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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
41/45

第2部:5

凛と龍が向かったのは比較的遊園地の入り口に近い位置にあるアイスクリームショップだった。隣には公衆便所とコインロッカーがある。

屋台のような簡素な造りの建物で、店の前には幾つかのテーブルと椅子があった。

アイスクリームの写真の載ったチラシが貼ってあったが、どの広告もケモノに破られて意味を成していなかった。

凛は店にたどり着くとペンライトを構え、付近に敵が居ないことを確認した。それから店の厨房へと向かい、入り口のところで龍に言った。


「敵が来ないか見張ってて。」


「それって俺にお願いしてる?」


「そうね、お願いよ。どうせつきまとわれるのだったらうまく使っといた方がお得でしょ?」


凛は軽く笑みを作ってそう言うとペンライトを構えたまま暗い厨房に入っていった。龍は入り口に残ったまま言った。


「ふぅん。いいよ、君のお願いなら。」


凛は電気のスイッチを探して灯りをつけた。この世界の「店」の造りは妙である。巨大な冷蔵庫、流しなどはともかく、しっかりとした火器設備があり、鍋やフライパン、中華鍋まである。醤油や砂糖塩などの調味料もしっかり揃っていた。

勿論アイスクリームショップなのだからアイスクリームも用意されてはいるのだが、とてもアイスを売る店の設備とは思えない。

凛は冷蔵庫を開けてから龍に尋ねた。


「やった、当たりだわ。何か食べたいものある?」


「そんなに選択肢があるの?」


「何でも言ってみなさい。」


「じゃあ君が一番好きなもので。」


「わぁ変態。じゃあ、ラーメンとお刺身とティラミスにするわね。」


「……サシミ……ティラミス……?」


龍は片言でそう返してきた。たしかに初めはこの世界にそんなものがあることには驚くだろう。


「もしかして知らなかった? 冷蔵庫の中、見てみる?」


龍は凛の隣に来て冷蔵庫の中を覗いた。冷蔵庫の中はありとあらゆる食品でごった返していた。凛が今言ったラーメン、刺身、ティラミスは勿論野菜も肉も魚も豊富にあり、元の世界のスーパーに並んでいたような冷凍食品も揃っている。

冷蔵庫自体も新品のようにしっかりと動いていて鮮度に問題はない。


「うわぁ。」


龍が声をあげる横で凛はさっそく材料を取り出し始めていた。


「所謂『補給ポイント』なんでしょうね。運が悪いと中身スッカラカンのこともあるけど、こういう冷蔵庫とかって大抵食料ギッシリ入ってるのよ。

 どうしてそうなっているのかはわからないけど。やだ、フグまで入ってる。絶対こんなゲーム作った奴、頭狂ってるわよ。」


凛は500mlの水のペットボトルをジャケットのポケットに突っ込んだ後にインスタントの麺を取り出し、龍にはネギとなるとの塊を渡した。それからジャケットの袖の内のペンライトを確認してから料理用包丁を渡した。


