第7話 ラッシュアワー
「もう最終下校だぞ〜早く帰れよ〜。」
用務員のおじさんが懐中電灯を持って見回りに来ていた。
「あ、すいません。すぐ出ます。」
「部活お疲れ様。すぐ帰れよ。」
用務員はそう言って別の場所に行ってしまった。
「行こか。」
制服に着替え、荷物を持って俺たちは校門へ駆け出した。
「にしても、菊名の奴は傑作やったなぁ。」
小杉が伸びをしながら俺に笑いかける。
「小杉のトドメがやばかった。わざわざ目を見て言うなよあんな事。」
俺はついさっき買ったコーラを開けた。走って来たので溢れてしまうかとも思ったが、溢れる前に喉を鳴らして飲む。一気に半分ほど飲み干して、二口目に行こうかと思ったが、ちょっと飽きてしまった。
「まぁ協力してくれたお礼。半分くれてやる。」
「俺、炭酸無理やねん。」
「嘘、イメージと違ったわ。」
「まぁ今度カルピスでも奢ってや。」
「…考えとく。」
かくして半分残ってしまったコーラをまた一気に飲み干し、自販機の脇に備え付けてあるゴミ箱に缶を放って捨てた。
赤信号に差し掛かったその時、脇道から姿を現したのは谷保さんと溝口だった。
「お、谷保さんや。」
「ごめんな巻き込んで…もしかして迷惑やったか?」
俺が声を掛ける前に、小杉がフランクに聞いてくれた。こういうのは俺よりも小杉の方が向いてるだろうから別にいいけど。
「いや、全然!私もスッキリしたよ!」
谷保さんは素敵な笑顔をこちらに向けてくれた。
「ほんまか?なら良かったわ!」
小杉も白い歯を見せて二ッと笑って見せた。
「新庄くんも、ありがとう。本当に助かったよ!」
「あー、うん。なんかお疲れ。」
自分にもお礼が来るとは思わなくて、歯切れの悪い返事しか出来なかった。
青信号が灯り、俺たちは駅に向かって歩きだす。
「バスケ部辞めるつってたけどさ、この先どうすんの?」
俺は気になっていた事を聞いた。
「バスケに興味があった訳じゃないからさ、まぁ溝口居るし漫研かなぁ?」
谷保さんは答える。つーか溝口って漫研だったんだ。
「月一も行ってないけどね。すずめは部活好きなんだから漫研はやめときな。」
「じゃあ何部にしようか…思い切って帰宅部?」
「野球部のマネージャーは?」
「俺も同じこと考えとったわ。やらへん?」
俺と小杉は提案する。あんなに仕事が出来るマネージャーが居たらどれだけ楽か…
「…そうする!明日顧問に辞めるって言って、その足で野球部の顧問の所行く!」
「そんな急がなくても…まぁ、考えといてよ。」
谷保さん、フットワーク軽いなぁ。
でも、こんな風に笑える子だったんだ。なんというか、救えて良かったなと思えた。有能マネージャーも手に入ったしね。
俺たちは駅の改札を抜け、列車を待つ。程なくして列車がホームに滑り込んできた。帰宅ラッシュの列車だったが、座れこそしないが思いのほか空いていて助かった。
会話の話題が尽きないか不安だったが、どうやら杞憂だったようだ。
「明日、英単語テストあったよね。」
「マジ?俺なんも対策してへんて!」
「教えようか?」
「英単語に教えるもへったくれもないでしょ。」
…そんな他愛もない雑談を楽しんでいるうちに、俺の最寄り駅への到着を知らせる放送が聞こえた。
「あ、俺ここだから。また明日。」
「私も茜もここだよ〜。」
谷保さんも最寄りが同じだったとは。溝口と同中らしいし、そりゃそーか。
「ほんなら俺一人やんけ。寂しいわぁ〜」
「お疲れ、また明日。」
おどけてみせる小杉と列車の窓ガラス越しに手を振り、俺たちは改札口へ向かった。
階段を下る道すがら、さっき言っていたことが気になっていた俺はもう一度聞いてみる。
「谷保さん、マジでマネージャーやってくれんの?」
「助けて貰ったし、お礼も兼ねてね。もしかして嫌だった?」
「いや全然。谷保さんみたいな仕事出来る奴は大歓迎よ。」
そう言うと谷保さんは少し喜ぶような仕草を見せた。
俺は谷保さんと溝口とは出口が違うので、ここでお別れだ。
「じゃあ、今日はお疲れ。また明日な。」
「また明日。」
俺は東口を出て、家の方角へ歩き出した。
「新庄、ちょっと良い?」
何故か溝口に引き留められた。
「何?なんか忘れ物?」
「手伝ってくれたお礼する…少し時間ある?」
「…え?」