表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
26/45

第1部・25

冷たい静寂が辺りを包む。

空気が肌寒い。目の前の霧也は銃口を真っ直ぐ奈々の顔に向けていた。

霧也の裏切り。それはもう紛れもない事実。

奈々は敵を見る目で霧也を見つめた。

低い声で尋ねる。


「竹内君どうして私達に何も言わずに立ち去ったの?

 …そして、どうして五月原栄恋のところにいるのかなぁ。ねぇ、裏切り者さん?」


「川崎さん…これは…その…」


「私と鏡を騙してほっぽりだし、私達を襲撃した五月原栄恋の所に行き、挙げ句の果てに私を撃とうとしたくせに今更言い訳?」


霧也は口をつぐんだ。

言い返せないということか。

それを霧也の後ろで見ていた栄恋がフッと鼻で笑った。

奈々が栄恋を睨む。

栄恋はメモ帳にこう書いた。


『私が呼んだの。』


栄恋は右手にメモ帳を、左手は後ろに隠していた。

奈々は見逃さなかった。隠している左手に手榴弾が握られているのを。

栄恋の目が言っている。「あなたをおびき出すために。」と。

奈々はチェーンソーを強く握って栄恋の方へ駆け出す。

栄恋が握っている手榴弾を弾き飛ばそうとした時だった。

霧也が奈々の前に立ちはだかった。そして銃口を奈々に突きつける。

その動作はあまりに早く、奈々はチェーンソで防ぐ体勢を取れなかった。

奈々は霧也を睨んだ。怒りだけが奈々の中で燃える。


「ごめん…。」


霧也が呟く。怒鳴ってやりたい。殴ってやりたい。

約束したくせに。三人でここを抜け出すと約束したくせに。

嘘つき。裏切り者。そんな言葉だけが奈々の頭を駆け巡る。

だがもう奈々は抵抗できない。銃口は奈々の目の前にある。一瞬でも動けば殺されるだろう。

奈々は泣き出したかった。こんなことでこんな所で死ななければならないのだろうか。

霧也の後ろにいる栄恋の口元がニッと上がる。

栄恋の唇が動いた。声のない声が言う。「さよなら、ナナさん。」と。

その時、誰かが歩いて階段を降りてくる音が聞こえた。栄恋のはるか後ろにある階段からだ。

足音はどんどん近づいてくる。

そしてその姿が現れた。川崎慎の冷たい瞳が奈々を見ていた。

その途端栄恋の表情が嬉しそうに変わる。

慎は手に黒光りする銃を握りながらこちらに一歩一歩歩いてくる。

もう駄目だ。全ての希望が消えた気がした。

栄恋が慎の所に駆け出す。

そして栄恋が慎の前にたどり着いた時だった。

奈々も、おそらく霧也も予想しなかった事態だった。


強烈な発砲音。鮮血の飛び散る音。二つが同時に響き渡る。


何かが倒れ込み、床に叩きつけられる。鮮やかな朱が床を浸食する。

それは血にまみれた歌姫。先ほどまで笑っていたあの栄恋の姿だった。

栄恋の左肩から流れ出す血、開かない瞼。

床に横たわる栄恋は全く動かない。

そしてその足元には煙をあげる銃を右手に、冷たい瞳で血まみれの仲間を見下ろす慎がいた。


「栄恋っ!嘘だろ…栄恋!」


霧也が狂ったように叫ぶ。

霧也のこんな姿、初めてだった。

栄恋のもとに霧也が駆け寄ろうとした時だった。

慎の目が霧也を捉えて赤く輝いた。

その途端、パキパキと冷たい音が鳴りだした。

そして目の前でそれは起こった。

霧也の足が灰色に変わる。そして、霧也が抵抗する間もなく全身が灰色に。

動かなくなる霧也。もうそれは人ではなく、霧也の形をした石像だった。

奈々は思い知った。これが『メドゥーサ』の能力の恐ろしさだと。

ショックが抜けない。たった数十秒。この城は惨劇の場へと変わり果てた。

栄恋も霧也ももう動かない。

動けるのは奈々と、慎だけ。『主人公』と『魔王』だけ。

遠くにいる慎の目は鋭い。

霧也と栄恋には目もくれない。冷たい眼孔が奈々を貫く。

そして、慎は銃を奈々に向けた。


「馬鹿ばかりだな。自分が騙されていたことにも気づかないとは。お前も、こいつらも。

 おかげで俺はやっとお前を殺せる。」


慎の冷たい声が奈々を突き刺す。

やっとのことで声が出た。


「…竹内君はいつから…」


慎は鼻で笑って言った。


「本当に間抜けだな。

 最初からだよ。お前たちが竹内霧也と会った時からずっと、あいつはお前を裏切っていた。

 おかげでお前たちの居場所がわかったし、お前を誘き出すことができた。」


奈々は俯く。一言で言って悲しい。

チェーンソーを握りしめ、更に尋ねる。


「どうして五月原栄恋まで撃ったの?」


「あいつは竹内霧也を利用するための餌だ。

 あいつを利用する理由はもう無い。

 用が済んだものは早く片付けた方がいい。放っておくと何をしでかすかわからないしな。」


奈々は更にうつむく。今にも泣き出しそうだった。

こんな人ではなかったのに。昔はとても優しかったのに。

失望と怒りが渦巻く。泣きたいのか怒鳴りたいのかわからなかった。

慎は容赦なく銃を突きつける。


「…終わりだな。」


だが慎が銃を撃つ前に奈々は駆け出した。