「切って。具が無いのは寂しいでしょ。」


すると龍はまな板も出さずに包丁をなるとに刺そうとしたので凛は呆れた。


「あんた料理できないのね……よくわかったわ。じゃあやっぱり入り口の見張りやってて。私が作るわ。」


凛は包丁とネギとなるとを龍から取り上げ、料理を始めた。龍はふらふら入り口へと戻り、言われたとおり見張りをしていた。

慣れた手つきで凛はラーメンを二人前作り、皿に刺身とティラミスを二人分盛り付け、食事が出来上がった。

凛は再び龍を呼びつけた。


「できたから先に食べて。見張り、代わるわ。」


「俺のも作ってくれたの?」


「助けてもらった礼をまだしてなかったしね。報酬代わりよ。これであなたへの借りは無しね。」


そう言って凛は厨房の入り口へ向かった。龍は少しつまらなさそうに言った。


「……ラーメンでチャラにされちゃったよ。」


ジャケットの内側の銃と袖口に仕込んだペンライトを確認してから、凛は周囲を見回す。今のところ敵は居ないようだった。

厨房の側からはしばらくラーメンをすする音が聞こえていたが、しばらくして急に音が途切れた。


「どうかした?」


「どうせならあっちのお客さん用テーブルで一緒に食べない?」


「バカね。あんなとこで二人そろって食べてたら絶好の的よ。」


「ちぇっ。ところでさ、あんなに食料あるならラーメンじゃなくてもよかったんじゃないの?」


「すぐ作れるでしょ。米炊いたりしてたら敵に見つかるし。」


「なんでお刺身とお菓子なの?」


「好きなものって言ったの誰よ。出して盛り付けるだけだしね。楽しめるとこ楽しんどかないと長く保たないわ。嫌だったら残していいのよ。」


「食べるけどさー。」


しばらくして龍が厨房から出てきた。


「終わったー。代わるよ。」


「どうも。」


凛は龍と入れ替わる形で厨房に入り、床に座りながらラーメンを平らげた。残りの二つの皿もすぐに空にした。

その時急に脇腹が少し痛んだ。シャツを見ると少し血が滲んでいた。凛は常盤との戦闘の時に脇腹を切られたことを思い出した。軽い傷だったが早めに手当てはした方がいいと思った。

その後凛はすぐに龍のもとには戻らずに携帯を取り出した。凛の様子に龍は気づいたようだった。


「何してるの?」


「見てのとおり、メール打ってるのよ。安心して、ストーカー駆除の為じゃないわ。ちょっとした情報収集。

 あ、もう少し見張りやっててもらえるかしら。やっておきたいことがあるの。」


凛が取り出したものはシャーペンと折り紙だった。凛はこの折り紙の裏面をメモ帳代わりとして使っていた。凛はまだ使っていない折り紙を取り出し、龍と出会う前に行った「実験」の結果を書き始めた。

龍が尋ねた。


「何書いてるの?」


「知りたい? ちょっとした『実験』の結果よ。」


「じっけん?」


「そう、ずいぶん前にお化け屋敷の近くの女子トイレの裏にパンを千切って置いておいたの。ジメジメしてて環境最悪の場所よ。そんな場所なら普通そのうちパンにカビが生えるわ。

 けれどさっき確認したらカビなんて全く生えていなかった。ちょっと泥や靴の跡がついてただけ。これって大発見よ。」


「そーなの?」


「そうよ。もしこの結果がただの偶然じゃないとしたら、この世界には菌類バクテリアの類の生物が存在しない可能性があるのよ。食物連鎖における分解者が居ないってことになるわ。こんな死体が次から次へと出る世界によ。

