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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
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第2部・8

凛は背後から引っ切りなしに聞こえてくる謝罪の言葉から逃げるように草原を進んだ。草花は荒々しく踏み付けられていく。龍はずかずか進んでゆく凛を慌てて追っていた。凛は龍を無視し続けた。しかししばらくして凛はため息をついて立ち止まった。ようやく凛に追いついた龍が言った。


「はぁ、やっと追いついた。ごめんね、名前忘れてたこと謝るよ。」


「あーはい、もう、別にいいわよ。なんか馬鹿馬鹿しくなってきたわ……。」


「いいの?」


「ええ、いいわよ。」


冷静になって考えてみれば、ついさっき出会った人間に名前を覚えられていなかったくらいでそこまで気にする必要は無いはずなのだ。

「私もまだまだ子供ね」と凛は自分を戒めた。改めて凜は龍に言った。


「一応、もう一度言っておくわね。私は凜よ。五十嵐凛。」


「うん、今度は気をつけるね。」


そう言った時の龍は僅かに俯いていて、目に光が無かった。少しだけ龍が遠く見えた。

それから、凛は再び行く先を見渡して言った。


「それにしてもなかなか着かないわね。方向は間違っていないはずなんだけど。」


凛は龍と共に再び草原を歩いていった。茂み一つ無い草原をひたすら歩いた。

そしてようやく目的地が見えてきた。遠くにふわりふわりと何かが揺れるのが見えた。凛はすぐにそちらへ向かった。

足を踏み入れた途端、凛はむせ返るような花の香りに包まれた。遊園地の中とは思えない景色だった。広大な丘一面を花が覆いつくしていた。花は現実世界では見たことがない種類で、花は薔薇によく似た形をしているが、タンポポのように地面から生えていて、茎に刺はついていなかった。

ここから丘の頂上付近まで花畑が続いていた。辺りに凛の背丈よりも高い障害物などは殆ど無く、あるとすれば遠くにぽつんと一つだけある大きな岩くらいだった。

凛は身構えた。一見周囲には誰も居ないように見えたが、僅かに花を掻き分けて歩く音がした。

凛は龍に周囲を警戒するよう小声で伝えた。それから、この気配の持ち主を捜そうとした時だった。

突如凛の手足が動かなくなった。見えない何かに縛られたように身動きがとれない。すると何かが凛の腕を乱暴に引いた。抵抗しようにも体に力が入らず、凛はバランスを崩して地面に倒れ込んだ。

相手の姿を捉えることも武器を取ることもできず、凛は花畑を引きずり回される。そのまま凛の身体は上へと放り投げられ、更に何者かに下へとたたき付けられた。頭から地面へ突っ込むその寸前、何かが凛を受け止めた。

顔を上げると、そこには龍の顔があった。凛は龍に抱えられて無事着地する。見えない「何か」の攻撃は止まっていた。先程までふわりと揺れていたはずの花が石のように固まっていた。龍は凛に言った。


