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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
39/45

第2部・3

凛はすぐに常盤から離れ距離をとる。常盤の右手に握られているものを凛は見逃さなかった。


「さっすがぁ、お前の神経はいつもギンギンだねぇ。」


常盤は袖の奥に隠していた折り畳み式のナイフを取り出し、刃を出してぶらぶら揺らした。凛はもう一度常盤の左手を確認する。甲に蛇のような模様があった。

この世界に来た時に貰ったチケットに書かれた内容が正しければ、手にそのような模様のある人など二人しか居ないはずだ。

片方は他でもない凛自身。常盤の配役は勿論そのもう片方だろう。


「その左手の刺青、あなたが『魔王』ってことでいいのかしら。」


「ぴんぽーん、よくわかったねぇ! ご褒美に飴ちゃんやるよ。」


足元に投げられた棒付きキャンディを蹴飛ばして、凛はペンライトを常盤に向けて警戒する。

目の前に敵が居るというのに常盤は棒付きキャンディを舐めながらナイフで遊ぶだけでこちらに危害を加えてくる様子はない。

数人を寄越して凛をおびき寄せたにしては緊張感が無さ過ぎた。


「刺青を見せびらかして宣戦布告したくせに、私よりキャンディに夢中ってわけ?」


「いやぁ滅相もない! 俺は『主人公』に会いたくてウズウズしてたんだよ!

 お前だってそうなんじゃないのぉ。『魔王』を殺したくてウズウズしてたんじゃないのかい?」


「生憎と、私は『魔王』殺しに興味無いのよ。そういうことなら私はすぐに帰らせてもらうわ。」


凛はペンライトの先を常盤から背けずに少しずつ距離を広げていき、元来た階段の方へ向かう。

少し離れたところにジェットコースターの操作室があり、常盤の向こう側には塗装が剥げたジェットコースターがある。凛の足元には先ほど返り討ちにした男性が血を流して横たわっている。

