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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
22/45

第1部・21

栄恋は慎の前から動こうとしなかった。

今にも泣き出しそうな表情で慎を見ている。

けれど突きつけたメモ帳を持つ手が引っ込む気配は全く無かった。

慎はため息をついて言った。


「…言っただろ。お前に頼ることなんて何もない。さっさと退け。」


それでも栄恋は退かなかった。ただじっと慎の目を見ている。

慎の前に立ったまま動かない。

慎の表情が険しくなった。そして、何か黒光りするものを取り出した。


「邪魔だ。これ以上目障りな真似をするならお前も殺す。」


慎が取り出したのは奈々たちを脅し、追い詰めた時に使った銃だった。

そしてそれを栄恋の額に突きつけた。

けれど栄恋は冷静だった。そして慌てる様子もなくメモ帳にこう書いた。


『それが慎の願いだというなら、どうぞ、撃って。』


栄恋は真っ直ぐな目で慎を見ながらそのメモ帳を見せた。

慎は引き金に指をかけた。それでも栄恋は動かない。

たとえ銃弾が栄恋の頭部を貫いたとしても、栄恋は自分の意志を曲げるつもりはなかった。

慎に殺されるなら本望だとすら思った。


「さよなら、栄恋。」


慎が静かに言った。

栄恋も声にならない声で「さよなら」と言った。

そして、紅い空に冷たい銃声が響いた。




















































































…どのくらいの時間が経ったのだろう。

ひょっとするとほんの数分しか経っていないのかもしれない。

風の音はまだ切なく聞こえていた。

そして、栄恋は目を開けた。

栄恋は額に手を当てた。

銃はもう突きつけられていない。

血も流れていないし体のどこも痛くない。

栄恋はぽかんと口を開けたまま何もついていない自分の手を見た。

目の前には煙の上がっている銃を持つ慎がいる。

栄恋は不思議に思って後ろを見た。

後ろにあった瓦礫に、まだ新しい銃弾の跡がある。

慎はわざと銃弾を外したらしかった。

栄恋は驚いて慎を見た。

慎はまだ冷たい目で栄恋を見ている。


「…どんな願いでも、聞く気はあるか?」


栄恋は何度も大きく頷いた。

慎は更に尋ねる。


「どんなに残酷な願いだったとしてもか?」


栄恋は迷わず頷いた。

その願いのせいで自分がどうなったとしても、何が起こったとしても、それが慎の願いならば受け入れられる。

栄恋は慎に助けられた。今度は栄恋が慎を助けてあげたい。

そのためなら何だってしてみせる。

栄恋は慎を見た。慎はしばらく栄恋の目を見つめた後、ため息をついて銃をしまった。


「…後悔しても知らないからな。」


それはOKのサインだった。

栄恋はさらにコクコク頷いた。

今にも舞い上がりそうな気分だった。

他人には理解してもらえないかもしれない。けれど栄恋はしあわせだった。

そして、慎は自分の「願い」を話し始めた。



◇ ◇ ◇



「…おい奈々、起きろ。」


奈々の久々の眠りは鏡の一言であっけなく消え去った。

もう少し寝かせてくれてもよかったのにと思いながら奈々は体を起こした。

まだ眠いのでぼーっと座り込んでいると、鏡が奈々に言った。


「おい、ぼやーっとしてる場合じゃねえぞ!」


「んー…なんかあったの?」


そう言って奈々は鏡の手元を見た。

大抵鏡の手元にあるのは竹刀なのに今日は銀色に光る刀だった。

奈々は身震いして一歩後ろに退いた。

鏡が言った。


「馬鹿、お前をぶっ殺そうとかじゃねえよ。

 …あっちにケモノがいるんだ。中くらいのが三体。

 霧也が見つけたんだよ。」


「竹内君が…?」


奈々はちらりと鏡の向こう側を見た。

霧也が銃を持ちながら辺りの様子を伺っているのが見える。

奈々は少し下を向いた。

奈々が見張りを変わる直前、どうして霧也は携帯を見ていたのだろう。

まさか別の誰かと連絡をとっていたのではないだろうか。

