表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
32/45

第1部:31

「ここで終わらせてやるよ。これでようやく、この世界から出られる。」


嘘つき。嘘つき。信じていたのに。

どうして人は裏切るのだろう。最初は優しいふりして最後には酷い結末で自分のことを見捨てていく。

それでも何度でも信じることを忘れないようにしてきた。

けれどもう…限界。


「嘘つき。裏切り者。もう…容赦しない!」


奈々はチェーンソーのスイッチを叩いて駆け出した。

慎の銃声と奈々のチェーンソーの音が激しく重なり合う。

銃弾を部屋の置物などに隠れて避けながらじりじり距離を縮めていく。もう後戻りできない。話し合いなんて通用しない。

銃弾が頭を貫くか、チェーンソーが首を抉るか、結末はどちらかしか有り得ない。

和解も救済も不可能。死以外のあらゆる結末を許さない…それがレデストワールドという世界なのだから。

どうして…どうしてこうなったんだろう?

心の嘆きがこだまして消えた。

その時、慎の銃撃がやんだ。奈々がすかさず走り出す。大きな鏡の裏に来た辺りでまた銃撃が始まった。

こうして近づき、相手が弾切れした時を狙って一気に勝負を決める…飛び道具がない奈々にとってはそれが最善の手だ。

死にたくない。その言葉が頭の中で何度も何度も響いた。

銃撃が止まらない。耳を塞ぎ、しゃがみ込んで丸くなり、恐怖と悲しみに耐えながら激しい音をやり過ごす。

だが、急に銃撃が止んだ。奈々は様子を伺うとすぐにチェーンソーを握って駆け出す。この時を待っていた…弾切れだ。

一気に慎に近づき斬りかかる。だが慎は一回目はすぐに避けた。

銃弾を銃に込めようとするのを防ぐように再び斬りかかる。

慎はまた後ろへ避けてかわす。だが三回目は違った。何かが切れる不愉快な音とぽたぽたと液体が落ちる音。

三回目も慎はかわそうとしたがかわしきれずに左腕から血が流れ出した。

一瞬奈々は反応が遅れた。慎はそれを見逃さない。

慎が『メドゥーサ』の力を使った。

奈々は思わず目をつぶって一歩下がる。だがその標的は奈々ではなかった。赤い閃光は奈々のはるか上を通過した。おそるおそる目を開ける。何も起きなかった。

目の前の慎は左腕から血を流しながら無表情のままこちらを見つめる。

その時だった。上から大きな音がする。見上げた時だった。

更に大きな音に驚いて奈々は思わず一歩後ろに避けた。

その途端、突然重たい音と共に石のシャンデリアが落下する。そして奈々の目の前の床にそれは叩きつけられた。

危うかった。判断が少しでも遅れたらもう生きていなかっただろう。

慎は先ほどの『メドゥーサ』で奈々の頭上のシャンデリアを石化し、石になった重さでシャンデリアが落下するのを狙ったのだろう。


だが、シャンデリアに気を取られたのは失敗だった。

土煙が晴れて、シャンデリアの向こうが見えた時だった。

突然何か嫌な予感がして、奈々は右へ避けた。


銃声だった。一発、二発。大気を貫くような音。

そして引き裂かれるような痛み。どろりと赤いものが左太ももから流れ出しているのがわかった。

崩れ落ちるようにしゃがみこむ。足を庇い、うずくまるが痛みは一向に引かない。

命を落とす程の致命的な怪我ではない。だが、痛みを無視して戦うのは到底無理だった。

怪我をしたのは足だけのはずだがそのショックは全身を駆け巡る。

足の痛みが邪魔してこれ以上動けない。

左足を動かす度に激痛が走る。

痛みに抗うのが精いっぱいで、奈々は後ろから近づく慎の影にも気づかなかった。

じわりじわり、その距離は縮まっていく。

そして、奈々は頬を殴られて地面に叩きつけられた。

起き上がることもままならない奈々の額に慎は銃口をねじ込む。

どうやらシャンデリアが落ちた時にもう弾を入れ終えていたようだった。


「手間かけさせやがって…。まあいい。どうせこれで最後だ。」


心臓の音が大きくなる。

もうどう足掻いても逃げられない。助けも来ない。

もう本当にこれが最後。奈々は恐怖で眼をつぶる。

銃の冷たさだけが伝わってくる。ああ、ここで死ぬんだ。

もう諦めかけていた。だから気づかなかった。

階段を登ってくる音。誰かがやってくる音に。

慎が引き金に指をかける。もう逃げる気さえ起きなかった。

目の前の景色がぼうっとして見える。

終焉の沈黙。奈々は目をつぶった。そして引き金が引かれる…その時だった。


「奈々っ!」


誰かの声。駆けてくる音が聞こえた。

それに気づいた瞬間、何か強い力が奈々を押しのけ、視線の先に一つ影が見えて…。


