでいっぱいになった。同時に、あれを無自覚でやっているのかと思うと、頭が痛くなった。
「私も取ってくるね。」
「あ、うん。」
固まっているマシューのことなど無視して、アザリアも自分の分を注文しに行ってしまった。
マシューも注文しに行きたかったが、なんとなく、ここでセラフィのことを一人にしておくのは気が引けたため、どちらかが戻ってくるまで待つことにして、とりあえず自己紹介をすることにした。
「俺は、マシュー・トートル。エトハルトの幼馴染。よろしく。」
「私は、セラフィ・シブースト。よろしくね。」
マシューは、名乗り終えるとテーブル越しに手を伸ばして来た。セラフィも握手を交わそうと手を伸ばしたが、その手はなぜか正面ではなく横から握られた。
「えっ?」
手を握られた先を見ると、にっこりと微笑んだエトハルトがいた。
「お前な…今俺がセラフィ嬢と握手を交わそうとしていたのに…どうして横取りすんだよ。」
「なんか嫌だなって思っちゃった。それに、握手なんてせずとも、挨拶は出来るだろう?」
「それはそうだけど…お前は、思った以上に重症だな…いいよ、俺も食事を取ってくる。」
よく分からない話をした後すぐ行ってしまったマシューに、自分が何か悪いことをしたのかと考え込むセラフィ。
不安そうな目でマシューの背中を追う。
エティと二人でランチしたかったのかな…
アザリアと別の席に移動しようかな。
戻って来たらそれとなく彼女に言おう。
「セラフィ、今何考えてたの?」
「え、いや、その……」
セラフィは、目を逸らした。
あのシルバーの瞳に見つめられたら心の内を見透かされてしまいそうだと思ったからだ。
「マシューのことなら気にしなくていいよ。すぐに戻ってくるから。皆が戻ったら互いに紹介しよう。だから、勝手にどこかへ行ってはダメだからね。」
「あ……うん、そうだね。そんな、皆いるのに、勝手なんてしないよ。」
なぜ彼には伝わってしまったんだろう…
「はい、こっちはセラフィの分だよ。」
「ありがとう、エティ。」
エトハルトは、セラフィの動揺に気付かないふりをして、ランチプレートの乗ったトレーを差し出した。