第1部・2
「れで…?何それ…」
何が何だかわからず混乱しながら奈々はおそるおそるそう尋ねた。
奈々たちを取り囲む赤い世界。逃げ出せそうな出口はどこにもない。
不気味な赤い月の光が不安となって体に染み込んでいった。
洸はにこりと笑った。そして話し始めた。
「レデストワールドとはこの世界の名称です。
ここはもうあなた方がもといた世界とは違います。
あなた方はこれからこの世界であるゲームをしてもらいます。
ルールは…」
「ちょっと待て、俺たち何かやらせられるのか?」
鏡が突然口を挟んだ。
双眸を相当細くして、氷のような表情を浮かべ、鏡は洸を睨みつけていた。
奈々はこんな表情の鏡を初めて見た。
相当怒っている、ということだけは奈々にもわかった。
「ええ、そのとおりです。」
洸がにこりと微笑みながらそう言った。
鏡が鬼のような形相で怒鳴り始める。
「ふざけんな!勝手に変なとこ連れてきた挙げ句、変なゲームに参加しろだと!?
何様のつもりだ。俺はそんなゲームに乗ったりしねえからな。」
鏡は荒々しい口調で行くぞと言って混乱している奈々の手を引き、バスから降りた。
それを見た洸はふっと笑った。
洸を無視して二人はバスから降りた。
そしてすぐにバスが通ってきた道の方へと歩き出そうとした。
だがその時、二人は目の前に広がる光景に言葉が出なかった。
何度も目をこすり、もと来たはずの道を見回すけれど、本来あるべき道は現れない。
このバスが通ってきたはずのトンネルがどこにもなかったのだ。
目の前にあるのは、壁のように立ちふさがる遊園地の入場口だけで、その入場口の向こう側のどこまで遠くを見回してもトンネルなんてどこにもなかった。
あまりの光景に奈々は驚きを隠せず、思わず手で口を抑えて数歩後ずさりする。
だが、その時奈々のすぐ後ろから声がした。
「残念ですが逃げることはできませんよ。」
洸の声だった。奈々は驚きすぐさま振り返る。そして奈々が何か言うより先に鏡が奈々の前へ出た。
洸はいつの間にかバスから降りていたようだ。
鏡はさらに洸を睨みつけながら一歩前に出た。
そして、急に鏡の眼光が鋭くなったかと思うと、突然洸になぐりかかった。
「鏡、やめて。」
奈々の声が響くと同時に鏡の拳がピタリと止まった。
鏡が少し驚いたような表情で奈々の方へ振り返る。
奈々は洸の前へ静かに歩いていき、顔を見上げて静かに言った。
「そのゲームについて、説明してください。」
「奈々!?」
鏡が奈々の言動を疑うような顔をした。
洸は相変わらずのすました表情を浮かべている。
「別にゲームに参加するわけじゃないよ。どうせろくでもないものだろうし。
ただ、ここのことについて眼帯ゲス詐欺師の言うことでも聞くだけ聞いておいたほうが脱出の方法だって考えようがあるかなって思ったの。
まがいなりにも人の形してるんだし、教えるだけの言語力はありますよね?」
奈々はさらっとそう言った。
笑ってもいなければ怒ってもいない、ただ、真剣な表情だった。
目の前の状況はどう足掻いても奈々にはわからない。
なら、聞くだけ聞いてみるべきだ。
ここについて何もわからなければどうすることもできないだろうから。
洸は静かに微笑んだ。
「かしこまいりました。
このゲームのルールは簡単です。
ゲームの参加者の中に紛れている「主人公」と「魔王」。そのどちらかを殺してください。」
殺す。その言葉が出てきた時、一瞬だけ心臓の鼓動が大きくなった気がした。
電流が流れたようなショックが体じゅうを流れた気がした。
つまり、人殺しをさせられるのか。
「…な、そんなのやってられっか!」
鏡が再び怒鳴って洸にくってかかろうとする。
「だめ。」と、奈々は小さな声で止めた。
鏡は悔しそうに歯を食いしばって拳を下ろした。
鏡がおとなしくなったのを見て、洸は説明を続ける。
「「主人公」と「魔王」はランダムに参加者の中から選ばれます。