周囲に他に敵が居る様子はなく、今近くに居る敵は目の前の常盤だけのようだった。

常盤はまだ遊びを止める気配はない。この状態なら常盤が突然攻撃体制に入ったとしても、身体のどこでも一瞬で撃ち抜ける。

たとえ常盤が銃を持っていたとしてもこちらの方が早いだろう。このまま何事も無くこの場を去りたかった。


「つれないねぇ。せっかくなんだからさぁ、一緒にジェットコースターでもどうだい、凛ちゃぁん。」


「遠慮しとくわ。私のタイプの男は二次元にしかいないの。」


その時突然ゴボゴボと泡が立つような音がし始めた。音の出どころは凛の足元に横たわる敵の亡骸だった。

倒れた男性の腕、脚、頭部が変色して風船のように肥大していく。

何かが起こる。凛は素早く亡骸から離れた。


唸るような音と共に退路は奪われた。遺体は熱と光を伴って爆発しジェットコースター乗り場の出入り口を炎で染め上げた。

理解しがたい状況だが自分の目を疑うより現状突破が先だ。今の爆発の隙にジェットコースターの近くの常盤の姿が無くなっていた。

数本のペンライトを構えて周囲を見回すが姿はない。するとジェットコースター乗り場の下の方からひたひたと音がしたので凛はフェンスから下の様子を確認する。

さすがに凛も背筋に悪寒が走った。数人の人が階段からジェットコースター乗り場の端に飛びつきよじ登ろうとしていた。

くねくねと奇怪な動きでフェンスにしがみつき目に光はなく瞳が不規則に泳いでいて、口元からだらしなく涎が滴っていた。

その中の一人の顔が黒いあざのようなものでびっしり覆われているのが気になった。

とにかく明らかに正気ではない。凛は能力を発動しペンライトで手を撃ち抜きよじ登る人々を地に追い返す。

撃ち落とされた人々は階段を転がり落ちた後、先ほどの遺体と同じように手足が肥大化してから火柱と化した。

さすがにこれは気分のいい光景ではなかった。


「気に入った? 人間爆弾。」


ペンライトの先を後ろに向けて太ももの高さでスイッチを入れる。敵はすぐ背後に。

だが脚の肉が焼けても全く相手が怯まないのは予想外だった。振り向く間もなく脇腹に痛みが走りシャツが濡れていく。

続けて肩を掴まれ鳩尾に拳が入りそうになったが足首を蹴飛ばしバランスを崩した隙に振り払うことでなんとか窮地を逃れた。

切られた脇腹を押さえながらジェットコースターの方へ逃げて体勢を整える。

ナイフを手にした常盤の顔つきを見て今度は一瞬の油断も許されないと感じた。


「やっぱ大人しくついてきてはくれないか。じゃあちょっと手荒にやらせてもらうよ。」


話をする余裕も与えず常盤は真正面からナイフを手に突っ込んでくる。

凛は落ち着いて手元、脚を狙ってペンライトで撃つ。バカ正直に突っ込んでくるので狙いはつけやすかった。

だが撃った後が問題だった。脚を撃ち抜き、間違いなく血が流れているのに相手の勢いは全く衰えなかった。

手を撃つがナイフが落ちることもない。距離を詰められないよう凛は後退してジェットコースターに飛び乗る。

続けて常盤もジェットコースターに飛び乗る。ペンライトで牽制しつつ凛は機体の先頭側へと移動する。

この状況はまずい。どういうからくりだかわからないが手足を撃っても相手が全く怯まないのなら、逃げるか殺すか以外道はなかった。

だが逃げ道は炎の海、頭を撃って即死させることは可能だがそうするわけにはいかなかった。

最善の道は別の逃げ道を見つけて逃げることだろう。周囲を見回したところ、どうも操作室から別の場所に出る扉らしきものがあるように見えた。


すると突然機体が音をたてて揺れた。最悪の可能性が頭をよぎる。

そのまさかだ。ジェットコースターが動き出したのだ。常盤はこの事態を予測していたかのように動揺せず凛に近づいてくる。

最初の爆発の後常盤が姿を消したのは操作室でジェットコースターが動くよう仕掛けをしたから、といったところだろうか。

凛が乗っている車両はもう乗り場から離れ、坂を登り初めていた。左右を見れば地面は遥か遠くにある。凛が助かる道は常盤の向こう側にしか無い。

頂上まではまだ時間があるが機体がレールを登っていく音はカウントダウンのように耳に染みていく。

シートベルトもせず座席の上に立った状態で百メートル近くを一気に落ちればどのようなことになるかは想像がつく。

頂上にたどり着く前にジェットコースターの最後尾にたどり着き機体から降りなければならなかった。


凛は銃を取り出して常盤を牽制しつつ一つ後ろの席に移る。常盤は最後尾から動く様子は無かった。まるで凛が動くのを待っているようだった。

様子を見つつもう一つ後ろに移るがやはり常盤は動かない。さて、このまま何も考えず最後尾まで行けば相手の思う壺だろう。

悔しいが男女の体格差や持っている武器の種類などを考えるとどうしても接近戦ではこちらが劣る。

何か使えるものは無いかと凛は鞄の中を漁る。パンの袋、折り紙と筆記用具、ライターと化粧品の入ったポーチ……使えそうなものはあまりなかった。続いてポーチを開ける。めぼしいものは無いかと思ったが一つだけ面白いものがあった。

除光液だ。しかも新品で量もそれなりにある。凛は除光液の蓋を開けるとそのまま先頭の席に容器ごとぶちまけた。

凛の脳裏に先ほど常盤が言った言葉が蘇る。その言葉を確かめながら凛は隠れるのを止めて座席の上に立った。


「意気地なし。休んでないでかかってきたらどうなのよ。」


すると後ろから除光液独特のエタノール系の香りが漂ってきた。その香りは後ろにまで漂ってきて常盤のところまでたどり着いたようだ。


「うわっ、やだねこの匂い。何かやったの?」


「ちょっとね。」


常盤は顔を出した。凛はまだ手は出さず前の方車両から常盤を見下ろす。

坂を登るジェットコースターの上では先頭に近ければ近いほど相手より高い位置に居ることになった。

頂上までのカウントダウンも残り僅かだった。上り坂の終わりは近い。

凛は常盤から見えるようにライターを取り出した。常盤の表情に心なしか余裕が無くなってきているのがわかった。


「何ぶちまけたの?」


「知りたい? 除光液よ。爪のお手入れを欠かさない女の子の必需品。」


凛はライターをカチカチ鳴らした。小さな火が揺れた。


「知ってる? 除光液ってよく燃えるのよ。」


凛が先頭車両に向かって火のついたライターを投げようとした瞬間、常盤が動いた。

五つはあった座席を一気に乗り越え乱暴に左手で凛の腕を引きライターを奪って投げ捨てた。

凛は常盤が腕を引く力を利用し、常盤を先頭側に押しやり自分は後部席側へと動く。二人の位置が逆転した。

凛はそのまま最後尾へと走り抜ける。常盤が後を追う。


急にジェットコースターが止まったように感じた。進行方向を見てももう坂はない。頂上にたどり着いたのだ。

一瞬動きを止めた後、徐々にジェットコースターは速度を上げていく。この状況で完全に落ちだしたら振り落とされる。

遂に最後尾にたどり着き機体からレールに飛び降りようとした時、ブレーキがかかった。

常盤が左手で凛の長い髪の先をつかんでいた。凛は舌打ちして銃を取り出す。その時常盤の右手の中指の爪が赤く光った。

体の一部分が赤く光るという現象を凛は何度か見ていた。それは大抵自分の能力を発動する時。

常盤の右手が近づく。凛は常盤の頭に銃を向けた。銃声が鳴る直前、咄嗟に常盤は髪をつかんだ手を離して身を屈めた。


その時ジェットコースターが落ちた。猛獣が唸るような音をあげて地に飛び込む直前、最後部で立っていた凛は倒れこむようにレールの上に振り落とされた。

ジェットコースターから降りられたもののこの姿勢で怪我無く着地はできないかと思われた。


突如ジェットコースターの音が消えた。


その後何が起こったかしばらく凛は理解することができなかった。

最初にわかったことは目を上げると空が見えるということだった。どうやら寝転んでいる状態らしい。

だがどうも凛が居るのは固いレールの上ではないようだった。むしろ柔らかい。

そしてどうも凛は寝転んだ状態のままゆっくりとだが移動しているらしかった。

それから視線を横に移すとすぐ近くに見知らぬ人の顔があった。この時ようやく凛は異常事態であることを察した。


「誰!?」


上体を起こそうとして凛はやっと現状を理解した。見知らぬ人が両腕で凛を抱えた状態でジェットコースターのレールを降りている。俗にいうお姫様抱っこというやつだ。

とりあえず命を取られる危険は無いようだが、理解不能な展開に凛は混乱していた。


「あ、気づいた。ちょっと動かないでね。離れたら君も止まっちゃうから。」


凛を抱えている少年が言った。周囲を見回して少年の言った言葉の意味を理解した。

少年が下っているのと反対側の坂の途中で先ほどのジェットコースターが静止していた。現実的にはあり得ない状況だ。別のところを見ると鳥が空中で静止しているのが見えた。

凛は改めて少年の顔を見た。目が赤く光っていた。つまりこれがこの少年の能力というわけだ。

金髪でそこそこ整った顔立ちでどこか虚ろな目をした少年だった。

凛は少年に今の正直な心情を言った。


「……どうしてこうなった?」

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