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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
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第2部・孤独な人々の物語・1

第2部・孤独な人々の物語




『これを読む人が誰かはわかりません。

けどもしあなたがこれを拾ったのだとしたら…一度、この内容を心に留めておいてください。


この世界について私が気づいたことを記しておきます。

なぜなら、この世界から抜け出すためにはまずこの世界を知ることが必要不可欠だと思うからです。

敵を知らずして立ち向かうことはできません。



これを読む全ての「登場人物」に告げる。


この世界に秩序なんてない。


あるのはいくつかのルールと閉鎖的な空間だけ。


そんな場所に閉じ込められて、理不尽なゲームなんて冗談じゃないでしょう?


私達はいわば闘技場に閉じ込められた奴隷。

ドールハウスのお人形。


私達がすべきことは『魔王』を倒すことでも『主人公』を殺すことでもない。

私達を見下ろす人々のもとにたどり着くこと。


これは一つの告発文書。

後のゲームの登場人物に託します。

どうか、私達を見下ろす人々に一泡吹かせてやってください。



あんただって、いつまでもお人形は嫌でしょ?




◇ ◇ ◇




アトラクションの裏の狭い小道。暗くて冷たい空気。敗北者を終焉へ導くような暗闇が奥へ奥へと伸びている。

曲がり角すらない一本道。だが後ろには行けない。

ガチャガチャと銃をわざとらしく鳴らす音が後ろから聞こえた。

暗い暗い一本道。1人の少女が駆け抜ける。外見は中学生くらい。艶のある長い黒髪を二つに束ねていて、目は綺麗なブルー。フランスかどこかの白人かと思うような色白の肌。

顔つきは幼いが、目が大きくて可愛らしい美少女だった。

少女は息を切らしながら通りを駆け抜ける。

気味悪いくらいに静まり返った世界の中、小さな足音を息を切らす音が響く。

足音ってこんなに大きなものだったっけ。そんなことをふと思いながら少女は駆ける。

もう一つの足音は確実に少女に迫ってきているから。

だが逃げることは許されなかった。少女は急に立ち止まった。暗闇の果てに見えたものは高くそびえ立つ塀。逃げ道のない行き止まり。

顔をあげるとジェットコースターのレールが遊園地じゅうに伸びているのに少女が行ける場所はどこにもない。

そんな少女に追い討ちをかけるように大きな足音が少女の後ろで止まった。

おそるおそる振り返ると、そこには30歳くらいと思われる男性が銃を片手に笑っている。

うさぎを追い詰めた鷹のように、勝ち誇ったように笑って言った。


「ようやく追い詰めた。残念だったなァ嬢ちゃん?」


男は一歩ずつ少女に近寄る。手には一丁の銃。

少女は後ずさりするが後ろには壁しかない。

まるでネズミ取りにかかった愚かなネズミのよう。なすすべもなくぺったりと壁に張り付き、弱々しく声をあげた。


「や…止めてください。お願いします、殺さないでください。」


だが少女の声はとどかない。

男は乱暴に少女の右腕を掴み、手の甲を見た。

剣をかたどったいれずみがしっかりとある。

男は銃口を少女の顎にねじ込む。少女の表情が歪むが男はただ笑うだけ。

下品な笑いが消えることはない。抵抗しない少女に男が言う。


「なあ、あんたこのイレズミの意味わかってんの?

