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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
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第1部・6

「それで…これからどうしようか?」


奈々は震える声でそう言った。鏡と霧也は考え込む。

どんなにそうでないことを願っても周りにあるのはさびれた遊園地と赤い空だけだ。

この世界で奈々はこれからどうすればいいのだろう。こんなところで隠れているだけではしょうがない。

そして、鏡と霧也はどうするつもりなのだろう。

鏡の方はケモノ一匹斬れないところを見ると今からいきなり「主人公」を探して殺しに行くということはしなさそうな気がするが、霧也の方は見た目に反して容赦ないところがある。

けれど霧也はさっき、自分が前と変わってしまったのはこの世界に慣れてしまったからかもしれないと言っていた。

なら、鏡もいずれこの世界に慣れて、変わってしまう時が来るのだろうか。

そうなると、奈々とは敵同士になるのだろうか。

そう思うと怖くて顔を上げることができなかった。

そんなことを考えていると、鏡が少し怒ったような口調で言った。


「俺はこんなくだらないゲームに乗るつもりはねえ。

 よって、こんなところにいる必要もねえ。

 だから、俺はこの世界から抜け出す方法がないか探すことにする。」


「あ…じゃあ私も!」


奈々は思わず声をあげた。

奈々だってこんなゲームはしたくない。こんな世界、今すぐ抜け出したい。もちろん、誰も殺さずに。

奈々は鏡がそう言ってくれて少しほっとして肩の力が抜けた。

誰も知らない、恐ろしいこの世界で奈々が名前も顔も、どんな人物かもよくわかっている数少ない人である鏡がそう言ってくれたことは、奈々にとってはとても嬉しいことだった。

