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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
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第2部・4

凛がお姫様抱っこから解放されたのはジェットコースター乗り場から離れ、崩れかけのお化け屋敷の裏にたどり着いてからだった。

ここまで移動する間に何度も人やケモノを見かけたが、皆全く動かない。風が吹くことも毛一本揺れることさえもなかった。目に見える世界は凍りついたように動きを止めていた。だが凛を抱える腕は暖かかった。

突如現れた謎の青年は凛を抱きかかえたまま硬直した世界を悠々と歩いてこの場所までやってきたのだった。


「さっさと下ろしてくれないかしら。もう常盤からは逃げ切れたでしょう。」


「うん、そうだね。」


青年は凛を下ろした。すると途端に冷たい風が吹き始め、遥か遠くに見えるケモノ達も動き始めた。空を見上げれば、雲がゆっくりと蠢き月を隠していった。

これもまたこの青年の能力なのだろうか。凛は自分を連れ去った青年の顔を見据えた。

背が高く髪は明るめに脱色してあり、なかなか綺麗な顔立ちをしていた。しかし目はどこか虚ろで覇気が無く、仏頂面で何を考えているのか読みづらい。だがどこか懐かしく感じる顔だった。

凛は少々苛々しながら尋ねた。


「よくもまあやってくれたわね。初対面でお姫様抱っこされたのは初めてよ。

 一体どういうつもりかしら。勿論答えてくれるわよね?」


「ん−? あ−それは、君を助けたかったからだよ。」


あまりにも気の抜けた返事が返ってきたので凛は呆れた。全く答えになっていなかった。


「思ったより疲れる奴ね。あなたと私は初対面のはずよ。そんな相手をどうして助けようと思ったのかを訊いているの。」


「疲れた。おなか減った。なんか美味しいもの持ってない?」


「……質問に答えてくれたらあげるわ。どうして……」


「眠いなー眠いー。ねえ眠くない?」


「……別に。」


「あ−、そういえばニジゲンの男って何−? ニジゲンってカッコいいのー?」


「そうよ、ちょっぴり大きなお友達の夢と欲望が詰まった平たいワンダーランドの住人よ! 話聞きなさいよ!」


そう怒鳴った後で凛は気づいた。その話を知っているということは、この男はジェットコースター乗り場での凛と常盤の会話を聞いていたということだ。


「それを知っているってことは……あなた、あの時の会話をずっと聞いていたってわけね? おそらく、さっきの妙な『能力』を使って。」


「うん、そうかも−。」


「やだ、こんな年頃の女の子を監視するなんて今日は変態の多い日ね。」


「え−年頃って、君、成人式にはもう出たんだろ?」


「……そこから知っているって、とんだ変態のストーカーね。たしか常盤に会う前辺りから私を尾行していた奴が居たけれど、もしかしてあなた?」


「うん、そーだよ。」


青年はあっさり肯定した。そこまで分かればこの青年が凛を助けた目的はある程度予想できた。


「そう、なら、あなたの目当てはこれ?」


凛は右手の甲を青年に見せた。そこには主人公の証である黒い剣の刺青がある。青年はようやく凛の方を向いた。


「うん、そーかも。」


「ようやく話を聞いてくれたわね。『主人公』の私への用件はなぁに? 常盤から獲物を横取りしたかったのか、それとも別の理由?」


「うーん、きっと別の方だなー。」


「へぇ、教えてくれる? 話くらいは聞くわ。」


すると青年は自分の左腕を出した。腕から手、指先まで包帯がきつく巻かれていて、青年はそれを手首まで解いた。腕は黒い痣のような模様でびっしりと覆われていた。

凛はその模様に見覚えがあった。先ほどの戦闘で凛を襲った「人間爆弾」達の中で顔に同じ模様がある者が居た。


「その痣……さっき爆発していった人間達にもあったわ。」


「そう、これはあいつ……常盤の能力にやられた人に付く印のはず。多分、この印を消す為に君の力を借りたかったー…のかな?」


「訊かれても、知らないわよ……。」


凛はまた呆れた。無論、すぐさま協力する気などなかった。青年はしばらくぼ−っとしていたが、急に思い出したようにメモ帳を取り出した。


「今度は何なの?」


「自己紹介まだだったなって。俺は神無月(カンナヅキ) (リュウ)。」


そう言ってメモ帳の「神無月 龍」と書かれたページを突きつけた。


「そう、龍っていうのね。私は五十嵐 凛よ。」


「りーんーっと。」


龍は名前をメモ帳に書き留めていた。凛の顔と名前を知って驚かない人物は久々だった。

メモを取り終えて龍は言った。


「で、何の話だっけ?」


「こっちが聞きたいわ。……常盤の能力のせいでついた痣を消したいってとこまではしてたわよ。」


「そうだった。そう、それでね凛、俺と取引してほしいんだ。」


「取引?」


鈍く淀んだ瞳で龍は凛を見つめた。


「そう。俺はこれから凛の言うこと何でも聞く。俺の能力も凛の好きなように使っていい。

 その代わり、あいつ……山下常盤を殺してほしいんだ。この痣を消すのにはそうしなきゃならない。」


凛の腕に力が入る。一見間抜けなように見えるが、何を考えているのか読み切れない相手だった。


「残念だけど、私は『魔王』を殺すつもりはないの。常盤を殺す気はないわ。だからその取引には乗れない。」


