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“The Reddest World”  作者: ワルツ
第1部:裏切りの物語
19/45

第1部・18

奈々達は慎達の姿が見えなくなると全速力で走っていった。

恐怖と焦る気持ちが増していく中、ただ隠れられる場所を探していく。

そしてようやくゴーカート乗り場の裏に回り込んでぺたりと座り込んだ。

座り込んだ時にはもう大分息も上がっていた。

疲れ果てた奈々たちは息を切らしながら言った。


「も…もういないよね?逃げ切ったよね?」


「い…いないと思うよ。」


霧也がそう言うと奈々と鏡はほっとしてため息をついた。


「よかったあ…死ぬかと思った。」


「お…俺はもう二度と人質なんてとらねえ…

 あのアイドル、力強すぎなんだよ…」


「ほんと、魔神並みの怪力だよね…アイドルじゃなくてプロレスラーになった方がいいと思う…」


奈々と鏡はそう言ってまたため息をついた。

奈々は自分の腕を見た。

栄恋に弾きとばされた時に地面に叩きつけられた衝撃でできたかすり傷がいくつかできている。

次に鏡の方を見た。手首のあたりには引っかき傷が、足首には蹴られた跡がある。

栄恋を人質にとっているときに抵抗されたのかもしれない。

霧也も手足に色々と怪我をしているが、今のところ動けないくらいの怪我をしている人はいないようだった。

だが霧也は怪我をした奈々と鏡を見て気まずそうに言った。


「ごめん、僕のせいで。」


「大丈夫だよ。仕方ねえだろ、相手は銃だけじゃなくて手榴弾も持ってたんだろ?」


「竹内君は鏡より頭脳派のモヤシっぽそうだから多少予想はしてしたしね。」


奈々が笑顔でそう言うと霧也はしょぼんと下を向いた。

鏡もなぜか苦笑していた。

霧也は悲しそうに下を向きながら言った。


「…鏡さあ、これって天然なんだよね?計算じゃないんだよね?」


「…多分天然…天然…のはず…。」


二人の会話を聞いた奈々は首を傾げた。

それから奈々は空を見上げた。

もう相当な時間歩き回ったはずなのに天井にある月は全く動いていない。

ここに来てからどれくらい経ったのだろう。そう思った時、急に奈々は眠くなってしまった。

少しうとうとしている奈々を見た鏡が言った。


「…そういやもう大分歩いたよな。」


すると霧也が携帯電話を開いて時間を見た。


「そうだね、確かに。大分疲れたな。」


奈々も同じだ。もう奈々は疲れ果ててしばらく動けそうになかった。

鏡だってそうだろう。向こうの世界で朝に家を出てから一度もまともに寝ていないのだから。

眠そうな奈々を見て霧也が言った。


「川崎さんと鏡さ、少し寝たら?

 全然寝てないんだろ?

 僕が見張り番してるよ。」


霧也がそう言うと鏡と奈々はすぐに言った。


「え、でもお前だってずっと歩き回ってたんだから眠いだろ。」


「ほら、竹内君モヤシだし…。」


奈々も心配そうにそう言った。

霧也は苦笑いしながら「大丈夫。」と言ったが顔色はあまりよくはない。

それを見て奈々は少し考えてから言った。


「じゃあ1時間ごとに見張り番交代すれば?」


「お、それいいな。そうしよう。」


鏡がすぐに賛同した。霧也も賛成なようで笑って頷いた。

そして鏡が竹刀を自分の近くに寄せて奈々たちに笑って言った。


「んじゃ最初は俺がやるからお前ら寝てろ。」


「じゃあその次は僕がやるよ。」


霧也が優しく言った。

だが奈々はあまり納得していない表情で鏡を見た。

それを見た鏡が聞く。


「どうした?何か不満か?」


「んー…別に不満じゃないんだけど、鏡は途中で寝そうだなぁ…と。使えないから。」


「…確かに。」


霧也も納得した様子で首を縦に何度も振って頷いた。

それを聞いた鏡が少し怒って言った。


「わ、悪かったな!仕方ねえだろ!」


すると霧也が少し考えてから言った。


「じゃあ携帯のアラームかけておけば?

