第1部・3
読んでくださりありがとうございます。
最初はゆるゆる行きますよー。
途中からじわじわとガッツリシリアスになる予定です。
洸が去った後も奈々はしばらくポケットに手を突っ込んだまま動くことができなかった。
心臓から聞こえてくる鼓動が鳴り止む気配はまるでない。
奈々の心は締め付けられたような緊張と恐怖が止むことはなかった。
まさか自分が「主人公」で、この赤い世界の全ての人から狙われる存在となるなんて思いもよらなかったから。
きっと、奈々が主人公だと知られれば、誰もが奈々を殺しにかかってくるのだろう。
もしかすると、今隣にいる鏡でさえそうかもしれない。
生き延びられるのは一人だけ。
暗い想像がいつまでも菜々の中を渦巻き続け、動けなかった。
「…どうした、奈々。顔色悪いぞ?」
突然耳に入ってきた鏡の声に驚いて、思わず肩に力が入った。
奈々は右手の甲を見られないように制服の袖で手を隠しながらポケットから手を抜き、あくまで平然としているように装い、笑って言う。
「何でもない。さっきの人が言ってたルール、ちょっと怖いなって思って…」
精一杯の一言だった。
鏡は心配そうな表情を消さなかった。
きっと、相当酷い表情をしていたんだろうなと菜々は思った。
当然だ。自分が殺されるゲームをしなければならないとわかって、落ち着いていられるわけがない。
これからどうすればいいだろう。ここで立ち尽くしていてもどうしようもない。
それにここは目立ちすぎる。入場口の前には高い建物も菜々たちを隠してくれそうな茂みもない。
とりあえずどこかに移動した方がいいだろうなと菜々は思った。
「ねえ、とりあえずどこかに移動しない?
ここ、目立つし…」
「たしかにそうだな。」
そう言って、鏡と菜々は歩き始めた。
ジェットコースターや、メリーゴーランドなど、辺りにある遊具は全て金属部分が錆びていて、赤茶色の何かで酷く汚れている。
遊具の周りには、使われなくなった鉄パイプや何かの破片などが散らばっていて、遊園地が本来在るべき明るく楽しそうな様子はどこにもない。
むしろ、恐ろしささえ感じるくらいだ。
居心地の悪さを感じつつも、そんな寂しい遊園地の中を若干急ぎ気味で菜々と鏡は歩いていく。
コーヒーカップの横を通り過ぎ、ジェットコースターのレールをくぐる。
そして二人は何かの売店らしき建物の裏へと駆け込んだ。
「…気味…悪いね。」
駆け込むとすぐに菜々はつぶやいた。
鏡も「そうだな。」と曖昧に返事を返す。
恐怖のせいか緊張のせいか、少し走っただけで菜々は足に酷い疲労感を覚えてその場に座り込んでしまった。
これからどうすればいいのだろう。
辺り一面の赤色に逃げ場なんてない。
この間にも、「主人公」を探して殺そうとしている人がいるかもしれないと思うと立ち上がることさえ恐ろしくなる。
どうすればいいだろう。というかまず、鏡に自分が「主人公」だということを教えるべきなのだろうか。
鏡は奈々が「主人公」だと知ったらどうするだろう。
気にせず、今までどおり、奈々に協力してくれるだろうか。
それとも……
「奈々、後ろ!」
突然鏡が叫んだ。
奈々が驚いて振り返ると、そこには見たこともない動物が一体、こちらを睨みながら唸り声を上げていた。
見た目はとても大きな犬のようだが、毛の色が青く、牙が妙に大きめで爪も普通の犬より明らかに鋭い。
おまけに尻尾が二つに分かれている。こんな犬、現実的に考えているわけがない。
目の前にいるものの奇怪な姿に恐怖で足がすくんで立ち上がれない。
その生き物は低い唸り声を上げながら一歩一歩奈々に近づいてくる。
その目は明らかに獲物を狙う目だった。
逃げなきゃ。そう思った瞬間、素早く鏡が間に入り、持っていた竹刀を振り下ろした。
その生き物はひょいと後ろへ下がってそれを避けた。
「チッ、避けたか…」
鏡はそうつぶやいた。
奈々はその生き物が遠ざかったのを見て少し安心した。
そして、鏡にお礼を言おうと顔を上げた時、奈々はあることに気づいた。
奈々は鏡がさっきあの生き物に振り下ろしたものは鏡が持ってきた竹刀だと思っていた。
けど、今鏡が持っているものは違った。
長い棒状のものであることに変わりはない。だが、本来竹の棒がついているべき部分についているものが普通と違う。
美しい銀色に輝く金属製の鋭い刃だった。
奈々は驚いて鏡が持っているものをもう一度見直す。
しっかりした造りで持ちやすそうな柄、見たこともないくらい鋭い刃。鏡が持っているものは間違いなく竹刀ではなく日本刀だった。
「あの…鏡?