「大丈夫? 痛くない? 急に倒れたからびっくりしたよ。今、時間を止めてるから、その間は何もされないはず。」


「やるじゃない! ありがと、今回ばかりは礼を言うわ。それにしても……」


龍に下してもらった後、凛は龍の手を引きながら改めてぐるりと辺りを見回した。しかし周りには誰も居ない。先程明らかに何者かが凛を引きずったのに。

花畑の中を探してみたが、ケモノが居る様子も無かった。目に見えない攻撃──これは「人口を理解できる」というケモノの力なのだろうか。

対抗策を考えられるのは時間が止まっている今のうちだとわかってはいたが、こうも何の手がかりもないと策を考えることもできない。

凛はそれでも何か手は無いかと考えた。その時、凛は隣に居る龍の顔色が悪いことに気づいた。


「どうしたの?」


「……なんでもない。」


龍は何も教えてくれなかった。凛は考えた末に龍に言った。


「もういいわ。龍、時間を動かして。」


「いいの?」


「ええ、お願い。」


「……わかっ、た……。」


固まっていた花が再び動き出したその時、龍がクラリとよろめいた。その隙を狙ったかのように突風が吹き荒れる。

何かが龍をはるか遠くへ突き飛ばし、凛から引き離した。声をかける暇も無く、次は凛が頭を地面に押し付けられた。地面に身体を縫い付けられたように手も足も動かなかった。

凛は力を振り絞って叫んだ。


「聞こえる!? 黒の姫君、私達は貴女に危害を加える気は無いわ! 攻撃を止めて! 貴女と話がしたいわ!」


凛は胸倉を捕まれて宙から釣り下げられた。「無駄か」と思った時、澄んだ女の声がした。


「話だと? 小娘、それはこの私が決めることだ。」


凛は返事がした方へと顔を向けた。ぽつんとそびえ立つ大岩の上に女が一人立っていた。

鮮やかなピンクの髪をしたキリッとした目つきの美少女だった。頭に黒い花飾りを付け、黒いドレスを身に纏っている。ドレスといっても下着に布を釣り下げた程度のもので、脚や腰回り、胸元などは包帯を巻いた肌があらわになっていた。

元の世界でこのような格好の人が居たら警察沙汰になる。しかし警察のないこの花畑の岩の上では、ケモノの女王たる少女がこの格好で仁王立ちしていた。

凛は少女に尋ねた。


「貴女が、ケモノの女王様?」


「そのとおりだ。」


「まずは下ろしてくれないかしら。」


「さあ、どうするかな。貴様らに食う以外の価値があったならな。」


少女はふわりと宙を舞って、まずは遠くで倒れている龍の元へと向かった。龍は意識はあるようだったが、凛と同じく身動きを取ることができないようだった。

少女は龍の顎に手を当て、顔を引き寄せてまじまじと見つめた。


「ほう、なかなか綺麗な顔ではないか。悪くない。」


凛は今になって龍は顔立ちが良い方だということを思い出した。何がケモノの女王だ、どう見ても面食いでミーハーの人間味溢れる女ではないか。

少女は再び宙を舞って凛の目の前へと浮かび上がった。少女は凛の顔を覗き込んで言った。


「ほうほう、貴様もいい顔だな。綺麗な目をしている。よかろう、貴様らの顔に免じて下ろしてやろうでは…………ん?」


少女の目は凛の右腕を捉えていた。少女の表情が険しくなっていく。少女が指を鳴らすのと同時に凛は右腕を無理矢理引っ張り出された。

袖がめくられ、右手の剣の刺青が現れた。ドクンと凛の心臓が強く鳴る。少女はその刺青を見つめた。

少女は低い声で言った。


「そうか、貴様が今回の『主人公』か。」


その声と共に胸倉を掴む力が消えて、凛は無事地面に着地した。龍も解放されたようで、凛の元へと駆け寄ってきた。


「大丈夫?」


「ええ、一応……そちらも酷い怪我はなさそうね。」


凛は黒の姫君の方を向いた。少女は再び宙を舞って先程の岩の上に座った。少女は険しい目つきで凛を見つめていた。

龍が少女の姿をじろじろ見て呟いた。


「うわ、変態だー。」


「……あなた、人のこと言えないからね。」


凛はぼそっと呟いた。それから凛は岩の上の少女に言った。


「お話してくれる気になったかしら。黒の姫君様?」


「その名は好かん。」


「そう。なら何て呼べば……ああ、そういえば自己紹介まだだったわね。私は五十嵐凛よ。凛でいいわ。こっちは神無月龍。あなたのお名前は?」


「名は、無いと困るのか?」


「そうね、あった方が助かるわね。」


少女は険しい表情を少しだけ緩めた。


「やはり、人間は『個』を求めるのだな。いいだろう、私の名はロゼットだ。」


「そう、よろしくね、ロゼット。」


凛は先程自分を襲った相手にはきはきとそう言った。ロゼットは言った。


「それで小娘、話とは、何を話せばよい?」


「そうね。聞きたいことがたくさんありすぎて一度に聞けそうにないのよね。相手が人間だったら携帯のメアドとか連絡先とか聞くところなのだけど……ケモノは流石に携帯持ってないわよね。」