 それなら鏡が寝ぼけてても交代の時間わかるよ。」


鏡は不満そうだったが奈々は賛成して頷いた。

携帯のアラームをセットする霧也を見て奈々が言った。


「それにしても、ここって携帯使えるんだね。

 てっきり使えないものだと思ってた。」


「元の世界には繋がらないけどね。

 時計やアラームは普通に使えるよ。

 あとこの世界の中の人となら通話もメールもできるんだよね。」


「へえ…。」


奈々は霧也が言ったことに素直に感心した。

そしてアラームをセットし終えた携帯を鏡に渡した。


「じゃあ鏡、居眠りしたらチェーンソーで斬るからね。おやすみー。」


「んじゃ、よろしくー。」


そう言って奈々と霧也は寝始めた。

なぜ霧也がこの世界の中の人となら携帯で通話できると知っていたのか、少し気になったのだが眠くて聞きそびれてしまった。



◇ ◇ ◇



それは奈々が本当にまだ幼いころだった。

まだ4人家族だった頃。まだ奈々が小学生だった頃のこと。

その頃にはもう「明るい家族」なんてものは無くなっていた。

帰ってきてドアを開くと見えるのは冷たい沈黙と蛇口から落ちる水の音だけ。

両親二人揃っているのに部屋は物音ひとつしない。

会話がないからこそ空気は重くて。

ドアを閉める音がよく響くのが悲しかった。

大抵部屋に入ると机はひっくり返されていて、割れた食器が部屋のいたるところに散らばっている。

そして死んだような表情でうなだれている母親と気まずそうな表情の父親が床に座り込んでいた。


そして、この惨事のわけを聞こうとする時、いつも母親が父親に甲高い声で怒鳴るのだ。

怒鳴る内容はいつも同じ。多額の借金をどうするつもりだ、部屋もこんなに荒らされて、いつまでこんな生活を続ければいいの、と。

今にも泣き出しそうな声で怒鳴るのだった。

借金なんて幼い奈々にはわからなかったが、父親のせいで母親が悲しんでいることは子供にもわかった。

そして母が怒鳴る度に父親はもっと稼いでなんとかするだの、いずれ返せるだの言っているがなんとかできた覚えはない。

だが父親の方も責任を感じていないわけではないようで怒鳴られる時の父の顔はいつも悲しそうに歪んでいた。

奈々は何度も母を慰めた。

だがどんなに奈々が慰めても母が泣き止むことはなく、自分の無力さを思い知らされたことをよく覚えている。


そんな時に優しく奈々を元気づけてくれたのが慎だった。

多分その時の家の状況のせいもあるのだろうが、慎だけはいつも優しかった。

だがその優しさだけでは状況はどうにもできなかった。


父親は突然居なくなった。

ある日起きたら普段当たり前にいるはずの父親はもう居ない。

置いていったのは奈々たち3人の家族と多額の借金だけ。

その頃について覚えているのは母が床に突っ伏して泣き叫ぶ声だけだった。

奈々も慎もどうすることもできず、泣き叫ぶ母を見ているだけだった。


「なんとかする」って言ったのに。


裏切り者。


そう強く父を恨んでいた。

父親が居なくなってからの生活は今までより更に過酷だった。

母親だけでは大したお金を稼げるわけでもなく、それでも借金は取り立てられる。

払えなければ暴力を振るわれて部屋の中はめちゃくちゃだ。

母親はいつも泣いていた。

そのたびに「一緒に頑張ろう」と言うことしか奈々にはできなかった。

母親はいつも頷いてくれたがいつか耐えきれなくなる時が来るような気はしていた。


それはある日の夕方だった。

母は家にいて夕食を作っていた。

晩御飯の献立は奈々の好物の天ぷらだった。

天ぷらが楽しみで奈々は母親の周りをそわそわしながら歩き回った。

そして母親の顔を覗き込んだ時、母親は抑揚のない低い声で言った。


もう嫌だ、と。


それと同時に響いたのはひっくり返る鍋の音。

母親は油の入った鍋を壁に叩きつけた。

途端に黄金色の油が部屋中に舞い散る。

もう何が何だかわからなかった。

そしてコンロの火が油にどんどん燃え移っていく。

パチパチという音は鳴り止まない。

そして部屋は一瞬で真っ赤な炎に包まれた。

なんで、どうしてこんなことをするの。

そう尋ねても母は答えない。

ただ虚ろな表情で立ち尽くしているだけだった。

奈々は母の手を引っ張って逃げようとしたが母は動かない。

部屋はどんどん熱くなる。もうどこが出口かさえわからない。

やがて炎は奈々の正面に現れ、母に手が届かなくなってしまった。

引き返せる道なんてもうどこにもない。

もう駄目だ、と思った時だった。


シューという勢いのいい音が響き渡った。

その音に驚いて振り返ろうとした時、突然誰かに手を引かれた。

奈々はその人に手を引かれながら走っていった。

消火器のシューという音が響いていくと同時に正面の炎も消えていく。

手を引いている人が誰かはまだ暗くてよく見えない。

だがその時、正面から夕日が射し込んできた。

そして、奈々の手を引いた人の顔が光に照らされた。


それが慎だった。

大丈夫か、と声をかける慎がとても頼もしくて緊張の糸が切れた奈々はその場に座り込んでしまった。

そして後ろを向いた時、古いアパートはもうなかった。

あるのは天高く燃え盛る真っ赤な炎だけ。

夕焼けよりも強い光を放つ炎から出てくる人はもういない。

母は逃げ切れなかった。

焼け落ちていくアパートを見て奈々は思った。


どうして、なんで。


「一緒に頑張ろう」って言ったのに。


嘘つき。


裏切り者。


奈々は母を恨んだ。

母だけではなく、母のために何も頑張れなかった自分も。

涙をポロポロこぼしながらただひたすら恨んだ。

裏切り者。その一言だけを繰り返していた。

その時慎が言った。


泣くな、もう大丈夫だから、と。


奈々は何度も頷きながらポロポロ泣いた。

悲しかった。辛かった。

けれど慎がそう言うならなんとなく大丈夫かもしれないと思っていた。

大丈夫だと信じていた。


それなのに……




奈々は目を覚ました。

天井には赤い空と不気味な月が浮かんでいる。

吹き抜ける風は少し冷たい。

周りには寂れた遊園地。

間違いなく、ここは燃えるアパートの前などではなくレデストワールドだ。


「…夢、か…」


そう小さく呟いた。


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