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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
31/45

第1部・30

風が吹いていた。冷たくて寒い。

紅い空の中にそびえ立つ廃墟の城が目に入る。

窓は割れ放題、壁は苔と蔓で覆われていた。きっと、元は素敵で可愛らしい城だったのだろう。今は見る影もないけれど。

突然内部から爆発音が聞こえた。ゲームの終わりは近い。どうせ結末は決まっている。見る価値もない。

黒園斬は城に背を向け歩き出した。その時だった。殺気を感じ、斬は振り返って『ヘンゼル』で撃った。

カチンと冷たい音と共に弾が弾かれる。斬の表情が険しくなる。

並の殺気ではなかった。ゲーム参加者たちの怯え混じりの殺気なんかではない。

誰のものかはもうわかりきっていた。こんな意志を、ここまではっきり斬を殺す意志を持っている人なんて、斬の知る限りではたった二人。

その内表舞台に出てくるのは片方だけ。斬は目の前に立つ黒髪の青年を見た。

手には巨大な黒い鎌。まるでこの世界の番人のようだった。


「何の用だ…洸。」


洸はにこりと微笑む。不愉快な笑みだ。鎌を持つ手は全く緩む気配がない。


「こんにちは。もう行ってしまうのですか?」


斬の表情が険しくなる。


「…だったらどうした。」


「いえ、なら別れの挨拶をと思いまして。」


いつか帰ってくる獲物として見送られる…これ以上あってほしくない挨拶はない。

斬は洸を睨みつけ、洸は薄い笑みを浮かべた。そして、洸は言った。


「それでは、親愛なる『読者』様、今回の物語はいかがでしたか?」


「何が物語だ。…こんないかれたゲーム。

 兄妹が殺し合う…お前ら好みの残酷で血なまぐさい話だよなぁ?