一方、霧也の方は複雑そうな表情で下を向いていた。

奈々は少し心配で霧也の顔を覗き込む。

霧也がなぜそんな表情をしているのかはすぐに想像がついた。


「やっぱり…栄恋ちゃんのこと心配なの?」


「…うん、やっぱり放っておけないよ」


霧也はそう言って寂しそうにうつむくばかりだった。

すると、鏡が学生鞄を肩にかけながら立ち上がって言った。


「じゃあ、ここから抜け出す方法を探しながらそのアイドルも探せばいいじゃねえか。

 きっとそんなにすぐには抜け出す方法なんて見つからねえだろうし。」


「うん…そうだね。」


そう言って霧也もようやく顔を上げて立ち上がる。

そして、奈々も広い広い果てしない空を見上げながら立ち上がった。

殺伐とした空気が奈々たちを包み込む。

いつもは楽しいジェットコースターもメリーゴーランドも今は冷たい。

まるで三人をあざ笑うかのように肌寒い風が通り過ぎた。

三人はゆっくりと歩き始めた。

奈々の目の前には竹刀を持つ鏡とベルトに銃をぶら下げている霧也がいる。二人とも、表情は険しかったが強固な意思が感じられる。

奈々は前を歩く二人に静かな声で言った。


「…ねえ、約束して」


「何をだよ。」


鏡が立ち止まって聞き返す。

奈々は下を向きながら、何かに祈るような声で言った。


「必ず三人で、この世界から抜け出すって……」


それを聞いた鏡は振り返って奈々のところまで歩いてきた。

そして少しいたずらっぽい顔をして、笑って言った。


「ぶぁーっか。最初からそのつもりだよ。」


その言葉に奈々も思わず笑顔がこぼれる。

霧也も奈々の方を向いて薄く笑った。

そして、三人は遊園地の終わりを目指して歩き出す。

悲しい世界の中、紅の空の果てを探し始めた。



◇ ◇ ◇



冷たい風が吹く。まるであの人の心を表しているかのように。

真下に広がる遊園地はさびれて、茶色と灰色に染まっている。

この世界に唯一存在する色はこの空の色だ。目眩がするほどの紅がこの世界を包み込んでいる。

洸からしてみれば空の色はこの色が普通なのだが、ここに来る人々に聞くともとの世界はそうではないらしい。

だからといって洸は別にその空を見たいとは思わなかった。

ここは洸の主人…永久様の世界だ。外へ行く力を実際洸は持ってはいるのだが、永久様を捨てて外へ行くことなど洸にはできない。

洸はジェットコースターのレールの上から遊園地の様子を見下ろす。

ジェットコースターの乗り場の裏から遊園地の東側へと速歩きで歩いていく影が三つ見えた。

三人とも高校生くらい。一人は女であとの二人は男。

今回の物語の主人公の川崎奈々と、同じ学校に通っていた遠藤鏡と竹内霧也だ。

三人は周りに警戒しつつ、東へ東へと歩いていった。


「…とりあえず、駒は揃ったようですね。」


洸はぽつりと呟いた。

そして顔を上げるとくるりと向きを変え、来た道を戻り始めようとする。勿論、永久様のもとに戻るため。

永久様の傍にいて、永久様の願いを叶えること。それが洸の信念であるのだから。

だが、一歩踏み出そうとした時、洸の感覚に電撃が走り、洸は素早くその場に伏せた。


パンッ パンパンッ


銃声が紅の空に鳴り響き、何かが洸の頭上の空気を裂いた。

洸は全く動揺せず、何も言わずに冷静に立ち上がり、服についた砂を手で払った。

そしてさっき銃を撃った人物をしっかりと見据える。

目の前に立っているのは、16歳くらいで黒い学ランを着ているの目つきの鋭い少年だった。

目は青と紫のオッドアイ。そして髪の色は白色に青と紫をグラデーションさせたような色。……永久様の髪と全く同じ色だった。


「…お久しぶりですね。」


洸は笑ってそう言ったが少年は洸を睨んだまま銃を下ろさない。

少年は二丁の銃を持っていた。右手には割と新しい型でスコープ付きの明らかに連射型の銃。そして左手に持っているのは逆十字と悪魔の羽をかたどった模様のついたアンティーク銃で、少年はその二丁のうち連射型の銃の方を洸に向けていた。

洸はそれを見て鼻で笑って少年に言った。


「…『ヘンゼル』では私には勝てませんよ、わかっていますよね。

 そちらの『グレーテル』を使ったらどうですか?」


「ヘンゼル」と「グレーテル」とは少年の持っている銃の名前だ。連射型の方が「ヘンゼル」でアンティーク銃の方が「グレーテル」。

「ヘンゼル」はただの銃だが「グレーテル」にはちょっと特殊な力がある。

洸は永久様の力で護られているので普通の武器では傷一つつけることはできない。だから、洸を倒すつもりなのだったら本来なら「グレーテル」を使わなければならないはずなのだ。

だが、少年は嘲笑しながらこう言うだけだった。


「はっ、お前に言われる筋合いはねえな。

 用件はわかっているだろ。とっととあいつの居場所を吐きな。

 言わなきゃ…今度は『グレーテル』も使うぞ。」


そう言って少年は二丁の銃を構えて洸を睨んだ。

前方には銃を構えた少年。後方には急すぎるジェットコースターの坂。普通に考えれば逃げ場はない。

洸は急に少年から目をそらし、下の方を歩いている「主人公」たち三人組に視線を下ろして言った。


「まあ、そんな怖い顔しないでください。

 そんなに焦らないで楽しいお話でも見ていればいいじゃないですか。」


「お前阿呆か?ここの世界で楽しいお話なんて一度たりとも見たことねえぜ?」


少年は鋭い目で洸を睨みつけながらそう言う。

紅の空、冷たい風、さびれた遊園地、練り歩くケモノたち。

悲しみの苦しみがはびこり、果てしない絶望に浸っているこの世界に「楽しい物語」などあるはずがない。

洸はふと笑いながらつぶやいた。


「なら、貴方が『楽しい物語』を作ったらどうですか?」


そう言うと同時に、洸はジェットコースターのレールから飛び降りた。

洸は広い遊園地のど真ん中へ落ちていく。

すかさず少年は銃の照準を洸に合わせて「ヘンゼル」を2発撃った。

だが、その弾が洸に当たることはなかった。

その弾は洸に向かってぐんぐん突き進んでいったかと思うと、不思議なことに突然盾に弾かれたかのようにポロリと下に落ちていってしまった。

まるで、不思議な力が洸を守っているかのようだった。

そして洸は普通の人では到底降りられない高さから固い地面に無事に着地してみせた。

足への衝撃も痛みもたいして感じない。もともと「普通の人」ではない洸にとって少年から逃れることは難しくもなんともなかったのだ。

少年は悔しそうに洸を睨んだ。洸は笑いながら少年に言った。


「今回の鬼ごっこも私の勝ちのようですね。

 それではまた今度。永久様が待っていらっしゃるので。」


洸はそう言って赤い世界の彼方へ走って消えていってしまった。

少年は悔しそうに舌打ちして走っていく洸を目で追ったがすぐに見失ってしまった。

少年が来た道を戻ろうとした時、下の方を歩く三人組に目が留まった。

少年は嘲るように哀れむようにつぶやいた。


「馬鹿な奴らだ。どうせこの世界から逃れることなんてできねえのに。

 …まあ、せいぜい頑張ってくれよ。」


そう言って少年も赤い世界のどこかへと紛れて行ってしまった。



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