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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
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第1部・8

「栄恋……」


霧也がそう言うと栄恋はびくりと震え上がり、歌うのをやめた。

歌っているところを見られたせいか、相当驚いた様子で栄恋はこちらを振り向いた。

綺麗な金髪といい、透き通った海のような青い目といい、正真正銘、五月原栄恋だ。

栄恋は霧也の姿を見つけると、驚いた様子で目を見開いて、霧也を指差した。

どうやら霧也が栄恋の幼なじみというのは本当だったようだ。

霧也は栄恋が特に怪我もなく、無事であることを確認すると、表情を緩めて言った。


「久しぶり、栄恋。

 怪我とかはなさそうだね。よかった。」


霧也がそう言うと、栄恋はおもむろにメモ帳を取り出し、こう書いて霧也に見せた。


『キリヤもここに来てたんだ。』


霧也は少しだけ笑って頷いた。だが、なぜか栄恋の表情は堅かった。

栄恋は視線を霧也からずらすと、奈々と鏡の方を向いた。

そしてメモ帳にこう書いた。


『そこの二人は誰?』


「ああ、僕のクラスメート。川崎さんと遠藤鏡。」


「あ、なんで俺だけフルネームで呼び捨てなんだ。」


鏡が少し不満そうに言ったが霧也はそれを見事にスルーした。

けれど、どうやら栄恋が興味を持ったのは口を挟んだ鏡ではなく、奈々の方のようだった。栄恋は「川崎」という名字を聞くと、奈々の顔から目を放さなくなった。

何だか妙な気分だった。奈々を見る栄恋の表情がなぜか険しいのでなおさらだ。

栄恋が突然メモ帳を取り出し、ものすごい勢いで何かを書き始めた時、花畑の向こう側から声が聞こえた。


「おい、栄恋。急におとなしくなったけど何かあったのか…?」


その時歩いてきた男性を見て奈々は驚きのあまり声をあげることができなかった。

その人は明らかに奈々がよく知っている人物だった。

相手も奈々の顔を見ると凍り付いたような表情をして立ち止まった。

この人が誰かわからないはずがない。もし一瞬でもこの人が誰だかわからなかったとしたら、きっと奈々は自分をぶち殺していただろう。

元の世界にいたころ、誰より奈々のことを気遣ってくれていた人だ。

奈々は思った。この人だけはここにいてほしくはなかったのに。


「お兄ちゃん…どうしてここに…?」


霧也と栄恋が目を丸くしてこちらを向くのがすぐにわかった。

けれどこの人は間違いなく行方不明だった奈々の兄、川崎慎だ。

奈々は驚いたが居所がわからなかった慎と会えたことは嬉しかった。

奈々は慎のところへ走り始めた。慎はきっと以前のように、優しく話してくれるだろうと信じて。

けれど、慎は凍り付いたような表情のまま何も言わなかった。

それどころか慎の表情はさらにかたくなっていくようだった。

あれ?と慎の表情に違和感を覚えた瞬間だった。

慎は右手で奈々を思いきり振り払った。

奈々はその勢いで地面に叩きつけられた。

頬と背中にじわじわと痛みが走る。

それを見た瞬間、霧也と鏡が血相を変えて奈々のところまで駆け寄ってきた。

奈々はゆっくりと起き上がり、絶望したような表情で慎を見た。

何が何だかわからない。どうして慎に叩かれてしまったのか、どうして慎がそんなに冷たい表情をしているのか。

昔は、もとの世界にいたころは、この人はこんな人ではなかったのに。

奈々は悲しくて何も言えずに慎を見上げた。

その時、一瞬だけ慎の視線が動いた。そして、奈々にはその時慎の視線の先にあったものがはっきりわかってしまった。

視線の先にあったものは、奈々の右手の甲にある剣の入れ墨だった。

奈々は氷の刃で突き刺されたような悲しみを覚え、とっさに右手を隠した。

まさか、慎はこれを見つけたから奈々を振り払ったというのだろうか。

奈々が「主人公」であり、殺すべき対象であるから奈々を拒絶したのだろうか。

慎は「主人公」である奈々を殺すつもりなのだろうか。

深い悲しみに押しつぶされそうで、奈々は何も言うことができない。


「川崎さん、大丈夫?」