…愚人でも銃刀法くらい知ってるよね?」
「は?何だよ急に。 ただの竹刀だぜ………ってああ!?」
どうやら鏡は自分でも持っているものが竹刀から日本刀に変わっていることに気づかなかったらしい。奈々は呆れてため息をついた。
どうして急に鏡の竹刀が日本刀に変わったりしたのだろう。
そう考えた時、奈々はさきほどの洸の説明を思い出した。
「……そっか、ひょっとして、これが『能力』ってやつなのかな?」
「…は?」
「鏡、さっきのチケット見せて!」
奈々がそう言うと、鏡は戸惑いつつもチケットを取り出した。
奈々はすぐにそれを覗き込む。
たしかあの洸とかいう人は詳しい説明はこのチケットに書いてあると言っていた。
なら、目の前の摩訶不思議な生物のことも、今の竹刀が日本刀に変わったことも、このチケットにひょっとしたら何か書いてあるかもしれない。
そう思った奈々はチケットに書いてある大量の説明に目を通し始める。
そして、少しして奈々は鏡の「能力」に関する説明を見つけた。
「えっと…『剣士』。
発動することで竹刀を日本刀に変えることができる。…だって。」
「…それ、『武士』の間違いじゃねえの?」
ごもっともだ。日本刀なのになぜ剣士なんだ。
そう思ったけど口には出さなかった。
続いて更に下の方に目の前の生物のことらしき説明があったのでそれを読んでみた。
「へえ…『ケモノ』っていうらしいよ、あれ。」
「…そのまんまだな。」
だが読み進めているうちに今ここでぐずぐずしている場合ではないということもわかってきた。
ケモノはどうやら人肉や人の血が主食らしい。
このままでは、あのケモノは奈々たちに襲いかかり、食おうとしてくるだろう。
すでに先ほど鏡が攻撃しようとしたケモノは大勢を立て直し、こちらを睨みながら威嚇しているところだった。
ケモノは今にも襲いかかってきそうな勢いで一歩一歩近づいてくる。
これ以上呑気に説明を読んでいる暇はなさそうだった。
「ねえ、さっき能力ってどうやって出した?」
奈々は鏡に聞いた。
鏡は困った顔で言う。
「そう言われてもわかんねえよ…」
「うわ、自分でやったくせに…霊長類の片隅にも置けない愚かさ…」
「……酷ぇ。」
能力の発動の仕方がわからないと知り、奈々は少し焦った。奈々の能力が何かまだわからないが、おそらく能力が使えないと目の前のケモノに太刀打ちする術がないし、鏡一人に任せるわけにもいかない。
路地の出口もケモノの背中側だし、とりあえずこのケモノを追い払わなければどうしようもなかった。
どうすればいいだろう。今すぐ能力を使いたいのに。
そう思った時、左手の方が急に明るくなるのを感じた。
奈々は驚いてそちらを向く。
そして、奈々は何故か自分の手のところが光り輝いていることに気がついた。
驚いたのもつかの間、すぐに光は消え、気がつくと奈々は左手に銀色の刃で、持ち手が赤い巨大なチェーンソーを握っていた。
「…なんか、使いたいって思えば発動するみたい。」
奈々がつぶやくと同時に目の前で威嚇を続けていたケモノが突然飛びかかってきた。
奈々と鏡は慌ててそれを避ける。
ケモノはすぐにこちらを向き直し、またこちらを睨む。どうやら、もう待ってはくれないようだ。
「くそっ、とりあえずこれ追っ払うぞ!」
「う、うん!」
二人がそう言うと同時に、ケモノの方もまた奈々たちの方に飛びかかってきた。