発砲音がした。一回…二回三回。終わりを告げる鐘のようにその音は響いた。

さようなら。静かに心の中で呟いた。

だが、銃声と共に感じるはずの感覚がない。



何分経っただろう。銃声はもうしない。あるのは凍り付きそうなくらいに冷たい静寂だけ。

奈々は顔を上げた。

痛みがなかったのだ。確かに発砲音はしたはずなのに。

混乱しながら体を起こして辺りを見回す。

そして奈々は正面に慎がいないことに気がついた。

慎がいたのは奈々から少し離れたところ。撃たれる直前に奈々は何者かに突き飛ばされたのだ。

一体誰が…。奈々がもといた場所を見た。


「鏡!嘘でしょ…鏡!」


奈々を庇った人が、一番大切な人が血まみれで倒れていた。


「鏡!馬鹿、何で私なんか…!

 ねえ起きてよ返事してよ…!鏡!

 約束したじゃん…この世界を抜ける方法見つけるんじゃなかったの!?

 ねえやだよ…やだよやだよ死なないで!

 鏡が死んだら私どうすればいいの?誰を信じればいいの?

 鏡!やだ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌あぁぁ!

 …鏡!鏡!やだ…やだ…死なないで!」


狂ったように奈々は叫ぶ。溢れ出る涙を拭くことも忘れて叫んだ。

喉が枯れるかと思うくらいの声。冷静さなんて保っていられない。

けれどどんなに揺さぶっても叫んでも鏡は目を開かなかった。

更に涙が溢れてくる。あのまま、鏡がアホ面で寝ていてくれればよかったのに。

巻き込みたくなかったのに。そんな我が儘はこの世界では通用しない。

わかっていても涙を止めることはできなかった。次々溢れ出て止まらない。

嘘だと思いたかった。目の前の光景もレデストワールドの存在もみんな夢だと思いたかった。

けれど無理だった。奈々の涙も鏡の血も暖かかった。紛れもない現実だ。

鏡はずっと奈々の味方でいてくれた。今の奈々にとって鏡以上に信頼できる人なんて世界中のどこにもいない。その人が今目の前で血まみれで倒れている。

奈々はがっくりと俯きうなだれた。涙は枯れ果ててもう出なかった。

絶望感とぽっかり穴が空いたような空虚な感じ。そしてそれを押しのけて湧き上がってきたのは強い怒りだった。

奈々は自分に問いかけた。鏡をこんな目にあわせたのは、鏡を撃った人は一体誰だった?

ふつふつと湧き上がってくる。強い感情が湧き上がってくる。柄を握りつぶしそうな勢いで奈々はチェーンソーを掴むと鏡を撃った人を睨みつけた。

慎は無表情のまま。悪いと思ってる様子すらなかった。

奈々の眼が裂けそうなくらいに大きく見開き、叫んだ。


「許さない…!もう許さない!

 泣いて土下座しても二度と許してやるものか!裏切り者裏切り者裏切り者!

 鏡の痛み…思い知れ!死ね!死ね!みんな死ねえぇぇぇぇ!」


足の痛みも忘れて奈々は慎の方へ駆け出す。

チェーンソーの激しい音が鳴り出した。同時に慎も銃を構える。奈々は迷わず正面から突っ込んでいく。

撃たれても構わない。どこを撃たれようが何度撃たれようが構わない。何度でも立ち上がってみせる。

この血が一滴残らず流れ尽くしても、鏡の仇を伐つためなら立ち上がってみせる。

奈々は慎に切りかかった。そして、慎は奈々の額に狙いを定めて引き金を…


引かなかった。


チェーンソーの刃はあっさりと慎の首筋に食い込み、斬り裂いた。

鮮やかな朱色が勢いよく吹き出す。重たい銃が床に落ちる。

ぐらりと目の前の慎がよろめく。そしてあっけなく慎は倒れ、紅い血がタイルを汚していった。

奈々ははっと我に返った。今起こった現実が信じられなかった。

振り返り、朱色にまみれて倒れている慎を見る。首筋から血が吹き出している。

どう見ても助かる見込みのある出血量ではない。

でも…


「…なんで…?」


奈々は呟いた。慎は防げたはずなのだ。

引き金を引いていればこんなことにはならなかったはずなのだ。それなのになぜ引かなかった?

怒りは疑問符に変わった。なぜ?なぜ?あれほど奈々を殺したがっていたのに。


その時、慎の目が奈々を見た。もう光を失いかけた目だった。

そしてかすかに唇が動いた。



重たい音がした。奈々のチェーンソーが落ちる音だった。

棒立ちのまま、チェーンソーを拾うこともできなかった。

指も手も動かせない。足に力が入らずにその場に座り込んでしまった。

そして涙だけが音もなく流れた。

慎の今の言葉が蘇った。


「…ごめん。」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