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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
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第2部・9

「そうね、私はこのゲームに勝ちたいわ。」


ロゼットは低く言う。


「それは『魔王』を殺すということか?」


「いいえ、違うわ。」


「ならば答えよ。貴様はどうやってこのゲームを制する?」


「そのためにここに来たの。あなたにこの世界のことをもっと教えてもらいたくて。」


「この世界について知ることが貴様の戦いか。だがな凛よ、それで何になる。それで『勝つ』ことに繋がるのか?」


凛は答えた。躊躇わず、ずっと昔から、そう答えると決めていたかのように。


「繋がると、私はそう考えているわ。そうすることで、勝つ手段が見つかると思っている。『魔王』に勝つ手段じゃないわよ。このゲームの『主催者』に勝つ手段がね。

私はね、このゲームが気に食わないの。『主人公』か『魔王』を殺しなさいなんてルール、意地でも乗りたくないの。今すぐトンズラして帰りたいの。

 けど、この世界から出る方法が見つからない。その方法を見つけるために、私はこの世界について知りたいのよ。牢から出たいのなら、鍵の位置と仕組みを把握しなければ話にならないでしょう?」


「その鍵の位置と仕組みを知ったとしても、鍵を開けるのに必要な道具が手元にあるとは限らんぞ?」


「道具が無ければ、やるべきことは二つに一つね。鍵を作るか、あるいは──看守から鍵を奪い取るかね。」


ロゼットはそれを聞いて笑った。目はよく研がれた刀のように輝き、血が沸き立つような声をあげていた。凛自身も、話せば話すほどこのロゼットというケモノに興味が湧いた。ロゼットは凛を試しているのだ。

ロゼットは問い掛けた。


「凛よ、貴様は『魔王』ではなく、この世界の支配者に喧嘩を売る気か?」


「それが必要であるならば。」


ロゼットは天を仰ぐように高笑いしだした。楽しさと興奮が見て取れる。そしてロゼットは問う。


「ならば凛よ、私に見せてみよ。貴様が知ったこの世界を。」


凛は深く深呼吸をした。天井の月を睨みつけて語り出す。


「そうね、何から言えばいいかしら。まず、この遊園地の西端と東端は繋がっているわね。北端と南端も同様。これは東端の花畑を拠点にしてるロゼットには言うまでもないことでしょうね。」


「そうだ。人間の世界を知らぬ我々にとっては宙の物が地に落ちることより自然な理よ。」


「一見この遊園地に出入口は無いように見える。けれど私達ゲームの参加者は確かにここに入ってこれたわけだわ。あの洸という案内人に招かれてね。

 何人かの他の参加者にここに来た時のいきさつを尋ねたことがあったのだけど、皆あの案内人に会っていたらしいわ。

 あの案内人にはこの世界に穴を開けて私達が居る世界と繋げるような力があるのだと思うわ。おそらくこの世界からの脱出の鍵を握る人物でしょうね。」


「あの忌ま忌ましい洸に目をつけるとは、やはり貴様は興味深いな。続きを聞かせよ。」


「この世界に出入口を作る方法そのものは残念ながらわからないわ。私達に与えられた能力のようなものかもしれない。

 けれど、世界に出入口を作るということがどれだけ大それた事かはわかるわ。私達が住んでいた世界の物理法則では人一人じゃ到底成しえないことだもの。

 けれどあの案内人にはできる。でも、元の世界の物理法則では不可能なことができているのはあいつだけじゃない。私達参加者だってそうなのよ。

 私達はこの世界では『能力』が使える。能力とやらのおかげで、私はレーザーなんて撃てるし龍は時間を止められるわけだわ。」


「そうだな。それで?」


「どうも私にはどうもこの世界はただ元の世界から隔絶された空間ってだけの場所じゃないように思えるのよ。もっと根本的なところからこの世界は元の世界は違っているように思えるの。

