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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
20/45

第1部・19

夢から醒めた奈々はしばらくぼんやりと赤い空を眺めていた。

久しぶりに昔の夢を見た。

慎がまだ優しかったころの夢。

慎がいれば大丈夫、信じられる。そう思っていたのに。

奈々はゆっくりと体を起こした。

向こう側には大の字になって寝ている鏡がいる。

そしてその隣には壁に寄りかかりながら何かをいじっている霧也がいた。

奈々は霧也が何をしているのか気になって霧也が手に持っているものを見ようとした。

その時、霧也が奈々に気づいた。


「あれ、起きてたんだ。」


「うん。交代まであとどれくらい?」


「8分くらいだね。」


「微妙…」


奈々はぼそりとそう言った。

たった8分ではまともに寝られない。

それに霧也はまだ少し疲れているようだった。

奈々は霧也に笑って言った。


「ちょっと早いけど私順番変わるよ。」


「え、なんか悪いよ。」


「大丈夫。だから竹内君もう寝ていいよ。」


霧也は少し迷っていたようだがしばらくしてから言った。


「…じゃあごめん、ありがとう。

 川崎さんも無理しないでね。」


霧也はそう言って少し離れた場所の壁に寄りかかった。

その時、奈々は霧也がさりげなく携帯電話をポケットに入れるのを見た。

先ほど霧也がいじっていたのは携帯電話かもしれない。

けれどどうしてそんなものをいじっていたのだろう。

聞こうとしたがその時にはもう霧也は寝てしまっていた。


奈々はため息をついて壁に寄りかかった。

そして紅の空を見上げた。

血のような毒々しい紅。この世界に来て慎は変わってしまったのかもしれない。

地獄を見たのかもしれない。

ケモノや人を殺さなければ生き残れないことを思い知らされたのかもしれない。

慎が銃を奈々に突きつけた時に慎は確かに言った。

「殺すに決まっているだろ。」と。

奈々は下を向いた。慎なら大丈夫と。そう信じていたのに。

嘘つき。嘘つき。そう何度も心の中で繰り返した。

その時、急に何かあざ笑うような声が聞こえた。


「よお、主人公。

 おにーちゃんにいじめられて泣きべそかいてんのか?」


奈々はすぐにチェーンソーを出して声のした方を向いた。

ゴーカート乗り場の屋根の上に少年が一人立っている。

髪の色は青と紫と白が混じり合ったような奇妙な色、目は青と紫のオッドアイ。

手には二丁の銃を持った少年が奈々を見下ろしていた。

奈々はチェーンソーを強く握りしめて少年を睨んだ。

少年は鼻で笑って言った。


「頭悪ぃな。殺したりなんかしねえよ。」


「…じゃあ何の用?貴方は誰?」


奈々は警戒したまま言った。

この少年、相当性格が悪い。

性格の悪さで判断するのもどうかとは思うけれどやはり殺す気はないなんて言葉は信用できない。

早く失せろ。そう思いながら奈々は少年を睨んだ。

少年は笑いながら言った。


「どうせ死ぬ奴に名前なんて教えてどうするんだ。

 俺は暇つぶしに来ただけだよ。」


「他人様のことどうせ死ぬ奴ってあざ笑っておいて暇つぶしかあ。

 虫酸の走る暇つぶしもあったもんだね。」


奈々はそう言った後、ちらりと鏡たちの方を見た。

起こした方がいいだろうか。けれどまだ少年の方は攻撃してきてはいない。

変に味方を増やせばあちらが警戒して発砲してくるかもしれない。

奈々は言った。


「暇つぶしって他人をあざ笑うこと?

 だったら帰ってくれないかな。」


「いいや、違うな。

 ちょっと聞いてみたいことがあっただけだ。」


少年はそう言ってまた笑った。

両手の銃を動かす様子はない。


「…何?」


奈々が聞くと、少年が言った。


「お前はこれからどうする気だ?