「おいてめえ、自分の妹、何殴ってんだよ!」


鏡は鋭い視線で慎を睨みつけながら怒鳴った。

慎は何も言わなかった。

慎の冷たい視線はまるで奈々たちを拒絶しているようだった。

奈々はさらに悲しくなった。

そして不意に慎は奈々たちに背を向けるとそのまま歩いて去ってしまおうとした。

奈々が待ってと言おうとしたが声が出ない。

すると、突然鏡が舌打ちして慎めがけて殴りかかった。

だが鏡の拳が慎に当たる直前、何かが間に入り、鏡の拳を止めてしまった。

……栄恋だった。栄恋は右腕でしっかりと鏡の拳を止めていた。

アイドルのくせになかなか力が強いようで鏡は力を抜いている様子はないのに拳はびくとも動かない。

鏡は舌打ちして一歩後ろに下がった。

すると突然栄恋はギラリと光る何かを二本取り出した。

それは間違いなくナイフだった。鋭い光が栄恋の両手の先でギラギラ光っている。


「栄恋!何するんだよ!」


これにはさすがに霧也が怒鳴った。

だが、栄恋はその声に耳を貸さず、鏡にナイフを突きつけた。

そして栄恋はナイフを持ったまま鏡に襲いかかった。

それと同時に霧也も二人のところに走り始めた。

カチンという大きくて鋭い音が鳴り響いた。

栄恋の攻撃を防いだのは鏡ではなかった。

霧也が間に入り、銃でナイフを受け止めていた。

両者とも全く譲る様子はなく競り合っていた。


「栄恋、何でこんなことするんだ。」


霧也がそう言うと、栄恋は一歩下がってナイフを引っ込めて、メモ帳にこう書いた。


『シンにとってキリヤたちは「敵」みたいだから。』


「理由になってない。

 川崎さんのお兄さんの敵をどうして栄恋が攻撃する必要があるんだよ。」


霧也は厳しく栄恋にそう言い放った。

すると栄恋はメモ帳にこう書いて霧也に突きつけた。


『シンの敵は私の敵。

 キリヤの後ろにいる子、シンを殴ろうとした。

 その子はシンの敵であって私の敵でもある。

 その子の味方をするなら、キリヤも敵。』


霧也は一瞬言葉に詰まった。

奈々は不思議だった。どうして栄恋はこんなに慎の肩を持つのだろう。

慎と栄恋の間に何があったのだろうか。そして、何が慎と栄恋を変えたのだろう。

奈々は身を乗り出して栄恋に聞いた。


「どうして…お兄ちゃんの味方をするの?」


栄恋はメモ帳にこう書いて奈々に見せた。

ちょっとやそっとのことではこれっぽっちも揺るがなさそうな強い意志をたしかに感じた。


『シンは私の恩人だから。感謝してもしきれないくらいの。』


栄恋は青い目でまっすぐ奈々を見下ろしていた。

奈々は座り込んだまま何も言えなかった。

風が吹き、薄いピンク色の花びらが紅い空に舞い上がる。

辺りは静まり返り、沈黙が流れたがとても落ち着いた雰囲気とは言えなかった。

しばらくして栄恋が再びナイフを取り出し、霧也たちの方を向いた。

すると、栄恋の後ろで立ち止まっていた慎が栄恋に言った。


「そんなに追い回さなくていい。とっとと行くぞ。」


そう言うと慎は栄恋を置いて歩き始めた。

それを見た栄恋はナイフを下ろした。

だが、鏡と霧也はすんなりと栄恋を行かせる気はないようだった。

鏡は竹刀を構えて栄恋を睨みつけた。

霧也も銃をしまう様子はない。

その様子を見た栄恋はため息をついて何かを取り出した。

それは円筒形の物体で小さなピンが刺さっていた。

それを見た霧也は急に真っ青になって銃を引っ込めた。


「まずい。二人共、逃げるよ!」


返事をする前に霧也は鏡と奈々の腕を強引に引っ張り駆け出した。

栄恋は円筒形の物体に刺さっているピンを抜くとそれを霧也たちが駆け出した方向へと投げた。

霧也は奈々たちに返事すらさせない速さで花畑を突っ切っていった。

円筒形の物体は花畑の上空にある程度浮き上がったかと思うと、今度はどんどん下に落ちていく。

すると奈々たちを引っ張りながら走っていた霧也は花畑の片隅に突き出ている岩を見つけた。

霧也はその後ろに滑り込むと同時に二人に叫んだ。


「耳塞げっ!!」


霧也がそう言った瞬間、空さえ裂けそうなくらいの轟音と共に栄恋の投げたスタングレネードが爆発した。

眩しすぎる光と、大きな音が花畑を包んだ。


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