 不可能を平然と可能にし、矛盾を自動的に覆い隠せるようなそんな力が働いてるように思えるのよ──あー……なんかわけわからないわね。」


「構わん。続けろ。」


「それでロゼット、人の世界を知らないあなたに一つ聞きたいのだけど、『死体はどこに行きますか?』……あなたの『常識』を聞かせてほしいの。」


ロゼットから笑みが消えた。大きな瞳を更に大きく見開き、呆然と凛を見つめていた。


「……わからん。見たこともないし、考えたこともなかった。」


凛は静かに頷いた。凛の頭をいくつかの記憶が駆け巡った。一つはパンの欠片、もう一つは壊れた蛇口から流れ出る水。最後は、食糧の詰め込まれた冷蔵庫だった。凛は言った。


「そう、私もよ。死体がどこに行くのかこの世界で見たことが無いの。死体が腐食しているのですら。考えられるのは『私達の見えないところで死体が一気に消滅』してる可能性かしら。

 有り得ないと言われるかもしれないけど、私達が能力で不可能事を可能にしてる以上、そんな理由で否定はできないわ。

 能力という不可能を可能にしたのは私達、世界に穴を開けるという不可能を可能にしたのは案内人。なら、死体を消したりといった不可能を操作するのは誰かしらと考えたら──それはこのゲームの開発者ではないかと思うわ。ゲーム盤の環境を整えて、自分の思い通りの世界にするの。

 そもそも私達に能力を与えたのも、案内人に案内をするだけの力を与えたのもおそらくゲームの開発者よね。だとしたら開発者が操作できるのは世界だけでなく人も含まれる可能性は高いわ。

 もしこの仮定が正しいとしたら、この世界と人は常に何者かに監視され、操作されているということになるわ。」


ロゼットから最初の笑いは消え、いつしか真顔で凛の話を聞いていた。凛は月から視線を下ろして呟いた。


「ねえ、あの案内人はこれは『ゲーム』だなんて言ってたけれど、人も世界も誰かにいいように操作されているとするなら、これって本当にゲームとして成り立っているのかしら。

 主人公か魔王を殺すとどうだの色んなルールがあるけれど、あれは本当にルールとして機能しているのかしら。どちらかというと、あれは『世界観』であるのでは?

 そもそも『主人公』と『魔王』って呼び名も気になるのよね。あと『魔王』である常盤が私を狙ってきたところも。

 このまま行けばうまいことヒーローとボスがぶつかり合うことになるのかしら。もしかしたら、そこまで含めて『世界観』……?」


凛の語りはそこで止まった。ロゼットからの返事も無かった。音も無く風が吹き抜けて花畑に静寂が訪れた。

凛はロゼットが呆然としているのに気づいて慌てて言った。


「あ、ごめん、途中で話ずれてたわね。えーっと、とりあえずここまでが今のところの考察よ。ほとんど推測の域を出ないけども、少しはあなたの要望に応えられたかしら?」


ロゼットはハッと我に帰った。もしかすると、ロゼットはこの世界について凛が知るよりも更に多くのことを知っているのかもしれない。言葉には出さなかったが、ロゼットの顔から驚きの色が見えた。それからこう尋ねた。


「貴様、この一回のゲームで、この短期間でそれだけのことに気づいたのか?」


「そうだけど……さっきから気になっていたんだけど、その口振りだとこのゲームって一回だけでなく何回も行われてる感じかしら?」


「そうだな……、その通りだ。」


ロゼットはそれから黙り込んで何かを考えていた。その間凛と龍は静かにロゼットの言葉を待つしかなかった。これまでと比べてロゼットの表情にどこか哀愁の色が見えるのは気のせいだろうか。ケモノの女王、そして黒の姫君として確固たる自信を持っているロゼットの哀愁の表情を見るのはこれが最初で最後となった。しばらくして、ロゼットは突如ニッと満足げに笑ってこう言った。