主人公には右手に剣の入れ墨が、魔王には大蛇の入れ墨が左手にあるのですぐわかるはずですよ。
主人公か魔王を殺した人がゲームの勝者となり、残りの方々は敗者となって皆殺しになります。
そして、勝者には褒美として、願いを何でも一つ叶えることができます。
これが大体のルールです。」
奈々と鏡はしばらく言葉が出なかった。
聞き捨てならない言葉のオンパレードだ。
けれど一番問題なのは、生き残れるのは一人だけということ。
どうかしている。それが最初に思い浮かんだことだった。
奈々は本気で人殺しをするなんて今まで考えたこともなかった。
冗談で「死ねよー。」などと言ったことはあったが、本気で殺意を抱き、凶器を持って誰かを殺そうなんてしたこともなければしようと思ったこともない。
大抵の人は普通そうだろう。
そんな非日常的で残虐なことをゲームの勝利条件にするなんて。
目眩のするような思いで奈々は立ち尽くしていた。
しばらく黙っていた鏡がふっと鼻で笑って言った。
「はっ、くだらねえゲームだな。
俺はそんなゲームには乗らねえからな。
くだらねえルールに縛りつけられるのは嫌ぇなんだ。」
「そうですか、ではご勝手に。」
鏡の言葉に洸はさらりとそう言った。
まるで、何をしても無駄とでも言うようだった。
続けて洸は説明を続ける。
「ああ、あと「能力」について説明しないといけませんね。
このゲームでは一人に一つ特殊な能力が与えられます。
大抵が現実ではありえない能力です。
使い方は参加者の自由で、何度使ってもなくなったりしませんが、中には使う時に代償を払わなければならない能力もあるのでご注意ください。
あとの詳しいことはあなた方が持っているチケットに大抵のことは書いてありますので、そちらをお読みください。」
「チケットだぁ?」
「ポケットに入っているはずですよ。」
洸は笑いながら答えた。
あるわけない。鏡は完全にその言葉を信用していない顔をしていた。
馬鹿にしたような顔で鏡はポケットに手を突っ込んだ。
だが、鏡がポケットに手を突っ込んだ瞬間、その表情が見る見るうちに青ざめていくのがわかった。
そして、ポケットから出てきた鏡の手には確かに一枚のチケットが握られていた。
「嘘だろ…」
ありえないものを見るような表情で鏡はつぶやいた。
洸は驚いた表情もだから言ったのにと見下すような表情もせず、ただ軽く微笑みながらその様子を眺めていた。
鏡のポケットにあったのなら自分のところにもあるのだろうかと奈々はふと思った。
奈々は右手をポケットの中に突っ込んでぐるぐると動かしてみた。
するとすぐに紙切れのような何かに手が当たった。
おそらくこれがそのチケットだろう。先に鏡がそのチケットを見つけたからかそこまで驚きはしなかった。
そのチケットをつかんで手をポケットから出す。
だが、奈々の表情が変わったのはその時だった。
右手の甲にインクで書いたような黒い剣の入れ墨があった。
奈々は先ほどの洸の説明を思い出して青ざめる。
…「主人公」は自分だ。そう奈々が気づいたとき、奈々はすでに手を再びポケットに突っ込んでいた。
「…どうした?」
「ううん、何でもない。
私のとこにもチケットあったからちょっとびっくりしたの。」
奈々は無理に笑顔を作りながら心配する鏡にそう言った。
主人公が奈々だと知ったら鏡はどう思うだろう。どうするだろう。
そう思うと、この手を鏡にには見せられなかった。
「それでは、説明は以上です。
健闘を祈りますよ。」
洸はそう言うと、一つ笑って、どこかへ行ってしまった。
健闘を祈ると、そう言われたけれど、奈々の心は落ち着かなかった。
鼓動はどんどん大きくなるばかりで、周りの赤色全てが目となり、奈々を狙っているのではとさえ思った。
心臓の鼓動はまるで奈々に言い聞かせるように響き渡った。
お前は、殺される立場だと。