 もし仮にそうだとするならばこの世界では死体はどうやって土に還るの? ケモノが全て食い尽くすとでもいうの? そのケモノだって死ぬことはあるでしょう。」


「ふぅん。なんか難しくって俺にはよくわかんないや。」


「別にあなたはわからなくていいわよ。」


「そう言われるとちょっと寂しいなあ。」


「私に美味しい料理を食べさせてくれるくらい使えるようになったら、わからせてあげる。」


凛は「実験結果」を折り紙の裏に書き留めると、折り紙をしまって立ち上がった。周囲を警戒しながら厨房を出た。


「コインロッカーに寄るわ。すぐ隣にあるから。早く。」


そう言って凛と龍はアイスクリームショップのすぐ近くのコインロッカーに向かった。

そこは元の世界でもよく見かけた普通のコインロッカーだった。元の世界との違いは、戸や壁が傷と汚れで埋まってることくらいだ。

凛はポケットから鍵を取り出し、その鍵に書かれた番号のロッカーへ向かい、鍵を開けた。

中には救急箱とトートバックが一つ入っていた。凛はトートバックの中身を確認してからそれを取り出し、中に救急箱と先ほど冷蔵庫で手に入れた水のペットボトルを入れた。

龍が尋ねた。


「それ、何?」


「一つは救急箱、もう一つは水。最後の一つは秘密。ヒントは私にしか使いこなせないもの。あなたがこれからも私につきまとう気ならいずれわかるわ。」


龍はじーっと凛の様子を見て言った。


「君って強いよね。なんか、この世界をよくわかってるって感じ。」


「それは誉めてる?」


「すごく。かっこいいよ。」


その時の龍の笑顔は子供のように無邪気なものに見えた。


「そう、ならありがとう。けどまだまだだわ。まだ足りない。」


「そーなの?」


「そうよ。まだ情報不足だわ。ここじゃ何しても命がけだから、『攻略法』を見つけるのは楽じゃないけどね。」


「攻略法って、さっきの『冷蔵庫の中には食料いっぱい』みたいの? そういうの他にもあるの?」


「あるみたいよ。他にも、なぜか武器がそこらに落ちてることとかあるでしょう?」


「たしかに」と龍は納得したようだった。凛はロッカーに寄りかかって言った。


「あなたもここに来た時に洸とかいう案内人に会ったでしょ。あいつはこれは『ゲーム』だと言ったわ。これがゲームだとするなら『作成者』や『観客』や『プレイヤー』が居るはずよ。

 ただ人が死んでいくのが見たいならこんな遊園地は使わない。もっと狭い場所に人を集めて爆発なりなんなりさせればいいんだわ。

 どうやらこれは少なくとも人が死ぬのを見る『ゲーム』ではないみたい。よって、私たち人が生きていく術はある程度用意されている。これが今のところの推測だわ。」


「ふーん、なんかすごいなあー。」


緊張感の欠片もない返事だった。凛にはその返事は奇妙なものに思えた。

龍と出会った時からそうだ。龍からは恐れのようなものを感じない。ここは少しでも気を抜けば命を落とす場所。元の世界とはかけ離れた環境なのに、龍は危機感など微塵も持たずにフワフワふらふらしているように見えた。

「油断ならない相手」――改めて凛はそう思った。その後、今のうちに脇腹の手当てをしておくべきかと考えた時だった。

無意識に身体が動いた。凛はロッカーの影に身を隠して辺りを確認した。龍もつられて凛の隣に身を隠した。

ケモノの息の音がした。近い。先ほど凛達が居たアイスクリーム屋に数匹のケモノの姿が見えた。

足元のコンクリートの臭いを嗅ぎ、何かを探しているようだった。遠く薄暗くてはっきり見えないが、体に黒い斑点のようなものがあるように見えた。

ケモノ達はこちらに近づいてきているようだった。


「あのケモノ……まさか……」


凛はペンライトを取り出し、自身の能力を発動させてケモノの脚を狙ってスイッチを入れた。

光がレーザーとなりケモノの脚を焼く。その途端ケモノ達が一斉にこちらに向かって駆け出した。

龍は相変わらずフワフワした様子で言う。


「こっち来ちゃったよー。」


「ちょっとそのまましゃがんでてね。」


「え……痛っ。ちょっと、痛いよー」


凛は龍を踏み台にしてコインロッカーの上に登った。ここには凛が上を五歩程歩けそうな長さのロッカーが四列ある。

ロッカーとロッカーの間は凛がジャンプして渡れそうな広さだ。凛は先ほど取り出したトートバックを軽く叩いた。早速役に立ちそうだった。

凛は下に居る龍を見た。龍は凛に踏まれた肩を抑えながら凛の方を見ていた。凛はロッカーの上に座り、龍に言う。


「私を守るだなんてほざいてた変態のナイト様。ちょっと私のお願い、聞いてくれる?」


龍は底の読めない淀んだ瞳で笑った。


「そりゃもう、どうぞ仰せのままに。」


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