「別に今すぐにじゃなくてもその決心がついてから殺すのでもいいんだよ?」


「いいえ、私はあいつは殺さない。『魔王』を殺さないことが私の戦いだと、そう決めてるの。それにあなたの話、怪しいところが多すぎるしね。」


凛は軽く笑いながらそう返した。龍は上へ左右へと視線を動かしながら言う。


「んー、例えば?」


「常盤は『魔王』なのよ。『魔王』を私に殺させたら私以外は皆殺し……あなたも死ぬのよ。

 ただの痣と自分の命を天秤にかけて痣を取る奴がどこの世界にいるっていうの。まずその痣の意味と常盤の能力との関係を教えてくれなければ話にならないわ。」


龍は急に淡々と話し始めた。


「常盤の能力は『呪術師』。手に触れた相手に抵抗不可能な命令を下す『呪い』をかける能力だ。

 『○○を捕まえろ』『○分後に爆発しろ』……とかね。呪いをかけられた相手にはこの痣がつく。

 呪いをかけられた人間がどうなるかは……見ただろ?」


凛は苦い顔をして頷いた。風船のように弾けていく人間爆弾達が脳裏をよぎった。


「じゃあ、あなたは何の呪いをかけられたの?」


「…………それは言えない。」


龍の瞳が冷え込んでいった。凛は続けて言った。


「まあいいわ。じゃあ次よ。あなたの能力について教えなさい。」


「いいよ。俺の能力は『時使い』。時間を止める能力だ。」


「なるほど、今までのことがようやく理解できたわ。あなたは時間を止めてあっちこっち動き回ってたわけね。」


この質問は龍にとって不利になる質問であるはずだが龍は躊躇わず答えた。凛は自分の能力についてはまだ話さなかった。


「じゃあ最後に一つ。なぜ、私なの? 他にあいつを殺してくれる奴を探せばいいじゃない。」


「だから、それは最初に言っただろ。君を守りたかったんだ。」


この世界には似合わない台詞を龍はサラッと吐いてみせた。


「……それ、せっかくのイケメン台詞なのに初対面の相手に言われたら寒気がするわね。

 爽やかフィルターを取っ払って解釈すると、『魔王が死ぬより先に主人公が魔王に殺されたら困る』という意味でいいかしら?」


「それもあるけどさ、俺はほんとに君を守りたいんだよ?」


「気色悪い……。」


「あ、酷いなあ。ほんとだよ? なんか、そうしなきゃいけない気がしたんだ。運命、かな?」


その時、雲が晴れたのだろうか。月の光が龍を照らした。

足元に黒い影を伸ばして薄く微笑む姿をどこか懐かしく感じたのはどうしてだろう。

龍はずいっと顔を寄せて言った。


「ね、取引してくれる?」


「断るわ。」


凛が即答すると龍は不満げに言った。


「え−、どうして?」


「言ったでしょう。私は常盤を殺す気はないの。じゃあね、さよなら。」


「え−……」


龍は不満げに呟いた。凛は龍に背を向け、その場から立ち去ろうとしていた。

すると龍はパチンと手を叩いて言った。


「わかった。取引してくれないんだったら無理矢理ついていっちゃえばいいんだ。」


凛は改めて侮蔑の意を込めて龍を睨んだ。


「……あんた、筋金入りの変態ストーカーね。」


「そう? でももう決めたよ。俺、君が嫌って言ってもこっそりついて行くからよろしくね。」


さすがに凛はため息をついた。「これから君をストーキングするからよろしくね!」と言われたようなものである。

厄介な相手に捕まったと思った。加えて相手の能力も厄介だ。力でねじ伏せることはおそらくできない。

しばらく考えてから凛は言った。


「あ−、もういいわよ。こっそりじゃなくて普通についてきなさい。」


「ほんと? 取引成立?」


「違うわ。ついてくるのを認めるだけ。……あいつを殺すかどうかは、もう少し考える時間をくれない?」


凛は上目遣いで少し迷っているふりをしながら言った。ちなみに取引に応じる気は全く無かった。どうせ付きまとわれるのなら目に見える範囲内に居てくれた方が利用方法も対処方法も考えやすいと感じたのだ。

龍は薄く微笑んで言う。


「うん、いいよ。君がそう望むなら。」


龍は左手を差し出した。黒い痣は腕をびっしり覆っていて、手首から先はまだ包帯が巻かれていた。

凛は相手の右手には何も無いことを確認し、相手の表情、体勢を確認し、最後に右手を後ろに回し、ようやく左手を差し出して手を握った。


「よろしくね。」


龍は凛の手を握り返して言った。月の光を背にして、龍は薄く微笑んだ。

二人はお互い握手をして手を離した。龍は鼻歌を歌いながらふらふらと歩き回りながら言った。


「じゃあこれからどうしようか。凛はどこ行きたい? 俺、お腹減ったな−。」


「確かに、こっちも食料の残りが少ないわ。食料確保といきましょうか。たしかアイスクリームショップが近かったはずよ。」


「俺、アイスじゃ足りないよ。」


「大丈夫、アイス以外のものもあるわ。」


「そ−なの?」


「そうよ。」


「そっか。そうなのか−。」


龍は方向を変えて歩き出した。凛は龍の影に身を隠すように後をついてゆく。

ふふふんと、聞き覚えのある曲を鼻歌で歌いながら龍は行く。凛は龍の影の中を歩いていた。

凛はふとこう尋ねた。


「ねえ、もしかして、あなた前に私と会ったことってある?」


フィクションで使い古されたこの台詞を凛自身が吐く時が来るとは思わなかった。


「ううん、知らない。」


龍はふわっと溶けるような声で言い、そのまま歩き続けた。

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