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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
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第1部:裏切りの物語・1

始まりを告げるのは、紅い月とチェーンソー。


第1部・裏切りの物語



今日も一日の授業が終わった。クラスメートが笑いながら話しているのが聞こえてくる。

通り過ぎていく足音。ただの物音と化してゆく話し声。

壁に寄りかかり、来るはずの人を待つ。

静かな世界。いつまでもこのまま誰も来ないのではという不安がよぎる。

昇降口に茜色の光が何かの終わりを告げるように射し込んでいた。

川崎奈々(カワサキナナ)は時計をちらちら見ながら人を待っていた。

幼なじみの遠藤鏡エンドウキョウがなかなか来ない。もう終礼は終わった時間帯だと思うのだけれど。

どうしたんだろうと少し奈々は心配になった。

鏡は剣道部だから、今日は部活があったとかそんな理由でもあるのだろうか。

それとも友達との会話に夢中で奈々が待っていることなんて忘れてしまったのだろうか。

心臓にぽっかり穴が空いたような不安感を覚えた。

帰ろうかな。そう奈々が思ったとき、息を切らす音と同時に引き止めるように肩を叩かれた。


「悪ぃ、奈々。担任に怒られてた。」


走ってきたのだろうか。竹刀を抱えるようにして持った鏡は息を切らしながら少し微笑んだ。

奈々は少し驚いたように目を見開いた後、安心したように微笑み返した。

そして一瞬忘れられたのではと思ったことを後悔した。


◇ ◇ ◇


「また授業サボったの?」


「まあな。」


学校から最寄りのバス停で、二人は喋りながらバスを待っていた。

鏡は先生に叱られたのにサボったことを全く反省してはいないようだった。

奈々はため息をついた。全く鏡らしい。鏡は昔からこうなのだ。

奈々は困った顔をしながら穏やかに言った。


「もーだから怒られちゃうんだよ?

アメーバ並みの下等生物でもいい加減学習すると思うんだけどなぁ。」


「何気酷いぞ奈々…つかそれはアメーバにも失礼だ。」


鏡は硬直しながらそう言った。

奈々はその言葉を聞いて「そうなの?」ときょとんとした顔で言った。

鏡はさらに硬直した。奈々はさらにきょとんとした。

少しして鏡は何かを思い出したような顔をすると心配そうに奈々に聞いた。


「そういや、お前の兄貴のこと、警察から何か連絡来たりしたか?」


その言葉を聞いた奈々は少し悲しそうにうつむいた。

そして首をふった。言葉は出なかった。

「そうか…」と鏡は心配そうな目で奈々を見た。

どうしようもない悲しさと寂しさが奈々を襲った。


一週間前、奈々の兄が突然失踪したのだ。

警察が必死に探してくれてはいるものの、目撃者すらまだ見つかってないという。

幼い頃に父親が多額の借金を残して逃げ出し、そのショックで母が無理心中をしようとした。その時奈々を救い、手を引いて一緒に逃げ出してくれたのが兄のシンだった。

以来慎は常に奈々の世話を焼き、優しくしてきてくれた。

慎はいつだって奈々のことを第一に考えてくれていた。

両親のいない生活も慎がいたからこそ乗り越えてこれたのだ。

その慎が失踪したのだ。悲しくないわけがない。

なぜ失踪したのか、どこに言ってしまったか、何もわからない、ただ警察からの報告を待つだけだ。

けれども慎が見つかったという知らせは届きそうにもなかった。


「…その、あんま無茶すんなよ。」


鏡は少し顔を背けながら言った。

けれども、その言葉からは確かに心配してくれているということが伝わってきた。

奈々はうんと頷いた。

奈々が頷くと同時に低いエンジン音が聞こえてきた。

奈々は顔を上げた。右に大きなバスの影が見える。夕焼けが黒ずんだ窓ガラスに反射していた。

バスは奈々たちを見つけるとゆっくり歩道に近づき、止まった。

バスの扉が開き、少し薄暗い車内が見える。

鏡は竹刀を担ぐようにして持ちながら奈々に笑って言った。


「ほら、下向いてないで帰ろーぜ。」


明るくて優しい声だった。

奈々もにっこり笑って言った。


「うん、そだね。

 鏡並みの下等生物ですら笑ってるんだもんね。」


「……ひでぇ。」


二人はバスに乗り込んでいった。

だから気づかなかった。気づかなかった。

あの時バスの行き先を確かめればと何度後悔したことか。

けれど、もう遅い。

それはいつも乗っているバスとは違った。

バスの行き先は確かにこう書かれていたのだ。


「レデストワールド」と……



◇ ◇ ◇



少し揺れる薄暗いバスの中で奈々と鏡は楽しく喋りあっていた。

夕方だというのに奈々たち以外の客は一人もいなくて、少し寂しい様子だった。


「それでね、友達がテスト中に携帯鳴っちゃって。」


「ふぅん。」


「あ、そうだ、もうすぐ剣道の大会でしょ?