 あんた『主人公』なんだよ。あんた殺せば俺はここから出られるんだ。

 こんないかれた世界から出られるんだよ!」


少女の髪を掴み、銃の引き金に指をかける。

『主人公』を殺すために。いかれたゲーム盤を制するため。

そして、あざ笑うように男は言った。


「嬢ちゃん、何か言い残すことはあるか?」


少女は何も言わずに俯いていた。はりつめた沈黙が流れる。

風の音が聞こえるくらいに静かだった。

諦めた。そう思ったのか、男は高笑いして言った。


「ハハハハ!じゃあな嬢ちゃん、さよーならァ!」


その時だった。

引き金が引かれるより先に肉が焼け焦げるような音と一つの声がした。

先ほどの弱々しい声とは違う。凛とした強い声だった。


「そうね、私もあんたみたいな阿呆とは早くお別れしたいわ。」


その途端、急に男の表情が変わった。目が急に大きく見開き青ざめる。

ガシャンと重たい音。男の手から銃が落ちた。

そしておそるおそる男は自分の太ももを見た。


一筋の光が男の太ももを貫通していた。光が通っている部分の肉は黒く焼けこげていた。

そして、男はその光が始まる場所を見た。はじまりは一本のペンライト。そしてそのペンライトを握っているのは目の前の『主人公』だった。


「あああああああああああ!熱…いたい…うあああ!」


男は太ももを押さえながらその場に崩れ落ちて叫んだ。

苦しみもがくが、それでも救いは来ないのがこのゲームの定め。その途端、男は何か固い鈍器のような物で頭を殴られ地面に叩きつけられた。

頭からだらだらと血が流れ出す。ぽたりぽたりと滴り落ちてコンクリートを汚した。

頭を押さえ、血まみれの自分の手を眺めた途端、男の表情が豹変した。

腹が立ったのか、男は舌打ちして鬼のような顔をして足掻いて立ち上がろうとしたが、間髪入れずに銃声が二発響く。

二発の銃弾は男の臑と腕をえぐる。男はもう立ち上がることもできない。そしてとどめを刺すように何者かの足が男の頭を地面に叩きつけた。

男は頭を押さえつける力に耐えながらその足の持ち主を見上げる。男の顔には驚愕の二文字が現れていた。

月夜になびく黒髪。右手には元は男のものだった黒い銃。左手には真っ黒いペンライト。

黒豹のように、動かずこちらを見つめている。

月の光が映し出したその人物は先ほどまで怯えて縮こまっていたはずのあの少女だった。

弱々しい姿はもうどこにもない。鋭い目で男を見下ろし、頭を踏みつけていた。


「悪いけど『嬢ちゃん』じゃないわ。成人式には一応出たのよ?」


少女が男を踏みつける力が強くなる。

男は必死で抵抗し、まだ無傷の左手で少女の足を掴みこもうとするがまた銃声が。

全ての手足を打ち抜かれた男に抵抗する手段はもう無かった。

男の表情はみるみる青ざめ、先ほどまでの下品な笑いもどこかへ消え去った。それこそネズミのような、震えた声で言った。


「や、止めてくれ…こ、殺さないでくれ…!」


少女の目は動かない。

そして男の上着のポケットを漁り、ナイフ二本と未開封の菓子パンを取り出した。


「な、何すんだ…」


「当たり前よ、頂いていくわ。死にたくないのでしょう?」


少女は銃を構えたまま答えを問う。男は震えながら頷いた。

すると、少女は言った。


「なら、それはこちらも同じ。

 死んでなんてやらないわ。それが人の性というものよ。」


男はますます震え上がり、か細い声で言う。

お願いします、殺さないでください、何でもしますから…と。全くあほらしかった。


「殺さないでやるわよ。醜いオジサン。

 あんたを殺しても、お人形で遊んでいる連中は現れないものね。」


そして少女は男の頭を蹴飛ばした。

男は怯えた目で少女を見たがもう抵抗する素振りは見せなかった。

哀れな人だ。この世界の人々は大抵そう。

冷静さを失い、自分の身の安全を一刻も早く確保しようと手を汚す。

その行為こそ、泥沼にはまっていく原因とも気づかずに。

少女は奪ったナイフと菓子パンを鞄にしまい、無言でまた暗い小道を引き返そうとした。

すると、男は少女に尋ねた。


「あんた…何者だ?

 戦闘慣れっぷりも判断力も…普通じゃない…」


母親譲りの白い肌と青い目を月が照らす。

少女は振り返って言った。


「…私?私は五十嵐凛。ただの『主人公』よ。」


それを聞いた男の顔が今までよりもいっそう青ざめた。

ガタガタと震え上がりながら男は凛を指差した。


「五十嵐凛って…まさかあんた…あの五十嵐レイの…」


母親の名前が出た途端、凛はペンライトを再び男に突きつけた。

今までとは違う。異様な鋭さの目で男を睨んだ。


「死にたくないのならこれ以上口開かないことね。」


男は震え上がりながら頷いた。

凛は男に背を向けて再び寂れた世界へと歩き出す。

行く先はまだ知らない。何が起こるか誰と出会うか。

そして、孤独な人々の物語が始まった。


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