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第6話 痛快


 放課を知らせるチャイムが鳴り、生徒が一斉に教室から解き放たれる。俺は溝口に目配せをして、小杉と部活動に向かった。


 今日は暑い。6月下旬、梅雨時の晴れた日というのは、なんというか不快指数が高い。


 俺は部室棟の奥まった所にある野球部の着替え場所に向かう。3年生は部室が使えるが、1、2年生が使えるのはロッカーだけだ。


 こういう年功序列マシマシの仕組みもそろそろ止めにしたいものだ。


 「俺とか小杉とか、3年を押しのけてスタメン入りしてる訳だしさ」


 「部室使ってもええよなぁ。訳分からんわぁ」


 「もう時代じゃないよな。ウチ強豪でもないのにさ。」


 そんな愚痴を言いながら手早く練習着に着替え、グラウンドに向かった。




 その日の練習は比較的早く(…普段の最終下校ギリギリと比較して)練習が終わった。今日はゆっくりと着替えることが出来そうだ。


 「新庄、飲み物買い行こーぜ。」


 小杉に誘われ、俺たちはユニフォーム姿のまま自動販売機へ向かった。


 自販機に小銭を数枚入れて、缶入りのコーラを購入。ボタンに手を伸ばした時に自分の腕がグラウンドの土で真っ黒な事に気がついた。


 「腕が汚ぇ。帰り水道寄ってこ。」


 「あ、ホンマや俺もやな。そーしよか。」


 そうやって体育館裏の水道に向かって歩いていたその時、水道の方から何やら争う声が聞こえた。


 「えーと…菊名さんの件の現場ってそこの水道やったっけ?」


 小杉は立ち止まり、俺の目を覗き込む。


 「そう。多分今現行犯。」


 「行こか。説教したろ。」


 俺たちは現場へ駆け出した。


 俺たちが死角から現れたのは、女が振り回したボトルから水が弾け飛び、座り込む女の顔面に勢いよく掛かったその瞬間だった。


 「谷保さん!」


 俺たちは濡れてなお座り込む谷保さんの元に駆け寄った。

 

 「テメェ菊名!何してんねん!」


 小杉が語気を荒らげ、ボトルを持って立つ女を睨みつける。目付きが悪いから睨まれると特に恐ろしい。


 「ゴメン谷保ちゃん!うっかりしちゃって!」

 「違うんだよふたりとも!ウチ、手が滑って…」


 何故かうるうるとしている目をこちらへ向けて、最大限の言い訳をする溝口。


 俺もなんだか腹が立ってきて、ズカズカと溝口に近寄ってしまった。ギリギリで理性が仕事をする。


 「大丈夫?ちょっとこっち来てや。」


 そう言って小杉は谷保さんのもとにしゃがみこんで言葉を掛ける。


 落ち着いたところで谷保さんの腕を掴んで立ち上がらせて、背中に支えるように手を添えて2人で何処かへ。


 谷保さんのケアは小杉がしてくれているだろうから、俺は菊名の対処に専念することにした。


 自分が投げるか蹴るかしたであろうボトルを拾い集めている菊名を見て、怒りと共になんだか呆れた様な、憐れむような気持ちが湧いてきて、複雑な感情になってしまった。


 「もうさ、やめようよ。こんなこと。」

 「ずっと見てたよ。」

 

 ようやく自分の置かれた状況が理解出来たようで、菊名は猫かぶりを解除してこちらを睨む。


 「なんの事?」


 あくまでとぼける菊名。こいつと会話するのはストレスフルでしんどいなぁとつくづく思ってしまう。


 「谷保さんのこと、しょうもない理由で虐めてる事。作業全部やらせて、ボトル投げて、蹴って、殴って…」


 「気持ち悪いんだよマジで。」


 心の底から思っていたことがストレートに出てしまった。


 「新庄!」


 呼ばれて後ろを振り返ると、走って来たようで溝口が肩で息をしている。


 「溝口、悪ぃ。もう我慢できなくて。」


 「いや、大丈夫。証拠はあるよ。」


 そう言って部室棟のベランダから撮られたであろう動画を菊名に突きつける。


 「これまでのも全部撮ってあるから!」


 溝口は高らかに声を上げた。


 数秒間の長い沈黙の後、菊名は座り込み、呻き声なのか叫び声なのか分からないような弱々しい声を上げた。


 気付けば、俺たちを他の部活の奴らが野次馬となって囲っていた。皆、どういう状況なのか分からず困惑しているようだった。


 そこには例の元カレ、長津の姿もあった。


 「たいすけっ!」


 菊名はこちらの目を見る長津を見るなり、再び猫かぶりモードに入り、長津に抱きつく。


 「この人たちがぁ、言いがかりつけてきてぇ…ウチ、怖かったぁ…」


 味方になりそうな奴を見つけたら、コイツはなりふり構わず擦り寄って猫かぶるんだなぁ。そう思うとますます腹が立ってきた。


 でも、これで菊名は詰みだ。


 「離れろよクソビッチ、俺も知ってるよ。お前が虐めやってたのは。しかも俺の事好きでも無かったのに付き合ってくれてたらしいじゃん。」


 「それで振ってさ、自分が危なくなったらまた俺にカワイコぶって。」


 「まじで狂ってるよ。お前。」


 怒り心頭の長津に突き放されて、また座り込む菊名。


 「菊名っていじめやってたんだ…」

 「俺は性格悪いと思ってたんだよね…」

 「虐めてたの、同じ部活のマネージャーらしいよ…」


 野次馬達がざわつき、非難する言葉や視線が菊名へ向かう。


 そこに、小杉に腕を引かれた谷保さんが野次馬を押し退けて来た。


 俺と溝口は野次馬に、一旦離れるようにお願いをした。長津と小杉の協力もあって、野次馬達は自分たちの部活に帰って行った。





 「ごめん…」


 長い沈黙の後、菊名は消え入るような声で谷保さんに声を掛けた。どんな表情をしているのかは、俯いていてよく分からなかった。


 「別にいいよ。」


 谷保さんは菊名に目を向ける。

 菊名も顔を上げ、谷保さんに目を向けた。


 「別にいいよ。私、バスケ部辞めるから。」


 「良かったね。これでキャプテン独り占めできるね。」


 それだけ言って、谷保さんはバスケ部に小走りで戻って行ってしまった。



 「お前、終わったね。」


 「こんな多くの人に虐め知られて。」


 小杉がわざわざしゃがみこんでトドメを刺して、部室棟へ戻っていく。


 「新庄、戻ろうぜ。もう時間ねーよ。」


 「じゃ、俺も戻るわ。お疲れ溝口。」


 俺もさっさと部室棟へ向かう。溝口と長津も同じタイミングで持ち場に戻って行った。


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