 むざむざおにーちゃんに殺されるか?」


「…私は死なないよ。

 死にたくはない。」


「じゃあ自分の兄を殺すのか?」


「それは嫌…」


奈々は小さな声で言った。

慎を殺したくなんてない。

でも、慎は奈々を殺す気満々だった。

殺さなければこちらが殺される。

けれど殺しなんて死んでもしたくはなかった。

そんな奈々を見た少年は舌打ちして言った。


「ここに来た奴はみんなそう言うんだよ。

 殺したくない。けど死にたくない。

 そしてみんな結局殺す道を選ぶか、無惨に死ぬかどっちかだ。」


奈々は下を向いた。

殺したくはないけど死にたくない。

正に奈々のことだ。どっちつかずで中途半端。

どちらでもない道はないのだろうか。

誰も殺さず、生きてここを抜け出す道はないのだろうか。

奈々が俯いていると少年は立ち上がって言った。


「殺すか死ぬかは好きにしな。

 どうせお前らに期待はしてねえから。」


少年はまたあざ笑うようにそう言うと、その場を立ち去ろうとした。

それを見た奈々は引き止めた。


「待って。」


「何だ。とっとと行ってほしいんじゃないのか?」


少年はそう言って奈々を睨んだ。

奈々は聞いた。


「あなた、名前は?

 こんだけ言いたい放題言っておいて名乗りもせずに帰ったりしないよね?」


少年は奈々の方を見ずに言った。


「…黒園斬コクゾノ ザン。」


先ほどまで嫌味ばかり言っていた斬の背中がその時だけ少し悲しげに見えた。

その背中に背負っているものか何かは奈々にはわからない。

斬はまた嫌味たらしく笑って言った。


「満足か、主人公。

 じゃあな、せいぜい頑張れよ。無駄だろうけど。」


そう言って斬はどこかへ行ってしまった。

奈々はしばらくぼんやりと斬が去った方向を眺めていた。

殺すか死ぬか。二つに一つ。他はない。

どちらかを選ぶことなんてできなかった。

その時、後ろで何かがもぞもぞ動く音がした。

奈々は急いで振り返った。

そこにいたのはあくびをしながら寝ぼけている鏡だった。


「んー…あー…奈々?」


「ごめん、うるさかった?鏡でも起きるくらい。」


寝ぼけているせいかすぐに反応はなかった。

鏡は目をこすって両手を伸ばした。

しばらくしてようやく起きたようで、鏡は奈々に言った。


「わりぃ、寝ぼけてた。」


鏡はまだあくびをしながら呑気に頭を掻いていた。

つくづく鏡は呑気すぎると思う。奈々はため息をついた。

奈々はまた下を向いた。ぐずぐずはしていられない。

奈々を殺すと言ったからにはしばらくすれば慎たちはまた奈々たちのところに現れるだろう。

けれど、どうしても奈々は慎を殺したくなんてない。殺しなんてしたくない。

悩んでいる奈々を見た鏡が言った。


「何だよ、元気ねえな。」


「…この状況で元気だったら凄いよ…」


奈々は少し呆れた。

つくづく鏡は馬鹿だと思う。

こんな世界に来てしまってもへらへらしてて、『主人公』である奈々に味方して。

奈々に味方しなければ鏡が慎に攻撃されることもなかったのに。

本当に馬鹿だ。呆れるくらいの大馬鹿だ。

馬鹿みたいなお人好しだ。


「…別にさ、わざわざ私なんかの味方しなくていいんだよ?

 私を置いて逃げたってよかったんだよ?

 そうすれば、危ない目に合うこともなかったんだから…」


奈々は俯きながら呟いた。

悲しそうな顔を見せないようにして。

鏡は『主人公』でも何でもない。鏡がわざわざ危ない目に合う必要なんてない。

そう思っていると鏡が言った。


「馬鹿だな、それじゃ約束守れねえだろ!」


「約束…?」


「何だよ。奈々が言ったんだろ。

 絶対に三人でここを抜け出すって。」


そう言って鏡は笑った。

奈々は顔を上げた。

その約束を覚えてくれていたとは思わなかった。

酷い状況の中で忘れてしまっただろうと思っていた。

鏡は馬鹿だ。大馬鹿者だ。

こんな状況でもへらへらしているし、『主人公』に味方しているし、その上こんな途方もない約束を本気で守ろうとしている。

涙が出そうなくらいうれしかった。

元気づけられた奈々は鏡に笑って言った。


「そうだよね、ありがとう…

 あ、寝てていいよ。私はまだ順番変わったばかりだから。」


「おう、無理すんなよ。」


そう言うと鏡は壁に寄りかかってすぐに寝てしまった。

それでも、どうせすぐに先ほどのようにまた地面に大の字になって寝ているのだろう。

奈々は少しだけ笑って、また空を見上げた。

だがその時奈々は気づいていなかった。

慎との決戦が近いことも。

そして、物語の終焉が近いことも。


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