第2話 復讐女
溝口茜と俺は、クラスメイト以外の何物でもなかった。
地味な印象の彼女とは、図書委員で同じになったので、週1で一緒に作業をして、既に雑談くらいはする仲になっていた。テストの話とか、部活の話とか、あとは最寄り駅が同じだったから、美味しい店教えあったりとか…
物静かな感じの彼女とも仲良くなれるのは、やはり俺のコミュ力の高さ故なのだろうな。
そんな溝口と、いじめっ子を潰すために協力することになった。
「とは言っても、俺は恋バナには高校で1番詳しい自信あるけど、そんな話は…」
書庫の隅にあったクーラーボックスに腰を掛け、俺は溝口に目を向ける。
「私が新庄くんが1番手伝ってくれそうだと思っただけ。それに、新庄くん友達多いでしょ?」
「まぁ、そうじゃなきゃ恋バナなんて集まんねーしな。」
自覚はあったけど、いざ面と向かって言われると少し照れくさくなって、手元のTwitterに目を下ろす。溝口は続けた。
「とにかく、もっと証拠が欲しい。すずめには申し訳ないけど、もう少し泳がせて決定打を狙うよ。新庄くんは少し菊名さんについて探ってみて。」
目をギラつかせてこちらを見る復讐女。メガネの奥の目に燃えるものがあるのが俺にもはっきりと分かった。
チャイムが昼休みの終わりを告げ、俺らはそそくさと教室に戻った。
5限が終わり、教科書の類をロッカーに戻していると、後ろから不意に声を掛けられた。
5限終わりだと言うのにこの明るい声。この辺りではあまり聞かない関西弁、聞けば両親が関西出身で、幼い頃から聞かされて育って抜けなくなってしまったらしい。
「やったで〜!部活OFFや!」
小杉が満面の笑みで野球部のグループLINEの画面をこちらに向けていた。確かにキャプテンから今日はOFFの知らせが来ている。
「え、ガチで?雨止んだだろ。トレーニングは?」
思わず腑抜けた声を上げてしまった。
「無いらしいわ!今日は休養せぇって!」
「来たなコレ…どうする?」
俺は小杉に不敵な笑みを浮かべてみせた。
小杉も同じ笑みをこぼし、
「ほんならラーメンでも…」
「駄目です。」
遮る声が聞こえ、間にぐいっと割り込んでくる少女が居た。
「部活がないなら、図書委員の居残り手伝って下さい。いつも部活でやってくれないんですから、たまには手伝って下さいよ。いいですね。」
溝口はそう言って、そそくさと図書室に向かってしまった。仕方ない、たまには手伝わないと可哀想だな。
「ラーメンはまたの機会で…」
そう言って、俺は溝口を追った。
書庫に着き、何の仕事が残っているのか聞くと、意外な返事が返ってきた。
「仕事?ないよ?ラーメンは残念だったね。」
「菊名について分かったことはある?」
マジかよこいつ。だが、分かったことならある。
「アイツ、谷保さんがバスケ部のキャプテンと仲良くなったのが気に食わなくてギスギスしてたらしいな。」
俺は友人から聞き込んだ話を伝えた。
「だいたい予想は付いてたけど、そんな事で…」
溝口は呆れたような声を上げ、スマホを差し出した。
「取り敢えずLINE繋ごうよ、いちいち呼び出されるのは嫌でしょ?」
俺は頷き、溝口の画面に表示されているQRコードを読み込んだ。
有名アニメのキャラクターのぬいぐるみのアイコンの溝口を追加して、適当なスタンプを送っておいた。
「じゃあさ、いじめの現場、見に行こうよ。」
そう言って溝口はセリフと似合わない屈託の無い笑顔を浮かべ、俺を書庫から引きずり出した。
「アイツはさ、体育館裏の水道の辺りでいっつもやってんだよねー」
体育館裏は、校内のどこからも見えない薄暗い場所だ。グラウンドからは体育倉庫が壁となり死角となり、他の面にはフェンスと茂み。
体育館部活のマネージャーは、ここで部員たちの飲み水や濡れタオルを準備する。なるほど同じ部活のマネージャーを虐めるにはこれ以上ないロケーションだ。
「誰かが見てるとこではいじめは発生しない。当たり前だね。」
そう言いながら溝口は体育館裏にある体育倉庫に入り、棚をよじ登って小さな天窓を僅かに開いた。
「でも私たちは証拠が欲しい。だから、遠隔で見てやろう、って話」
スマホを置き、水道の辺りが全体的に映るように画角を調整する。
「ビデオ電話、掛けてよ」
俺は理解した。
「やりたい事、分かったわ。」
ビデオ通話を始めると、俺の画面には以前見た映像と同じアングルのリアルタイム映像が映し出された。溝口はスマホをミュートし、棚から降りた。
「じゃあ、書庫に戻ろうか。」
そう言って体育倉庫から出た俺たちは、書庫へ向かって体育館横を抜ける。
その時、前方にボトルのカゴを持って水道に向かう2人組が見えた。谷保と、いじめっ子菊名だ。
すかさず溝口が声を掛ける。
「お、すずめ。部活ガンバ!」
「ありがと…頑張るよ。」
すれ違いざま、溝口は笑いかけた。
しかし。谷保さんは口角こそ上がったように見えたが、目は笑えていなかった。
「どうやら本当みたいだな。谷保さん、辛そうだわ。」
先程まで笑っていた溝口も、哀しげな目をして俯いた。
書庫に戻り、俺たちはスマホの画面に目を向けた。
丁度彼女らが画角に入ったところだった。
『挨拶してた子、友達?』
菊名はどこか高圧的で刺すような声を谷保さんに向けた。勿論仕事は谷保さんに全て押付けて、菊名はコンクリートブロックに腰をかけてスマホに目を向ける。
『うん…中学からの。』
谷保さんはボトルに水を組みながら、俯いて答える。
『アンタにお似合いの、地味な子ね。しかし良かったわ〜。アンタにも友達がいて。私しか友達だと思える人が居ないもんだと思ってたわ。私はアンタのこと友達と思ってないけどね。』
『…』
見ているだけで吐き気を催すような、不快な会話だった。俺は画面録画をオンにする。
そんな中俺が気になったのは、この映像の画角だ。水道の辺り一帯を写しながらも、中心はブレていない。そして小さな声もしっかりと拾える位置に。溝口は手馴れた手つきでこの画角にカメラをセットしていた。
何度何度も試行錯誤して、虐めの証拠を狙い続けたのだろう。
そんな狂気じみた復讐女は、もう見飽きたであろうこの映像を、冷淡な表情で、しかし目を離さずに見ていた。