「凛よ、私は貴様が気に入ったぞ。 貴様のこのゲームに対する姿勢と掴んだ知識、悪くない。

 これなら、ディナーではなく主人公として見てやる価値はありそうだ。」


「そう、お眼鏡に敵ったようなら嬉しいわ。」


凛は少しほっとして肩の力が抜けた。正直なところ、一歩間違えればバラバラ死体にされるのではないかとひやひやしていた。するとロゼットは次にこんなことを言い出した。


「そこで提案なのだが、貴様、この私をいつでも呼び出せる手段が欲しくはないか? 貴様が頼むならば私は貴様の望みを聞いてやってもよい。」


なんて偉そうな提案の仕方だろう。凛は少し呆れたが、ロゼットと連絡を取る手段が得られるのはありがたいことだった。


「そうね、ならお願いするわ。」


「ただし、私の頼みを一つ聞いてくれたらだ。」


「ふうん、頼みって?」


ロゼットは少し嬉しそうに身を乗り出してこう言った。


「クレープ持ってこい!」


「…………は?」


凛は思わず変な声が出た。うろたえながら凛は尋ねた。


「や、この流れで一体どこからクレープが沸いて出てきたのかちょっとよくわかんないわ。なんでそうなるのよ。」


「何を言う。貴様の話を聞いていたら小腹が空いた。さて何を食うか、そうだ人間と話をしたのだからたまには人間の食物に触れてみるのも悪くはあるまい。そこでクレープだ、実に自然で違和感のない流れだろうが!」


「あなたが空腹だったこと自体初めて聞いたわよ!」


「聞いてないなど知らぬ! 私は腹が減った! 私の飯になる気が無いのなら早く馳走を用意いたせ!」


これはロゼットの提案を飲むか飲まないか関係無しにとりあえずクレープを持ってこなければロゼットは気が済まないだろう。

空腹状態で今まで食われずに済んでいたこと自体、もしかするとかなり運が良かったのかもしれない。凛は先ほどのロゼットの力を思い返してため息をついた。クレープ一つで命を落とすのはごめんだ。


「わかったわ。クレープ探してくるわよ……」


「よく言った! では少し待っていろ。」


ロゼットは急に凛達に背を向けると、ロゼットが座っていた大岩の裏側を覗き込んで何かぶつぶつ呟いた。


「貴様、何か音の鳴るものをよこせ……何、無いだと、ならば今すぐ作れ……なんだ、この私の頼みが聞けぬというのか、ふてくされるぞ。」


もしかすると大岩の裏側に誰かいるのだろうか。岩の裏側からも人の声やら何かの鳴き声のようなものが聞こえてきたが姿を現すことはない。その後もロゼットはぶつぶつ何かを呟き続け、凛と龍はその様子を眺めていた。


「音が出れば何でもよいのだ……なんだ貴様、意外とかわいい物持ってるな……ほら、よこせ。」


ロゼットはそう言ってようやく再び凛達の方を向いた。ロゼットの手にはうさぎ形の鈴の根付けがあった。


「貴様にこれをやろう。馳走の用意ができたらこれを鳴らせ。私はすぐ飛んでゆく。」


「わ、わかったわ。」


凛はうさぎ形の鈴を受けとった。たしかに可愛らしいデザインの鈴だった。ロゼットはキラキラした表情で凛を見ている。この様子では大岩の裏側について尋ねても相手にしてもらえなさそうだ。


「さらば凛よ! 楽しみにしているぞ!」


両手を広げてロゼットは凛達を見送った。凛は手の中の鈴とロゼットとを見てしばらく黙り込んだ。

不意に龍が凛に言った。


「どーする?」


しばらく考えて、凛はロゼットに背を向けた。


「えっと、とりあえず行きましょうか……」


凛と龍は花畑から離れて再び遊園地の方へと歩きはじめた。ロゼットは二人が花畑から立ち去るまで笑顔で両手をぶんぶん振り回し続けていた。

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