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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
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第2部・7

二人は再びお化け屋敷の裏へとたどり着いた。冷たい風がよく通る。月の光もろくに当たらない暗い場所で凛はある人を待っていた。龍は隣でぼんやりと空を眺めていた。

携帯に注意を払いつつ、凛は自分の右手の甲にファンデーションを塗っていた。「主人公」の証である刺青を隠すためだ。

といっても、黒ではっきりと刻まれた剣の印はファンデーション程度では完全には隠せない。少し薄くできれば十分だと凛は考えていた。

すると龍が言った。


「なんか、隠せるものないの?」


「包帯ならあるけど、いらないわ。」


その時ちょうど待ち合わせをした相手がやってきた。背の高い利口そうな青年だ。

凛は右手の甲をジャケットの袖口に隠し、にっこり笑顔を浮かべて青年に言った。


「あーっ、こっちですー! こんにちはぁ、お久しぶりでーす!」


「久しぶり凛ちゃん。待たせた?」


「いいえ、こっちも今来たとこですよー。」


ほわんとした裏声で話す凛の横で龍が唖然としていた。青年は龍を見て言った。


「あれ、初めて見る人だね。凛ちゃんの知り合い?」


「はい。元の世界に居た頃近所に住んでたお兄さんなんですが、この前ばったり会って。びっくりしましたー。」


もちろん今言ったことは全て嘘だ。明るい調子でペラペラ話す凛を見て、龍は更に唖然としていた。それから青年は言った。


「そっか、偶然ってあるもんなんだね。それで、凛ちゃんが聞きたいことって、『トキワ』って奴のことだっけ。」


「はいっ。この人が常盤って人の能力にやられたらしくて、ちょっと捜しているんです。何か噂とか聞いたことないですか?」


「名前はチラッと聞いたことがあるんだよな。出会った奴は誰でもかまわずブッ倒してる……って話は聞いたことがあるよ。

 それくらいだな。場所とかはちょっとわかんねえや。」


「そうですか……。ありがとうございます。」


その荒々しい振る舞いは常盤らしいやり方だ。おそらく殴り倒した相手に「呪い」をかけて手駒にしているのだろう。

それから青年は少し楽しそうにこのような話を振ってきた。


「そういえば凛ちゃん、この前面白い話聞いたんだよ。『黒の姫君』、やっぱり居るらしいんだ。見たって奴が居るんだよ。」


「『黒の姫君』って……、あの前に話題になってた人型をしているケモノのことですかぁ?

 ケモノの女王とかいう……私、その話はほんとかどうかまだ疑ってるんですけどー…。写メでもあったらいいんですけどね。」


「それが撮れたらしいんだよ。ついさっき送られてきたとこでさ。凛ちゃんにも送るよ。」


青年は携帯を取り出し、メールを打ち始めた。しばらくして凛の携帯のバイブが鳴った。

送られてきたメールには派手なピンク色の髪をした少女の横顔が写真が添え付けしてあった。。写真はもう一枚あり、先ほどよりも随分引きの構図で撮られた写真だった。

その写真には先ほどの少女と、白と青と紫のグラデーションの髪をした少年の姿が写っていた。


「これは……?」


「『ガンナー』と『黒の姫君』が話してたっていうんだ。もしこの写真が合成とかじゃなかったら結構すごいよ。この世界には人語を理解できるケモノが居るってことになる。」


「ガンナー?」


「『夢幻のガンナー』って呼ばれてる奴が居るんだよ。誰がそんな異名つけたかは知らないけど、髪と目の色があんまりにもファンタジーみたいな色してっからそう呼ばれてるんだってさ。」