 …ただの狂った殺し合い。イカれてる。」


斬は洸を睨みつけた。

洸は全く表情を変えずに微笑んでいた。まるで感情のない、ある人のためにただ尽くす人形か何かの用だった。

洸は鎌を構えた。そして言った。


「…やはりこうするしかないようですね。

 理解する気がないのであれば、あなたはただの邪魔者。物語を乱す害虫。

 生かしておく理由はありません。」


さすが速かった。その時洸がいたのは既に斬の背後。そして巨大な鎌を斬に振るう。

斬は素早く避けると二丁目の銃、『グレーテル』を取り出す。

だが洸はすかさずもう一度振るう。撃たせる気がなかった。

なんとかそれを避けた斬は鎌の刃のすぐ横に入り込むとそのまま洸の背後に回る。

あまりに大きな鎌なので隙はあった。

懐に入り込むとまず『ヘンゼル』を一発……だが、洸の鎌によってすぐに弾かれてしまった。

やはり『グレーテル』を使わなければならないらしい。本当はあまり使いたくないが相手が洸となると仕方がない。

斬は洸の攻撃を避けつつ再び撃つチャンスを伺った。超人的な速さで大鎌を振るう洸には攻撃することさえ難しい。

だが斬も伊達に場数を踏んではいない。うまく避けつつ今度は後ろへ回り込んだ。

そして『グレーテル』の照準を合わせて…撃った。

銃弾は洸へと一直線に飛ぶ。だが洸の周りにはこの世界の主の守りがあった。

グレーテルの弾と洸の盾がぶつかり合う。紅の盾と蒼の弾がせめぎ合い、激しく火花と閃光が飛び散る。

眩しい輝きが消えない。二つの意志がぶつかり合う。だが、盾は硬かった。


「この程度で…永遠様のお力に勝てるとでも?」


途端に銃弾の勢いが消えてポロリと下に落ちた。

洸はまだ余裕綽々といった表情で斬に笑いかける。斬は少しだけ思う。ああ、まただ…と。

洸は一歩前に出て、斬は一歩後ずさりした。この世界を支配する『魔女』の力はあまりに強大だった。

目の前の洸がニヤリと笑う。


「可哀想に。せっかくの『グレーテル』…魔女殺しの銃の力が台無しですね。

 …どうやら貴方の限界もそう遠くないようです。」


斬は舌打ちして洸を睨みつける。

洸はただ鎌を手にこちらを見つめる。その姿はまるで罪人を地獄に落とす死神のようだった。

ここは退くべきだ。直感で斬はそう感じた。そして自分の能力を発動させた。

斬の周囲が青く輝き始める。それを見た洸が少し嘲笑うように言った。


「また、逃げるのですね。哀れな方だ。

 ここはレデストワールド。魔女がヘンゼルの為に作り上げた永遠の牢獄。

 さあ、貴方はいつまでもつでしょうね?」


洸の薄気味悪い笑いが消えない。斬はそれをはねつけるように洸を睨みつける。

光の勢いはもう十分強くなった。


「いつまで?それはお前らのこの世界が崩れ落ちる時までだな。」


「逃げ惑う臆病者の台詞とは思えませんね。」


「…もう終わる物語に用はない。次の物語へと進む。それだけだ。」


洸の次の言葉が発せられる前に斬は頭の中で言う。「この世界から離脱しろ。」…と。

その途端に青い光が斬を包み込み、レデストワールドの紅い空は姿を消す。

あの憎らしい洸の姿も光の向こうへ消えた。そして一足先に次の『物語』へと向かう。


「醜い方だ。貴方の体も精神ももうボロボロだってことくらい、こちらも気づいているのですよ。

 さあ…あともう一息ですね。」


洸の最後の言葉は斬には届かなかった。



◇ ◇ ◇



張り詰めた空気を裂くように銃声が響く。壁を片っ端からえぐりながら銃弾が奈々を狙う。

奈々は逃げ惑うだけで精一杯だった。だが慎は容赦なく次の弾を銃に入れる。

けれど奈々もそれを見逃さなかった。すかさず駆け出してチェーンソーを振るった。

慎はすぐにそれを避けた。


「ごめん…お兄ちゃん…あなたを殺します。」


奈々は俯きながら小さく呟く。だって死にたくなかった。

浅ましいことだとわかっている。愚かなことだとわかっている。それでもまだ死にたくない。

慎が奈々を殺して慎の命を守り通すというのなら、奈々ももう同じことをするしかなかった。

できることならもう一度あの澄み渡った青空を見たい。もう一度。

だがそのために自分の兄を殺さなければならないかと思うと胸が痛む。迷いなく突き進むことはできなかった。

だが慎は止まってはくれなかった。銃を真っ直ぐこちらに向けるだけ。


「逃げても無駄だ。何のためにここに誘き出したと思っている?」


慎の冷たい声が胸に刺さる。

冷たい声を聞くたびに「…どうしてこうなったんだろう。」と諦めたように思うのだった。


「そんなに…生き残りたいの?そのためなら誰を犠牲にしても構わないの?」


霧也を陥れ、栄恋を撃ち、奈々を殺してまで。

そこまでして生き残ったところで何が残るというの?


「構わない。何を犠牲にしたって関係ない。」


「どうして…どうしてそんな人になっちゃったの!?

 昔はそんな人じゃなかったのに…信じてたのに…!

 『メドゥーサ』の能力の代償のせい?ねえ…どうして!」


奈々は泣きそうになりながら叫んだ。感情の塊のような声がただ響く。

慎には届かない。どんなに叫んでも嘆いても。

感情のない目は揺らがず、冷たい機械のように奈々を見る。

そして言う。まるで奈々を突き落とすように。


「哀れなもんだな。単純だ。お前が邪魔だったんだよ。

 …信じてた、か。馬鹿にも程がある。 この状況なら誰だってこうせざるおえない。信じたら負けなんだよ。」


信じたら負け。鐘の音のようにその言葉が何度も心の中でこだまする。

そして慎は残酷なくらいに静かに迷いなく、銃口を奈々に向けた。




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