奈々はキュッと心が締め付けられるような気がした。

悪い予感がするのだ。

予想といえば予想にすぎないのだが、霧也が連絡をとるような相手といえば、栄恋しかいないような気がする。

奈々の心臓の鼓動が早くなっていく。

その時、鏡が奈々の手を差し伸べた。


「ほら、立てるか。

 こんなとこで死にたくないだろ?」


奈々は頷いて立ち上がった。

そして、能力でチェーンソーを取り出して霧也のところまで走った。

三人共警戒しながら辺りを見回す。

奈々が霧也に尋ねた。


「そっちはどう?」


「狼っぽい奴が三体くらい。…こっちに来る。」


その時、反対側からガサガサと物音が聞こえた。


「おい、こっちにもいるっぽいぞ。」


鏡が言った。

すると、建物の影からケモノが二体現れた。

三人の表情が堅くなった。

ここで戦うのはまずい。挟み撃ちされている状態じゃ圧倒的に不利だ。


「竹内君、あっちの二体の足を撃って。

 動けなくなった隙に移動しよう。ここじゃ圧倒的に不利だよ。」


「わかった。」


そう言うと霧也は銃を二発ケモノの足に撃ち込んだ。

ケモノたちはひるんでその場にうずくまった。


「よしっ、行くよ!」


そして奈々たちはその場を立ち去った。

後ろから残りの三体が追ってくる。

まずは戦える広い場所を探さなくてはならないなと思いながら奈々は走った。



◇ ◇ ◇



慎から「願い」を聞き終わると、栄恋は何も言わずに俯いた。

確かにそれはとても残酷な願いだった。

俯く栄恋を見た慎は冷たく言った。


「後悔しても知らないと言っておいたはずだ。」


そう言った途端、栄恋はメモ帳を慎に突きつけた。

メモ帳にはこう書かれていた。


『願いって、たったそれだけ?』


慎はその言葉を見つめたまま何も言わなかった。

栄恋の目は真剣だった。もう決意は揺るがない。

そんなちっぽけな願いでいいのなら、叶えてみせると栄恋は思った。

それで慎に恩が返せるのなら。

そしてメモ帳に再び言葉を書いて慎に見せた。

そして栄恋はにっこりと笑った。


『いいよ。

 その願い、私が必ず叶えてみせる。』


それを見た慎は少し下を向いた。

けれどすぐに顔を上げると栄恋に言った。


「…わかった。

 じゃあまずはしばらく休憩だ。さすがに疲れたし。

 少ししたら出発するからな。」


栄恋はにこにこしながら頷くと、座り込んで空を見上げながら歌い始めた。

それは不謹慎に思えるほど明るく、喜びに溢れた歌だった。

紅く残酷な空に澄んだ声が響き渡る。

栄恋は楽園にでもいるかのように笑顔で歌っている。

まるで、最後の晩餐を楽しんでいるようだった。

青い空でも見上げているかのようなすがすがしい笑顔だった。

慎はそんな栄恋を何も言わずに見つめていた。栄恋はそのことに全く気づいていない。

慎は後ろを向くと、ぽつりと呟いた。


「…ごめん。」


栄恋の声が止まった。

目をまんまるに見開いて慎を見た。

後ろを向いているので表情が見えない。

しばらく沈黙が続いた。

しばらくして、慎がちらりと栄恋の方を見た。

大丈夫だよ、と言うように栄恋は笑った。


「………ありがとう。」


そう言って慎は再び背中を向けた。

栄恋はもともと大きな目を更に大きく見開いて慎を見つめた。

そんなこと、初めて言われたから。

嬉しくて嬉しくてしかたなかった。

そして栄恋は再び歌い出した。

先ほどよりも明るく、綺麗な声だった。

満面の笑みで栄恋は歌った。喜びに満ちた祝福の歌を。絶望の紅い空に。

慎は気まずそうにそっぽを向くと、いつもの冷たい口調で言った。


「歌うなとは言わないがうるさくしすぎるなよ。

 ケモノが寄ってくると面倒だからな。」


栄恋は笑顔で頷いた。

慎はため息をついて続けて言った。


「あと、竹内霧也にもちゃんと連絡しておけよ。」


すっかり忘れていた。そう思って栄恋は携帯を取り出し、霧也にメールを打ち始めた。

メールを打ち終わり、送信し終わると、栄恋は再び歌い始めた。

そして、最後の戦いは幕を上げた。



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