「へぇ……。」


凛は穴が開きそうなくらい真剣にその写真を見つめていた。写真に映っている『黒の姫君』と呼ばれたケモノは、姿形は少女そのものだ。


「この写真、どこで撮ったとか言ってましたか?」


「たしか西側の花畑のあたりって言ってたな。あ、言っとくけどあまり近寄らない方がいいよ。バラバラにされて食われたって奴も居るらしいから。」


「えっ、こわーい。なるべく近寄らないようにしますね。」


「気をつけなよ。困ったら、そこの兄さんに助けてもらいな。他に何かある?」


「いえ、十分です。助かりました。」


「そう、じゃあまた何かあったら連絡してよ。じゃあね。」


「はいっ、ありがとうございましたっ!」


凛は満面の作った笑みでお礼を言った。青年は笑顔で手を振り、去っていった。凛も手を振って見送った。

青年の姿が見えなくなった後、また辺りは静かになった。隣に居た龍がぽかんとした様子で凛を見て言った。


「すごいぶりっこ……びっくりした。誰かと思った。」


その一言で凛の作り笑顔は吹き飛んだ。


「失礼ね。仕方ないでしょ、低身長で童顔の女のメリットなんてこれくらいしかないのよ。」


「あれ、ごめん。そういうつもりじゃないよ。すごく……かっこいいよ。何だろう、じょ、ジョウロじゃなくて、ジョギングでもなくて……」


「……花に水をやった覚えはないわよ。」


「じょ、ジョユー……そうだ、女優だ。女優さんみたいだよ。すごいね。」


その一言を聞いて凛は少し驚いた。龍は自分が何を言ったのか、自覚がないようだった。


「会った時から思ってたけど、あなた、ほんとに知らないのね。」


「え、何を?」


「私の親のこと。」


「え、親? 君の親がどうかしたの?」


凛は龍の顔と携帯に保存した写真を見ながら少し考えた。隠したところであまり意味がない話なのだが、詳しく話していると時間を取られそうな話題だった。


「私の親はちょっと問題有りの女優だったのよ。別に隠すことでもないんだけど、ちょっと行きたいところがあるから詳しいとこはまた気が向いたら話すわね。」


「ふーん、わかった。」


龍の返事を確認すると、凛は歩き出して、お化け屋敷の前まで出て、西へと歩き始めた。幸い、通りに人やケモノの気配は無かった。

赤く錆びたコーヒーカップの脇を通り過ぎると、遠くに小高い丘が見え始めた。

しばらく歩いたところで再び龍が言った。


「そういえば、さっきの人なんだったの?」


「ああ、レデストワールドに来てから偶々知り合った人。この世界に招かれた人の中では結構冷静にこの状況に対応できてる人だと思うわ。

 そういう人、結構この世界のことや、ここに居る人達の噂をよく知ってたりするから時々こうして情報交換してるのよ。」


「へー、そうなんだ。それも、前に言ってた『攻略法』なの?」


「その一つではあるわね。」


「そういえば、結局刺青ばれなかったね。」


「そうね。まあ互いに警戒するような状況でもなかったし、ちゃんと会話を保たせられれば相手の手の甲に注意が行くことってそんなに無いわよ。」


「そーかな。綺麗な人は顔から手先までつい見ちゃったりしない? 俺、見ててちょっとヒヤヒヤしたよ。」


凛の返事が少し遅れた。龍は何事も無かったかのような涼しい顔をしている。


「……あなた、結構軽くそういうこと言うわよね。」


「軽くって酷いなあ。思ったことを言っただけだよ。君は綺麗だしかわいいよ。」


「またすぐにそういうことを言う……。そういう台詞は無駄撃ちするものじゃないわよ。ここぞという時を狙って撃つものだわ。」


「そっかな。今だと思ったんだけどな。」


龍はさらっとそう言った。凛はぐっと黙り込んで龍の前を歩き続けた。

凛達は更に西へと進んだ。二人は遊園地から少し離れた小高い丘へとたどり着いた。

遊園地の中の静けさとは少し違った趣がある丘だった。周囲に身の丈以上の建物は一つも無く、風が吹くと草がサワサワと揺れた。

丘の向こう側には古びた観覧車が見える。振り向けば、今まで歩いてきたレデストワールドの全体が見渡せる。

再び龍が尋ねた。


「こんなとこに来てどうするの?」


「さっきの人との会話で『黒の姫君』とかいうの出てきたでしょ。そのケモノに会いに行くの。」


「そーなのか。なんで?」


「人語を理解できる可能性があるって言ってたでしょ。もしお話できたら面白いかしらと思ってね。」


「面白いの?」


「私にとってはね。もしかしたらケモノの方がこの世界のことをよく知っているってことがあるかもしれないもの。」


龍は首を傾げてこちらを見つめた。


「君は、この世界のことを知りたいの?」


凛は少し笑いながらこう答えた。


「惜しいわ。私はね、このゲームに勝ちたいの。」


龍が少しだけ遠のいたように見えた。


「けど、『魔王』は殺さないんだよね?」


「ええ。」


「それで、どうやって勝つの?」


「そのための情報収集よ。」


「そーなの?」


「そうよ。」


龍の質問が止まった。ゼンマイの切れた人形のようにぼうっと一点を見つめて動かなかった。

特に身に何か異変があったわけでは無さそうなので放っておいたが、龍との会話はどうもリズムを掴みづらい。

すると龍は丘の上から遊園地を見下ろして言った。


「なんか、君やっぱり強いな。すごいや。」


「そう? あまりそう思ったことはないわね。」


「ううん、強いよ。なんか、君みたいな人のこと言う言葉あったよね。なんだっけ、るんとした……じゃなくて、がんとしたでもなくて……」


「もしかして、『凛とした』?」


「そう、それ。」


凛はついため息をついた。


「その言葉、あまり好きじゃないのよね。自分の名前が入ってて。」


「え、名前?」


龍は驚いてこちらを見た。むしろその反応を見た凛の方が唖然とした。


「え、そうよ、名前……名乗ったでしょ? 凛って。」


「え……あー、えっと、」


まさか、そう思った凛は低い声で尋ねた。


「まさか、名前、覚えてなかったの?」


「あー、その、忘れてた……」


「信じらんない、名前も覚えてない相手にホイホイくっついてきたっていうの?」


口調がつい荒くなった。凛は龍に背を向けてズンズン先へと歩いていった。一瞬ときめいた自分が馬鹿だったと凛は呆れた。龍が慌てて後をついてきたが凛はお構いなしに進んでいった。


「わぁ、凛、ごめん。怒ってる?」


「別に。」


「ごめん! 待ってよー。」


「ついてこなくていいのよ、ストーカー。」


「やだよ、ついてくよー。」


凛は龍に背を向けたまま草原を歩いていった。目指す先は花畑、ケモノの女王の住処だった。


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