同時に銃声が響き、奈々が居た場所の後ろの壁にひびが入った。

慎は奈々を追いかけた。奈々は追いつかれないように逃げる。

そして横たわる栄恋の後ろに見える階段を駆け上がり始めた。

涙をこらえてただ駆ける。

そして、『主人公』と『魔王』の決戦が始まった。



◇ ◇ ◇



最悪の目覚めだった。今日の目覚まし音はどきつい銃声だった。

コンクリートの上で大の字になって寝ていた鏡は飛び起きた。

幸い怪我はどこにもない。安心してため息をつく。

夢かとおもったが残念ながら夢ではないらしく、鏡が寝ていた場所のすぐ近くに銃弾がめり込んでいるのを見つけた。

鏡の背筋に緊張が走る。

立ち上がり、竹刀を刀に変えて構えた。

その時聞こえたのは嘲笑うような冷たい声だった。


「とんだ間抜けな脇役だ。

 置いてきぼりにされたくせに呑気に寝てるとはな。」


鏡は声がした方を見た。

そこに居たのは鏡と同じくらいの歳の少年だった。

髪の色が奇妙で、青と紫と白をグラデーションさせたような不思議な色。

目は青と紫のオッドアイという変な少年だった。

連射型の銃とアンティーク銃、二丁の銃を握りしめ、建物の上から鏡を見下ろしていた。

その時になってようやく奈々と霧也がいないことに気づいた鏡は少年を睨みつけた。


「…おい、奈々たちどこだ。」


少年は大笑いしながら馬鹿にしたように言う。


「マジかよ、置いてきぼりにされたことにも気づいてなかったのか?

 どうしようもない馬鹿の為に教えてやるよ。

 二人はあの城にいる。」


少年は庭園の向こうに見える廃墟と化した城を指差した。

鏡は眉を潜めた。二人が鏡を置いてあの城に行くような理由が思い当たらない。

それを見た少年が言う。


「ついでに教えてやる。あの城には、『魔王』と『歌姫』がいるよ。」


鏡の表情が豹変した。だとしたら奈々達が危ない。

心臓が早鐘のように鳴る。

どうして呑気に寝ていたのだろう。どうして気づけなかったのだろう。

焦る鏡を見て少年は笑う。


「『スコープアイ』がお前達を置いて立ち去ったんだ。

 それを『主人公』が追ったってわけさ。」


「…奈々は無事なのか?」


「さあな。」


鏡は舌打ちして、少年に背を向けて走り出す。

そんな鏡に容赦なく少年は言った。


「行ってお前に何ができる?

 人どころかケモノすら殺せないお前に。」


「どうして殺さなきゃならないんだよ。

 そんなこと俺は望まない。

 誰も殺さずに俺は奈々を助ける。

 そして、この世界を抜け出してみせる。」


鏡は後ろを見ず、真っ直ぐそう言った。

それこそが揺るぐことのない鏡の願い。

だが少年には届かない。

少年はそれを笑い飛ばして言った。


「アハハハ…!馬鹿馬鹿しいな!

 誰も殺さず…そんなことは誰だって願うことだ。

 けれど皆それをしない。…何故だかわかるか?

 それがただの理想でしかないからだ。」


「けれどそれこそが理想だ。そう在るべきだ。誰もの願いだ。

 それを実現させようとするのがいけないことかよ?」


「いけないとは言わないな。

 …けどよ、お前に実現させる手段なんてお前にあるか?」


少年は静かに尋ねた。

先ほどとは違う。あざ笑ってなどいない静かな声。

鏡は言い返せず黙り込んだ。

やっぱりな、とでも言うように少年は鏡を冷たい目で見下ろす。


「…お前の信念がどうして『奇麗事』と言われるのかわかるか?」


鏡は黙って少年を睨みつける。

少年も鏡を睨みつけた。


「現実味がないからだよ。

 理想はあっても手段がない、実現する術がない。

 だからただの妄想でしかない。現実には絶対にならない。」


鏡は俯いた。反論はできない。

実際鏡に手段なんて無いのだから。

鏡の願いがただの妄想でしかないこともわかっていた。

それでも、それが奈々の願いでもあるのなら、鏡はその妄想を追い続けたかった。

鏡は歩き出す。あの城へと向かって。


「どいつもこいつも…本当に愚かだな。」


少年が呟く。鏡は止まらない。


「馬鹿で構わねえ。

 誰も殺さずに脱出手段なんて思いつかねえ。

 けど、奈々を誰かに殺されないようにする手段なら…馬鹿な俺でも思いつくんだよ!」


鏡は城へと駆け出した。周りの物は目まぐるしく後ろへ後ろへ。

そして城はどんどん近づく。

そこまでして奈々を守りたいなら自分が盾になればいい。

自分の体が動く限り、全てが終わるまで、奈々が笑えるようになるまでずっと奈々の前に立っていればいい。

倒れても倒れても立ち上がればいい。

手段はそれだけだ。


「馬鹿だな全く…」


少年は呟いた。

静かな声。全てを把握しつくしたような声。

もう遠すぎて鏡には聞こえなかった。


「どうせ…みんな死ぬのに。

 『主人公』も『魔王』もみんな。

 誰も生き残れなんてしないのにな。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