「無いな。あの手の平ほどの大きさの四角いヤツのことだろう?」


「そうそう。それだったら、また話したい時はここに来ればいいかしら。」


「二度も来る気か?」


「あら、もしかしたら百回来るかもよ?」


凛は悪戯っぽくウィンクした。それを聞いたロゼットは楽しそうに声をあげて笑った。


「貴様、悪くない。面白い娘だ。よかろう、私を楽しませられるのならまた相手をしてやる。」


「ありがと、光栄だわ。じゃあ次よ。最近どんな感じ? 変わったことや面白いことあった?」


「何だ、そんなことを貴様が知って何になる?」


「何になるかはどうでもいいのよ。私はケモノのあなたの話が聞きたいの。」


「ふぅん、本当に、人間はおかしなことを知りたがるのだな。

そうだな、ついこのまえ、斬のヤツが人間のお菓子とらを持ってきた。クレープとかいうやつだ。あれはなかなか美味であった。腹には溜まらんが、あれは美味い。」


「へえ、ケモノってお菓子食べられるのね。人しか食べないのかと思ってたわ。」


「最初は抵抗があったがな。食ってみたら美味かった。ほれ、ケモノの私が話したのだぞ。貴様も何か話せ。」


「ふぅん、案外あなたって人間に興味があるのね。」


「そうだな、人間は奇妙で理解できんが、面白い。ほら話せ、私は人間のお前の話が聞きたいのだ。」


ロゼットは目を輝かせ、身を乗り出して凛に言った。凛はこう言った。


「そうね、私の最近の出来事というと……やっぱり常盤の襲撃のことと龍に会ったことかしら。」


「龍とは、そこの男だな。常盤とは誰だ?」


「知りたい? このゲームの『魔王』よ。あいつの左手に刺青があったわ。あいつ、私が『主人公』だと知って襲撃してきたの。ジェットコースターから振り落とされた時は死ぬかと思ったわね。」


ロゼットの表情が再び硬くなった。しかし、その表情の訳をまだ言葉に出してはこなかった。ロゼットはこう続けた。


「それで、なぜ助かったのだ?」


凛は龍の肩を叩いた。


「そこでこいつと会ったのよ。こいつが受け止めたの。初対面でお姫様抱っこよ。わけわかんないわ。」


「お姫様抱っこ、とは何だ? 私は黒の姫君などと呼ばれているが、未だそのような名のことはされたことがない。」


「あー、それはね……」


凛とロゼットの会話は思いのほか盛り上がった。ロゼットは偉そうな立ち振る舞いとは裏腹に素直な人物だった。ロゼットはこのレデストワールドのことをよく知っていた。隠れた食料保管場所や、得する情報なども気前よく教えてくれた。 擦り傷程度の怪我はしたが、ここに来た目的は概ね達成できそうだった。

話が一段落したところで、ロゼットは言った。


「凛よ、私も貴様に尋ねたいことがある。よいか?」


凛にとっては予想外の言葉だった。


「構わないけれど、何?」


ロゼットは背筋を伸ばし、凛を見下ろした。不適な笑みを浮かべたロゼットは先程までとは違った空気を纏わせていた。

突然正面から強い風が吹き荒れた。凛達二人の逃げ道を塞ぐように風は渦を巻く。凛の肩に力が入った。まさかここまできてロゼットの機嫌を損ねただろうか。

ロゼットは一度ちらりと後方を見てから、凛に尋ねた。


「奴の代わりに今回は私が問おうか。凛よ、私は主人公たる貴様に問う。貴様は主人公として、このゲームで、この世界で、これから何をする? それを私に聞かせてみろ。」


ロゼットの言葉には有無を言わさぬ迫力があった。凛を見下ろす女王の瞳には刃のような鋭い光が宿っていた。

凛はロゼットの瞳を見て、これは真剣に答えなければならない問いだと感じた。


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