 せいぜい頑張ってね!」


「ああ。」


「…どうしたの?」


奈々は心配そうに鏡にそう聞いた。

どうも先ほどから鏡は上の空で奈々が話しかけても曖昧な返事しかしない。

何か悩み事でもあるのだろうか。

奈々は心配で鏡の顔を覗き込む。

何か悩み事があるなら何でも相談に乗るつもりだった。

鏡は眉をひそめながら窓の外を凝視している。

そして、しばらく窓の外を眺めた後、ようやく鏡は口を開いた。


「…俺たち、バス間違えたんじゃね?」


奈々はその言葉を聞いて青ざめ、肩が硬直した。

慌てて窓の外を覗く。

確かに窓の外に見えるのは見たこともない広大な野原の田舎道だった。

遠くに林まで見える。

これはまずい。すごくまずい。明らかにいつも通る道と違う。

沈んでいく夕日が奈々を焦らせる。

奈々と鏡は真っ青になって顔を見合わせた。


「…間違えてる…よね?」


こくりと鏡が頷くやいなや、慌てて次の停留所で止まるためにボタンを押した。

早くバスを降りて引き返さなければならない。

こんなに遠くに来るまで別のバスに乗ってしまったことに気がつかなかったなんて。

奈々はそんなことを考えながら少し自己嫌悪していた。

奈々ががっくりとうなだれながらお金が足りるか確認し始めた時、突然停電でもしたかのように辺りが真っ暗になった。

けれどよく見ると窓の外にオレンジ色の光が点々とついている。

バスの後ろ側を見てようやく気づいた。どうもトンネルに入ったらしい。

奈々はさらに慌てた。次の停留所までどれくらいだろう。

田舎の方だと停留所と停留所の間が長いことはよくある。

不安になった奈々は小さな声でひそひそと鏡に言った。


「…ねえ、次の停留所までどれくらいか聞いてみない…?」


「…え、ああ、そうだな。」


二人は暗い車内中、先頭の運転席へと歩き出そうとしてその方向を向いた。

そして顔を上げたその時、はるか遠くから出口らしき光が見え始めた。

途端に奈々は背筋にぞわりと冷たい感覚が走るのを感じた。

足が硬直して動かない。

出口に見える光の色が明らかにおかしかった。

その光は恐ろしく鮮やかな赤色だった。

夕焼けの色とは明らかに違う。血の色を思わせるような深い深い赤だった。

出口に見える赤色はどんどん強い光を放ち膨れ上がり、奈々たちの乗っているバスを呑み込んでいく。

そして、バスはその赤い光の中へと完全に突っ込んだ。


見えてきた景色はどこもかしこも見慣れない赤だった。

というのも空が血で染めたような赤なのだ。

遠くに気味の悪い大きな月が怪しく輝いている。

そしてその月の下には古くさびれた遊園地が広がっていた。

遊園地の中央にそびえ立つ城が奈々たちを見下ろしているように感じる。

ここはどこだろう。奈々の頭の中にはその言葉しか浮かばない。


「おい、ここどこだ運転手!」


あまりに異様な雰囲気なので鏡が運転手に対して怒鳴った。

途端に急ブレーキがかかり、バスが止まった。

バスが止まると運転手の男が運転席から立ち上がりバスの通路へと足を移す。

男は二十歳くらいの黒髪の青年で、右目に黒い眼帯をつけていた。


「お待たせしました、終点ですよ。」


男は穏やかな口調でそう言ったが、その男から明らかに何か「ヤバいもの」が感じられた。

鏡が奈々の前に立ち、少々尖った口調で男に尋ねた。


「終点は結構なんだけどな、帰りのバス停はどこにあるか教えてくれねえか?」


「帰る必要なんてありませんよ、遠藤鏡さん。

 あなた方は招かれたのですから。」


突然知っているはずのない鏡の名前を言われて鏡は一瞬たじろいた。

奈々は気味の悪い状況に動くことすらできなかった。

男はあくまで穏やかに笑った。

何か危険が隠れていそうな笑みだった。

そしてぺこりと頭を下げてお辞儀をしながら男は言った。


「ようこそ、レデストワールドへ。」


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